ここだけ毎日更新。仕事と制作をサボらない為の戒めが目的の日報ページ。3月。
なんもしていない。強いて、強くない。強いて言うと、路地で寝た。本当である。それは東京都北区赤羽という範囲内での路上、その辺でほんとに俺は寝ていた。「8時くらいまでは――」などと推測してはそれ、本当にそこで寝いていた。帰ったら、気づけば、24時とか。
省みる。その必要が今日のタスクメモから圧倒された。それら。なんもしていない。つまり今日は酒を呑み続けは――今に至る。タッチ・タイピングって、視界を下に。その前提を確認するほどである。
今、まじで今である。頭はグルーヴしている。しかも小節を無視。やめろ。しかし。追加すると――2000年代の本物? そんなやつに、手元が本当におぼつかない。だからグルーヴとか言うのは撤回。つまり。
つまって今日は何もしていない。あれだ。20来のパイセンと呑んだな。とても楽しかった。煙草を乞うというか勝手にそれを吸う時間軸は20年を彷彿。そんな話。楽しかったな。
――気づけば会計。明朗。俺は。路上で寝ていた。本当である。そこから記憶が放棄されてはリアル。リアルの今に至る。つまり今日は。
いくつかする予定であった。しかし、それらはしていない。よって今日はそれ。そういう凪。凪? 連打したのは先月。凪? 便利だね。止まるを表現する言い方。だが今日はまじでなんもしていない。強いて言えば――二つほど年上の彼と呑んだ。あと、界隈で雑にグルーヴして呑んでは24時という事実よ。はげしい。
はっきり言って、今日を溶かした。それが俺を揺さぶった。それが時間を甘い色にした。そこに注視した。すると今日は飴。違う。おでん。違う。溶けた。事実を言え。はい。手元があぶないです。でもね。たのしかったです。
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一言くらいは省みるべきである。抑制。二文字か。それをちゃんとしろと。必然の二日酔いは5時なのか17時なのかを本気で勘違いしてイトーヨーカドーに行っては「シャッター閉まってるな」と、怪訝になっては前者であることを朧げに察し、家で寝た。
昨日――おぼつかぬ手つきで書いた故に誇張があったが、赤羽の路上で寝る。文字通りだと道路で横になってお巡りさんに「だいぶ呑んでるねえ?」と、軽めの一言から入るニュアンスだが正確には、雑居ビルの庇のもとでそっと座って短時間固まっていた。それもだめだが。
おととい――〝引き換え〟などという観念を硬質に書いた気がするがそれだよ。引き換えた向こうを覗きに行ったようなもの。昨日の記憶が丸ごと滅却していないだけまだマシなのかもしれない。だが呑み過ぎはよくない。何故、呑み過ぎたか。理由を考えた。
一週間弱――動きすぎた。これに尽きる。フルタイムの会社員であれば9時間くらいだろう。〝動く〟内実つまり稼働時間である。それ以外の時間は凪にあてるなり遊ぶなり。凪ってさいきん何回言うんだろう。気に入った表現だからである。
その凪。これがほぼ無かった。正確に測ると、9時間ではなく、14時間くらいは動いて連日。ストレスは無かった。ただ、仕事、タスク、営み、それぞれに没頭しては熱狂しては麻痺していたのであろう。それをいきなり、常駐していた点滴が抜かれたかの如くヒュッと。寝る間も惜しんで酒を呑むという蛮行に直結。つまり、5速で数日走っていて急ブレーキを踏んだ構図。
今日――そうか。と、思い仕事をした。小説の原稿も進めた。疲労が抜けたのか逆に増えたのかよくわからないのだが、双方「あれ?」というくらいスムーズに進んではいつもより時間がかからなかった。既にできているものをチェックしている感覚だった。5速で連日走っていた成果というのがこれか。などとも思った。
〝引き換え〟などという観念はわりと簡単。前借りか、後払いか、であろう。俺は、数日ほどずっと「前払い」をしていた。そして昨日、前借りをした。ここで今日、それが清算されたかのような感覚を得た。
〝引き換え〟が極端だったなと。そのように思った。しかしそれがないと、見なくていいものを見るという、健全ではない場所でしか見られないものが見られない。
シンプルに呑み過ぎていただけの野郎が何を。とも思うが、そこまでの散財ともならず、立ち呑み屋を渡り歩いては一杯ずつ。行き着いたのはかつての、20年以上前に上司だった「ハンチョウ」と一緒に呑んでは彼も、めちゃめちゃ呑んでたな。ツーショット写真まで撮影してもらい。すごく嬉しかったな。ただ、あんまり極端なのはこう、抑制も必要だよねと自戒する。たのしかったんだけどね。
昨日書いた――〝それが時間を甘い色にした〟とか、引き換えをしないと出てこない言葉だと思った。
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昨年の同日。そこが発表日当日。それを確認した。2025年3月3日が『第41回太宰治賞』の一次選考通過作品発表の日と、公式ウェブサイトに明記されていた。
つまりその時期を鑑みると、今日、最初の結果がわかると推測するのは妥当。そう思い、今年のそれを確認することにした。俺は『第42回太宰治賞』に初作品をエントリーしている。
その最初の結果。当然に知りたいが、知るのが恐ろしいという気持ちながらもなるべく、フラットな心境を拵えてウェブサイトの最新情報を見た。
“第42回太宰治賞は作品の募集を締め切りました。応募総数は1890通でした。”
と、最新更新履歴にあった。まだ、だった。つか応募総数よ。えぐい。昨年は――“応募総数1,478篇の中から123篇が通過作として選出”と、一次選考においての数字がネットに記録してあった。増えてるじゃねえか。約25%増ってすさまじいぞ。みんなそんなに小説書くの好きなんだ。などとやわらかい感想ではなく「猛者が増えた」というのが正直なところ。そして通過作、一次選考でそんな? 1割弱しか残らねえの? というのが正直というかはっきり言って畏怖した。
なんとな〜くしか知らなかったが最初。最初のハードルがすさまじく高い。数字だけ見るとね。ただ――そこを通過しないと話にならない。
だから、やわらかい感想はただの恐怖となって明日、明後日と、まだか、まだかな、おや。ついに。とか思いながら毎日、当該公募のウェブサイトをチェックするのか。はたから見たら地味そのものだが震撼そのものである。
そんなことは結果が出てから書け。と、自分で本当に思った。
だが――ひと通り仕事をして少し休憩をして、第二作品目の方を推敲してはスラスラっといって逆に「大丈夫かこれ?」と、ある種の俯瞰と冷静さがあったのでそうだ、初作品の結果発表は、と、確認に向かった。だが、まだだった。
――選考の段階は3つ。一次選考、二次選考、最終選考。昨年の場合だと3月31日に最終候補作品発表。5月上旬に受賞者発表。という流れ。
――昨年の一次選考通過作品および作者が記されているページをざっと見た。年齢層が思いのほかバラバラだった。平均すると、おそらく40歳くらいだろうか。30代が多いという印象だった。俺からしたら大先輩のご年齢も。10代も。そして――見事受賞となった方は、49歳であった。
そういうのね。くまなく確認したり調べたりあれこれ想像するのは健全ではない。と、直感的に思う。だが「一次選考通過」という地点の内実は、おそらくだが「続けて読むに値する」という尺度――不要な想像はやめよう。
ただ一つ言えるのは、最初のハードルを越えることには重要な意味がある。そして、最終選考まで残ることは実績となる。受賞する。すると人生が拓ける。これらは事実。だから、気になって見たが、まだだった、という記録に意味があるのだろうか?
なければ全部消してもう一度冒頭から別のことを書く。しかし、その選択に手が伸びない。
〝応募総数は1890通〟という数字が漲らせた。
当該賞は「紙原稿」しか受け付けていない。俺は、応募前の最後の段階、原稿を印刷するくだりで思った。原稿を全ページ印刷して全ての紙の右上に穴を均等に開けて紐でとじる。その行為がそんなにも大変だとは知らなかったのである。「本気で挑む人間しか、ここまではまず、やらないのではないか」と、思った。それくらい、神聖な儀式のような感覚を得た。
だから、1,890人、本気の人たちが居る。それが可視化されたのが今日。最初のハードルで、その本気は、1割弱しか通過しないという例年の事実も知る。それは漲る。最初の門がそんなに狭いとは。
そこを、通っても、そうでなくても、現状、どんな気持ちになればわからない。ということを整理したくてそのままこれを書いたことに今、気が付いた。
ただ、どういう流れであっても俺は、原稿用紙に文章を、物語を書き続けることは変えない。きっと、そういう人たちが1,890人。なのかな、という風に思った。
筑摩書房の小説新人賞『太宰治賞』の格式高さを改めて思い知った。漲りと畏怖が同居した時、人間の筆致はここまで真顔になるものなのだろうか。
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吸い寄せられる美しさの黒髪が目の前にあった。性別は、わからなかった。俺は彼の後ろでその艶やかしい光沢と黒色に見とれていた。若い人だった。
電車に乗った。手も出せぬほどの満車車両。彼。と、わかった男性は左にもたれかかっていた。彼は、襟足が長く、前髪を真ん中で分けている。中長髪。とでも言うのだろうか。――顔を見ると眉毛が太かった。黒目が大きく、鼻はあまりにも平均的な長さ。唇は少し紅色で薄かった。順調な角度の顎周りだった。
――少し反抗的な表情と見られた。彼が微かに動かす表情筋がそれを俺に示唆した。俺は思わず両頬を相当に上げた。すかさず右に居た若い女性が俺を一瞥したのを見逃さなかった。彼は、不思議なほど若い頃の俺と似ていたのである。
――彼に気づかれないように俺はずっと彼を見ていた。どう見ても似ている。驚くほどに似ている。自分で言うのだからよっぽどである。ふと、彼がスマートフォンで何を観ているのか覗いた。パチスロの動画であった。そこも似てるのかよと喫驚。彼はふと、俺を見た気がした。
彼は20代前半――高校生にも見える。ストライプのネクタイに生地のしっかりとしたコート――どっちともとれる格好だった。童顔の新卒会社員と見なすのが妥当だろうか。
俺はやはり彼をちらちらと見た。彼も、俺をちらちらと見ていた。気がする。気のせいではないと思う。俺はずっと思っていた。こんなに若い頃の自分と似ている人間を見るのは初めてだと。
「このおっさん何やねん」と、彼は俺を牽制。だったのか、あるいは、面影を同様に俺の所感と、同等に――数年後の僕? というように怪訝だったのか。知り得ない。電車は終始ひどい混み方だった。俺は、ずっと彼をちらちらと見ていた。
JR埼京線赤羽駅。俺は下車。彼も――そこまで似て、いや、快速電車の乗り換え待ちだった。ということは、武蔵浦和駅から北赤羽駅の間に住んでいると推測できる。
――俺が彼くらいの頃を思い出しながら、ずっと彼をちらちら見ていた。車両で歯が見えるほど笑ってしまうほどに。彼も、たぶん、ほぼ確実に俺のことを意識していた。俺の見過ぎか? いや、気づかれていないことは、彼の推定二倍の年齢だと空気感でわかるものなのだよ。などと思った。
俺が彼くらいの頃を思い出した。それ。その動画のリアルなやつ。それに夢中で何も考えてはいなかった。彼はどこか、ニヒルな物腰・表情であった。当時、俺もまたそうだったのであろうか。
彼の将来を想像した。俺の今と重ねた。彼の年齢の頃には思いもしなかったことに熱狂している。パチスロではなく。それは彼の年齢の頃の没頭先である。――彼は何に夢中なんだろう? ふと直感的に〝何かを決めている〟男の表情ではないと確信した。それほど、似ていた。
「何かを決めるまであと何年を要するのだろうか」。などと勝手に彼の未来を想像した。もう決めているのかもしれない。だが、あまりにも似ていたからか、そうではない。という風に思っては、俺はずいぶんと遠回りをしているのかな。などとも思った。
回り道をしている者特有の顔。だろうか。それを近距離で提示されては、俺自身の方が、ちゃんとやっていますか? と、問われたような気分だった。
目の前の艶やかしい光沢の黒髪は俺の何十年もの歩みを表象させた。
あの頃は無限に生きていけると思っていた。しかし、今は、営みの時間の〝残り〟を意識することが増えた。彼は、どう思っているのであろう。
ただただ、きっとまだそれが表面化していない、反抗性の浮き彫りのようなあの顔。美しく光る黒髪。有限の象徴のようだった。
_03/04
色があった。感触もあった。視覚も聴覚も。覚醒剤中毒の離脱症状として「身体中に虫が湧く感覚」というのがあるらしい。それを、寝てみた夢で感じた。ひどい感覚だった。
故郷に居た。時間軸は明らかに過去。実家近くの団地へ向かった。明るい日差しのもとで向かったそこはイメージと異なっていた。緑色の公園を左に見て道路の左脇をまっすぐ歩いた。虫が落ちていた。俺が一番忌む形状のそいつに怯んだ。しかし、複数のそいつが体に纏わりついた。どんどんと。ひどい感覚だった。
起床してもその感覚は続いた。病院案件か。とは思わなかったのは正気。だが、昼過ぎ手前という破綻した時間表現しかできないそのタイム感までそれは続いた。
酒の呑み過ぎかな。とも思ったが昨夜はほぼ呑んでないに近しい。ノーカウントでいいだろ。というくらいしか呑んでいない。特筆してひどい体験も無かった。ただ、現実よりも睡眠時の夢の五感の〝えぐ味〟が夜まで残った。もちろん違法薬物などに手を出してはいない。
元気に原稿を進めよう! と、明朗快活な心境で、左とは別の、呪文のような決まり文句を発話してはそれを進めた。進んだ。今日のタスクを閉じた。
すると、〝四則演算=数字の観念の固定=AIの態度の変容=女性を口説く姿勢〟。何だその演算は? 演算の意味がわかっているのか――「計算です」。
などということを真ん中に書いた謎の文章を記していた。「間違いなく、違うよ」と思い、それを上以外、全部を消して、本来書くことは――と一旦手を止めたら夢の虫が這い出てきた。
いよいよか。とも思わないが、きっと、現実と睡眠時の記憶整理と、そんな記憶一個もなかったぞ? という疑いこそが色濃かった。
「根元的な恐怖の象徴である〝忌む形状の虫〟が無意識から這い出てきては、鮮明な五感体験のような夢となった」。それだけのことだと思うけど。
――睡眠時の夢の意味を吟味するのは〝癖〟みたいなものだろうか。どうしてそれをいちいち書くかというと、たぶん、睡眠時の夢は絶対に嘘をつかない。それを探求すべきかという疑いが、朝と夜中の循環構造となった。
〝数字は絶対的な観念であり、象徴的なことは無くとっても便利。でも、それを疑い始めている現象が起きているんですよ。もう既に。AIがどんどん進化しても、「ズラせる」んですよ。〟
〝だから時に原稿用紙にそれを構造化して長文で書きます。短文で書くと、時にこのようになります。ズラさないと、揺れが無いと、痛みを感じずに死ねるような気がするんです。――それって楽な死に方じゃない?――そうでしょうかね。俺の演算によるとそれ、すさまじい割り算の顛末な気がして。〟
と、消したはずのセンテンスをまた持ってきて貼ると、纏わりついている何かが夢として表象されたのかな。と、思えなくもない。睡眠時の夢の感覚の方が現実より鋭利。という現象を疑うことは健全ではない。気がする。
同時に思っていることを二つの文章に分けて、双方をサンプリングして構成するとこうなるのか。という記録、思考の畝りを正しく記すことは訓練が要ると思った。
_03/05
アンビエント音楽をRMEオーディオインターフェース出音値「33」で空気を揺らせた。楽曲制作時の大音量のその値。仕事部屋が桃源に。俺は『Selected Ambient Works Volume II』を聴きながら心身を休めた。
――「平吉さ〜ん」
――「はい〜」
診察室「1」に入り、主治医と対峙した。定期検診。メンタルクリニック。「どうですか、ひら――もう、一ヶ月ですか……」。
精神科医は雑談の冒頭のように、そう述べた。「はあ。なんだか僕もここが一ヶ月の尺度になっているような」と、俺。「まあ、二月は日数が――」と、彼。常識論を語るその白衣は象徴的。
「――という訳でして先生。先月と一緒というか」
「そうですか。良くなってきてるんですね」
「ええ。あとお伝えすることが。数ヶ月前ですかね。もうだいぶ――その頃によく申し上げた謎の不安感はですね、ほぼほぼ無くなりまして」
「良かったじゃあないですか」
「ええ。意味のある不安と、勝手に曲げて辛がる不安と、ちゃんと分けて考えることができるようになりました」
俺は二年以上くらいの期間、パニック症の予期不安特有の謎不安頻発で参っていた。特に、交通機関の移動が苦痛だった。
「そうですか。ニコニコ」
「ええ。今でしたらもう、そうですねえ、大阪あたりまで普通に行けそう。というか行きたい、くらいの感じでして。まあ、いきなり極端なのも――」
「へええ……!」と、主治医は雑談ベースの所作のまま。
「だから、前から行きたかった熱海。熱海ですよ。そのあたりの距離感から順を追って、なんて思いましてね」
「ふふん」と、笑む主治医。続けて。「名古屋なんていいんじゃないですか?」
「名古屋。いいですねえ」
「熱海も――新幹線で結構ここからは……」
「それがね、先生。赤羽駅から熱海まで電車1本で約1時間なんですよ」
「そうなんですか! いいじゃないですか」
「まあ、でも、言われた通りに、無理はしないようにと――」
「行ってきたらいいじゃないですか。熱海。休みを取って……!」
こんなさりげない一言を精神科医は決して軽々しくは口にしない。そういう立場であるはず。事実として、俺は辛がっていた期間に提案した「遠出克服」の尺度を伝えるも「いきなり無理は禁物」といった旨を強調されていた。しかし今日、初めて「行ってらっしゃい!」的なことを笑顔で言われた。
「――なんか、先生がそう言うと、そう言われるだけで、もっと回復した気になれます」
「ははは。じゃあ平吉さん、次なんですけど――」
過活動気味で休みや睡眠が足りていない事実。それを〝先月同様〟として俺は最初に伝えた。睡眠時間等も精緻に。だが先生は「平吉さんの場合はむしろその方がいいでしょう?」と、俺の生活指針――アクティブな方が気が冴える――について肩を持ち上げた。安心して薬局へ行った。いつもの薬剤師・Nさんと雑談を多めに。
「――で、お酒はどうですか?」
「いやあ、こないだ見てもらった血液検査の素晴らしい数値が物語ってますでしょ?」
「うふふ」
「誰かと呑む時は思い切りこう、いきますがね、日常ではちょっとですよ。ノーカウントくらいですよ」
「うふふ。〝機会飲酒〟の時は、というね」
「そんな仰々しい名前ついてるんですか?」
「あら。言わないかしら。うふふ」
「まあ言葉通りでしょうかね。医療従事者が仰るなら。それ、機会飲酒ですか? それ以外は実に大人しいもので、もうね――」
「うふふ」
スナックのママのようだ、と自動ドアを背にして呟き宅に戻る。
今日の仕事はもう区切った。やった。寝が足りない――寝よう。RMEオーディオインターフェース出音値「33」を確認した。
ソファに横臥。タオルケットを胴にあてる。『Selected Ambient Works Volume II』が空気を揺らす。意識が。
白地の空に緑が四角く。まだらに浮かんで固定はされず。次に黒、黒い四角が付着する。俺は主体を〝得ている〟。時間は離れる。俺が離れた。ふと、両腕を動かしては主体と確認。エイフェックスツインの出音が桃源で主体を分離させては溶解。均衡。美麗に歪んだシンセサイザーが限りなく透明に近い色を操作する。意識が。戻って刹那で紺の空。夜景だ。影の高層物件が蜃気楼の次に明確に境界線を揺らがす。黄色い点がある。大きな点だ。その景色は一瞬だが俺の記憶に定着した。イラストで今描ける。それほど――表? 裏拍だ。規則的な4拍。裏から入る? そっちが入り口か。和音ではない。ずっと桃源に色彩を滲ませていない。明確だ。表、表。裏から単音。ループするフレーズ。二度目は違う。一度目は整合。二度目は過不足。一音抜けている。それがループを紐と表象させない。点、点。音が明らかに歪んだ。出口だ。
とてもすっきりと、身体を起こす。熱海よりも名古屋よりも大阪よりも遠くに行って帰ってきた。俺は健康だなあ。
そう思い、小説原稿と向き合う。いい。とてもいい。少し――時間超過。それくらいでいい。精神科医のお墨付き。その黒色は、表象できない。言語だから。
もう、一ヶ月。翌月、先生は「もう、一ヶ月ですか」と言う。来月もきっと。その次は? 来てくれるならば言うのであろう。残り時間は?――そういうことを最近よく考える。
アンビエント音楽は時間を操作する。営みへの熱狂は時間を縮ませる。白衣は均衡を重視する。仕事部屋でそれらの構造化をはかる。そんなに簡単ではない。
――しかし、今日は何があった。と、問われれば俺は「上の通りです」と、音ではない言語で示す。色彩豊かな日を白衣が制御し、音楽が分離させ、それらを主体が。透明になるまでに、あとどれほどの色となるのかな。
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楽曲制作をした。アウトボード機材のツマミを一コマ単位、ミリ単位未満で捻った。海外級のLowの倍音が後ろから迫り来るような音像となった。ビリー・アイリッシュの楽曲「BIRDS OF A FEATHER」をリファレンスとした。遠くはない。だが、あと2枚くらいの皮が破れなかった。それは、まだ知り得ない技法と機材の差だと見なした。俺のMIXではここまでが限界値。つまり完成した。プラットフォームに音源を申請した。
――10年以上も楽曲を管理していただいているプラットフォーム・DOVA-SYNDROMEが法人としての運営を開始した。ユーザー歓喜。俺とかの所属作曲者、期待の念、膨張。国内最大級のプラットフォームの新体制事業展開。胸、踊る。
その旨のプレスリリース記事を読んでからしばらく様子を見ていた。記事には、具体的にどうしていくか、と明記してあった。様々な要素があった。
中でも、俺が個人的にセクシーだと思ったのが〝生成AI制作音源との差別化〟である。つまり、プラットフォームは、在籍作曲者に生成AI制作を許可していない。そして、これからもしないと強調していると俺は解釈した。
――現代では、気づかない程度に生成AI制作音源が氾濫している。実際に「それとわかっている前提」でリスニングをしたこともある。今の時点ですさまじいクオリティを吐き出す。きっと秒で。
それが増殖し続けては音楽業界ではたびたび議論を起こしている。ニュース記事でも散見。――いろんな意見がある。どれもそれぞれの思い。俺はそこについてはどうとも思っていない。
ただ、俺個人は、以前記したことである〝なんとなく鳴っていることが役割〟の音源については、AIがその制作役割を担う時代に向かう。そこに、逆説的に歯向かっても――AIをつくったのは人間――意味がないと思っている。そしてそういった時代はすぐ目の前。なんならもう。と。
――そこで今回の新体制事業展開。その指針のひとつ。ひとつというか最も重視している点。というようにも俺には読み取れた。〝人間の作曲者が制作している音楽以外は扱わない〟。セクシーだろそれ。
そういう時代が来る前から俺は生演奏制作にこだわってきた。打ち込みでやれば数時間で済むものを、「楽器が弾けるんだよ」という自負のもとの執念で、時間効率よりも生の色気とノイズを重視した。
その姿勢というのか、それは初志貫徹。さっき完成した音源の各トラックも、ビート以外は全部自分で演奏している。ギター・ベース・鍵盤はもちろん、神妙な顔をして深夜にタンバリンをマイク録音。そのくだりを開示し出したらキリがないほど。
――AIモデル「Gemini」に簡単なプロンプトを投げて〝小説の執筆〟を依頼する実験をした。秒でテキストが流れた。読んだ。すさまじく小説っぽかった。しかし畏怖しなかった。つまらかったからである。だが、良点は〝あまりにもよく書けた小説〟と思えたこと。能動としてそれを求めている読者は、それを好むのかもしれない。
――音楽制作のあとに小説を進めた。もちろんAIで書いていない。批評をもらう「編集者」として使うことはあるが、〝原則・本文執筆への立ち入り厳禁〟という指針を死守している。
死守。というのも、たまに「おい。その書き直し提案の方がそれっぽいじゃないか」と、本気で思える内容をたまに吐き出すからである。悪魔が差し出す契約書に押印するか。そんな風にも思えるのである。俺は、押さない。押す人は、リズムで押すかもしれない。それはどっちでもいいと思う。そういう時代の黎明期なのだと捉えているからである。俺は押していないだけである。
――初志貫徹でどこまで勝負になるか。小説は、首が曲がり切るくらいの高きハードルの公募にエントリー。楽曲は、公開先プラットフォームが世界展開まで本腰で視野に入れたことを声明。
つまり、本筋は〝AIとの距離感をどうとるかより、人間の創造性をどこまで広げられるか〟という点だと思考を整理した。だから今日は文字数が多い。疲れてきた。
嘘である。文章を書いていて俺は疲れを感じない。疲れているのだが脳内オピオイドが麻酔の役割を担う。自分の言っていることの意味がわかっているのだろうか。
脱線していることを自覚。と、12字で食い止めることが、わかっている証左ままならぬ。
――意地でも自分でギターを弾く。鍵盤を叩いては生身のグルーヴを録音する。なんなら、そのコード弾きのリズムの方に打ち込みドラムを合わせる。機械的トラックに準ずるのではなく、逆にする。アウトボード機材のツマミを一コマ単位、ミリ単位未満で捻る。その行為に何の意味があるんですか?――と問われれば、俺は本文をプリントアウトしてその方にそっと提出する。
――人間が営むことの最後に残る行為とは何だろうか。
「紀元前から現在の教育指針と倫理を鉄壁に兼ね備えたAI。こいつに子育ての大半は任せよう。されど、グレておかしなことにはならない」
俺に子供が居て、居たとして、そういうAIシステムが確立されているとしよう。そこで俺は嫁とその是非を話し合う。会話劇を割愛する。「だめでしょ」。
そういう結論に達することは、こと俺は明白だと思う。自分の子供だぞ? AIにメシの食い方やら挨拶の仕方を学ばせるか? 親って何だ? 俺は親の経験がないから知り得ないが、俺は親から鼻血が出るまで殴られたりPTSD誘発規模の暴言を吐き叩かれたりして、すくすくと育った。育ててもらった。今は、嘘ではなく、本当に親に感謝している。
――度が過ぎるとその教育のかたちは社会を歪ませかねない。それはわかっている。だが、何かをつくりあげる、育て上げることには〝歪みと揺らぎ〟が無いことには均一化、ないし、薄いレイヤー数枚のものに成り果てる。それだらけの世界。そんなのは嫌だ俺は。
――ショート動画を垂れ流した。その視点で観た。既に――。
俺は今のところ、AIを「ほぼ確定事項の確認」と「対話相手(壁打ち)」以外の使用をほぼしていない。だがしたこともある。イラスト生成とかそういうの。興奮した。
だが、その興奮は、その〝AI生成コンテンツ自体〟に対するものではなく、〝プロセスの変容〟であること。それに気づくのには少し時間がかかった。
人間が営むことの最後に残る行為とは何だろうか。いくつもの層を成す皮を一枚ずつ、剥いでも剥いでも、剥いでも、最後まで残ってしまう人間の匂いとは何だろうか。
――それを、各々で証明していこうという猛者が居る。無視する方も居る。気づかない方も居る。どれが良い、そうでない、という話ではない気がする。俺が今、何かを主張したいという訳ではない。今の精神活動を言語化しているだけである。
俺は、無臭の艶やかな透明感で笑うあまりにも絶対的な円を基軸とした雫に能動的興奮を晒したくはない。
人間が営むことの最後に残る行為とは、疑うこと。と、今日の時点では俺はそういう風にただ、勝手に感じている。それが無くなったら、主体が得られない。
――オルタナティブな死に方もきっとある。選ぶのは人それぞれ。ただ、倫理や価値が変容しても、人間が営むことの最後に残る行為だけは。それが無くなるとただ、ちょっと寂しいな。などと思った。
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