09/2022

アイコン190425管理人の作業日記

ここだけ毎日更新。ツイートばりの短文日記。
9月


そろそろ酒で頭がバカになったらどうしようと、やや呑みすぎた昨夜を少々反省する。しかしその反省は、夜になるとほぼほぼ無かったことになりがちである。

やはり自制は必要だねと、しかし、その自制を司る大脳辺縁系と前頭前皮質あたりもグニャッとさせるのがアルコールだなと、改めて酒の威力を再認識しつつ宅でカタカタ過ごす。

夕方、純喫茶『アルマンド』に行き、少々の時間仕事をして、ギャラを頂く。何度か出勤したが、叔父や、従業員の方々や、常連のお客さま方、店によく来る方々の話と反応を受ける限り、どうやら俺がこの店で自分にできることをやることは、わりと重要な役割であると判断できた。

求められれば俺はやる、というアティテュード(心構え)がある。さらに歓迎までして頂けているので、それは一も二もなくルーティーンに組み込むべきであろう。そのようなことを思いながら、少しづつ、この場所においての立ち回りを学んでいく。

帰宅し、さあ制作をしようとDAWを開く。アコースティックギターを3トラック録音する。ササッと完成まで行く目論見だったがなかなか手こずる。しかし、このパターンの場合は、思いのほか仕上り十分な最終形になることが多いので丁寧に作る。

AIがBGMを制作する時代がとうとう来た。思いの外、早く来た。それはそれで脅威とも思えるが、結局、人間が想いを込めて作る音楽は替えがきかないと個人的には思っている。ディープラーニングでは生み出せない、生身の人間しか作れない音楽があると。

人間の仕事がAIに奪われる、といった話題は数年前から上がっている。最終的に、人間にしかできない仕事とはなんぞやとその時考えた。スナックのママである。「あのママに会いたいから店に行く」というニーズが根源にあるというのが理由である。そこには、AIが介入できる余地はないだろう。

「居心地の良いこの場所が好きだから来る」「マスターに会いたいから来る」といった点では、叔父の店もまた、替えのきかない貴重なオアシスであろう。そこで日々過ごすことは、なんと人間らしいことかと思う。

「この人が作るやつだから頼む」「この人だから、依頼したい」という存在になりたい。そういった点では、スナックのママ理論はどこか、俺のコンセプトに似ている。

「あの人が作る曲が好きだから使う」「あの人に書いてもらいたい」「こないだ良かったから、またあの人にお願いする」「あの人の話が聞きたい」「あの人に、会いたい」と、思って頂ける境地に達し、そこに相応の報酬がついてくれば、俺はもう成功者であると言えよう。

そんな「あの人」になりたいなと、日々頑張っているつもりではあるが、どうかな、いけるかな、いけるのかな、いける前提でいけよ、いけこの野郎と、今日も一人で手前を鼓舞して1日が閉じる。アルコール度数6%で深い味わいのビール「秋味」がゆっくり沁み入る季節の始まり。
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しんみり涼しく、よく眠れるが謎に悲しい気分で目が覚める。これは気温差のせいだと、抑うつ気分なのは気候の変化のせいだと、前日との気温差が5℃以上になると鬱屈した精神状態に陥りがちという、まあまあ有力な説を思い出しつつ普通に過ごす。

雨も本降りで新業務の営業に行けんと、昼からずっと制作をする。進んだぜとトラックを重ねつつ、メールチェックするとネット経由でライター案件のご提案を確認する。

これは月の序盤から幸先いいぜとご対応する。さらに、村上氏からもライター案件を賜る。

そうだ、俺はライターだったと、案件が途切れすぎてその自覚が薄れかけていた手前に喝を入れ、3時間ちょい一気に原稿を書く。

おしい、もうちょいで出来たのにという局面で深夜も更け、今日は〆る。一気にやる工数でもないし、スピード重視して質を落とすなど断じてあってはならぬことなので、予定通り翌日に持ち越す。

やはり、原稿を書く案件が常に手元にあるほうが俺は落ち着くのだなと再認識する。指も視神経もバキバキだが、求められる仕事をしているときは幸福だなと実感する。

雨音と同期するように鳴る、手元のタイピング音が心地よく感じる静かな1日。エンターキーはもうちょい優しく叩いた方がいいと何度も思うがどうしても直らない。癖。
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宅で録音をしていると見たことのない虫が壁に張り付いている。ああ、俺も舐められたものだなと、何故、蚊やら謎虫やら、手前のレコーディング中には虫が邪魔をして来がちなのかと訝しむ。

どうやら俺は虫に好かれるサウンドを発しているのかなと、自然界の生物に好まれるのであれば俺の音楽も捨てたものではないかなと、様々なポジティブ要因を強引に捻り出すも、ストリングスの打ち込みはめっぽう頭を使うんだこの野郎と、お引き取り願いますと、そっと息の根を止めて退場させる。

今日は原稿を書いて提出し、あとは制作といった、昨日と似た暮らし。静かな中に殺意あり。手前は、人に悪意や悪態を向けることは、極めて注意して、よっぽどのことがない限りしないように心がけている。そのぶん虫には容赦しない。イラッときたときには人ではなく物にあたる。そして、華奢な体が対象物への衝撃に耐えられず、結局一人で痛がる。

自分のしたことは、自分に返ってくる。それは何でもそうだなと、じゃあ、俺は虫に殺されるのかなとグロい想像をするがそれは御免である。明らかな外敵とは戦うべきであろう。しかしその外敵が日常的な虫となるともう、駆除にかける時間の無駄さにげんなりする。

そういったわけで、やはり、以前ホームセンターで見かけたパックンフラワー的な食虫植物を購入し、警備員として部屋で仕事をしてもらおうかと検討する。

しかし、リアルパックンフラワーであるハエトリグサは見た目が好ましくない。ごはんをあげるタイミングでなんなら俺が噛まれそうだし、その際、「ああ、自分のしてきたことが返ってきてしまった」などと、因果応報について細かく考えるであろうことが予想されるので棄却。

ダイソーの虫除けスプレーあたりを設備することで手打ちとしよう。それでほぼほぼ解決するであろう。なぜその点に何年も気が付かなかったのかあまりにも不可解。
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0時前後、急ぎのライター案件の提案が来たので受け、書き、すぐ提出する。そのままデスクで飲酒しながら、今まで手前が作ってきた楽曲のリスニングを肴に、のどかに過ごす。

朝起き、『アルマンド』へ赴く。先日伝えていたこともあったからか、俺が出勤んすると既に足立くんが着席しており、「マンデリンをくれるかい」とオーダーを頂きほころんだ。

友達が遊びに来てくれるのは本当に嬉しいなと、ストレート珈琲を含みつつ忙しそうにカタカタとPCで作業する彼を片目に仕事する。

今日あたりも、叔父がお客さんに「ピアノの生演奏が聴けるんだよ」と、俺が弾く前提の発言をちょいちょいし、「へえ。聴きたーい」と、お客さんの期待の念を直で受け、弾く。今日はスティーヴィー・ワンダーを弾く。俺にとって鍵盤は専攻楽器というわけではないのでとても緊張するのである。

とはいえ、しばらく弾いて「あきらかにここでお終いですよ」という感じでクネクネポロロン、ターンと、あからさまなFine感で締めたところ拍手を頂けたので良しとする。会計の時に、直接「あ、ピアノありがとうございました」と、笑顔で言って頂けたので良しとする。

若いお客さん方に「ユニークな店だな。また来よっか」と、思って頂けたとしたら俺の任務は全うされているだろう。などと良い解釈をしつつ帰宅。数時間ほど制作をして1日が閉じていく。

ギャラも得たし、今日あたりは発泡酒「麒麟淡麗」ではなく、ちょっといいビールでも呑んでやろうかとときめく。最近、SEIYUで「Duvel」という俺の好きなベルギービールの取り扱いが始まったのである。

これがアルコール度数8.5%というストロング酎ハイばりのインパクトを孕みつつも濃厚な味わいでめっぽう美味しいのである。しかし、棚に陳列されており、冷やしてくれていないのが実に惜しい。

アサヒスーパードライくらい売れれば、常に冷やして売ってくれるかもしれないが、まず、「Duvel」はそんなに売れないであろう。

では、俺が「Duvel」を買いまくれば店側は「お、このマニアックなビールは売れ筋だな」ということで、晴れて冷蔵庫に定位置を獲得するであろう。常に冷えた「Duvel」が買えるだろう。

しかし1本500円台なので定期購入するとこづかいが枯渇しかねないので泣く泣く棄却。たまの贅沢の逸品というポジションにしておこう。

「Duvel」が余裕でガンガン買えるくらい頑張って稼ごうというモチベーションになっていいじゃないかと思える一方で、それは決して難しいラインじゃないだろうも、とも思う。地味に切ない酒呑みコスパ問題。
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結局「麒麟淡麗」をセレクトし、値引きの鰹のタタキと呑っていたらバカに美味くて呑みすぎ、やや二日酔い。典型的な自業自得の念を引っさげつつ営業に精を出す。

秋空と感じるのは湿度が低めになったからだろうか。気分はわりと良好で淡々と暮らす。出口がわからなくなりつつあった着手中の制作楽曲もゴールが明瞭に見え、完成手前まで進行する。

やはり曲作りはいいなと悦に浸り、気がつけば深夜。今年も後半、日々が過ぎるのがやけに早く感じる。色々なことの変わり目を肌で感じる。2年分くらい、なんやかんやと様々なことがあった気もするがまだあと3カ月以上ある2022年。

行けるのか、年の暮れに「今年はやってやった」と感じられるのか、果たして一人旅には行けるのか、収益は上がるのかと、トリッキーな年だったと振り返るのか、まだわからないが、年の序盤にコツコツ蒔いたつもりの種が花開くことを信じるしかない。

各種、蒔いた種の類を間違えた可能性もあるが、それはそれでひとつ、明らかになる。人生において無駄なことなど一切ないではないかと、そんなことを考えながら赤羽公園で休憩していた昼過ぎ、近所のマダムたちから「無職かしら?」と思われた視線を感じた気がするがそれは杞憂。
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午前から昼間、営業やら、銀行に行ったり、案件の打ち合わせをして頂いたりと、いい感じの密度で過ごす。

今日は相当早起きしたから時間がいっぱいあるなと、買い出しを済ませ、夕方から夜にかけては、完成間近の曲をファイナライズしてやろうと作業をする。

しかし、進捗率95%あたりのところで何か足りないなと腑に落ちず。「完全にOK」と判断できた時の喜悦の脳汁分泌がやや足りない。ときめきが若干足りない。

出来てはいるのだが何だろなと時間をかけて精査する。そして、これはもしやストリングスアレンジではないかと気がつく。

俺はストリングスアレンジにおいて、ほぼほぼ最低でも四重奏にする。内訳は、バイオリンが2本、ビオラ、チェロの計4本である。

そのうちの1トラック、肝心の1stバイオリンが足りていないということにマスタリング(最終工程)で気がつき、ああ、一体手前は何年やってるんだと額をピシャリと叩き、腰を据えてもう1本作る。

すると、当然のように全体像がシャキッとしたのでまたMIXからやり直して進める。進捗率95%から戻ってまた95%。残りは明日に持ち越す。

クオリティが上がったのだから良しとするが、本当に俺は楽曲制作が遅いなと深く息を吐く。一方で、原稿を書くのは謎に早いという自負があるからトントンかなと手打ち。くたびれたので夕方にあらかじめ買っておいたプリップリのイカの刺身(¥400)を食って酒流し込んで寝よう。

たまには値引きシールの貼っていない刺身を食ってもバチは当たらんだろうと考えるも、そんな思考すら無くなるほど稼げと、手前に言い聞かせる。稼いで、回転寿司の皿の柄を気にせず無我夢中でバクバク行きたい。寿司は回っているのが前提。
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夕方過ぎまで、宅で原稿を一気に書く。あとは推敲と精査という段階まで進ませる。肩と腰をボキキキと鳴らし、さてめしだご飯だと街へ繰り出す。道中、顔なじみの黒服さんがしのぎを削っていた。

「おや、Nさんじゃないですか」

「あれれ。こんな時間にお散歩ですかぁ?」

「いやあ、宅で仕事して、夕飯ですの」

「じゃあほら、帰りはレモンサワーを買って、と」

「まだ呑む時間じゃないのですよ」

「はは。まあ、頑張ってくださいよ」

「Nさんも頑張ってください。では」

と、今日、人と喋ったのはこの1分くらいの時間のみであった。彼はいつも、会うと俺の夜のメニューをセレクトしてくれる。

この間は、「じゃあ今日はあそこの『磯丸水産』で引っ掛けて、と」と、さらにその前は「ほら、もう今夜はそこのコンビニでハイボールを買って、と」などなど、夜の店に誘う彼の本流呼びかけは稀で、何故か俺には一人呑みコースを提案してくれるのである。

一人呑みがメインの人間と的確に見抜く彼は、なんだか夜の妖精のような存在。聞くと、歳は一つ上で近く、フィーリングが合う。だんだん距離は縮まり、気軽に話せる近所の友達のような感じでほっこりする。夜の妖精と友達。聞こえはなかなか香ばしい。

帰宅して3時間くらい制作をする。手こずっているし、どうせならと、めちゃめちゃクオリティを上げてやろうと、真剣にMIXを詰める。コールドプレイの楽曲「Viva la Vida」の音像をリファレンス(参考にして)に、ゴージャスに整える。

雨の日の自宅作業日。依頼案件を書き、制作を進める。こういった具体性のあるぼっち暮らしなら何日続いても苦ではないなと、元来の隠キャ気質が生産性を上ていることを認識する。そういったわけで妖精さんのセレクトにならい、レモンサワーを買って呑んでさっさと寝よう。
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今日あたりはそういった時間はなかったが、昨日は合間にYouTubeで動画をちょいちょい観ていた。

青汁王子こと三崎優太さんの最新対談動画を観よう、これは面白そうだと、ワクワクしつつ再生すると、オープニングで手前の曲をご使用頂けているのが確認できた。

おおこれは嬉しいと、バラエティっぽい曲をと思って作った「Cats Survival」という楽曲なのだが、お気に入りの方のチャンネルで改めて聴くとなおさらだなと、ほっこり歓喜する。

この楽曲は、ラファエルさんが海辺かなんかでキャストに全力応援されつつ意思表示するという内容のコミカル動画でも、エンディングで2回ほど流れていた。当然、欣びを禁じ得なかった。

影響力のある方々、それも、チャンネル登録をしている大好きなユーチューバーのチャンネルで曲を使ってくれるのは本当に悦べるなと、そういったこともあってか、今日あたりは制作に力も入る。

特別好きな場面で、ニーズを確かめられると、シンプルにモチベーションも上がる。新しいのもどんどん作るので、面白い動画でバンバン使ってくださいと、いろんな場面で使って欲しいなと念を込める。「Cats Survival」は2年前に作った曲ですが新しいやつもいかがですかと。

しかし、変に狙って作るとだいたいスベる傾向があるので、あくまで、良い曲の制作をという初心を忘れるべからずであろうか。

今日完成した曲は、わりと使いやすいのではないかという自負こそあるものの、次に続きから作る予定の寝かしていたバキバキのブレイクコアは誰がどんな用途で使うことができるのか、謎。
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俺基準でわりといそいそと過ごしているのつもりなのだが、さほど儲かってはおらんなと首を傾げる。

今日は新業務の依頼が1件。ひさびさに1件。あんま間が空くのも困ってしまうのだがなと、根本的な事に思考を巡らせつつも、ありがたく売り上げを頂いて帰宅。

原稿を進めて、制作をする。あっという間に夜は更けまくる。めしは卵いくつかとおにぎりしか食ってねえなと、生活リズムの変拍子を実感する。

グルーヴィーに生きたい。ジェームス・ブラウンさんの「セックス・マシーン」くらいのノリで。ファンキーに日々を暮らしたい。

とも思うが、案件や依頼を頂ける流れは良いグルーヴと言えよう。それを「セックス・マシーン」の楽曲タイトルとどうかけて、どうとけばいいのか、その辺はちょっとまだ分からないが。
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原稿書いて提出。完成した楽曲をプラットフォームに申請。やはり、収益に繋がる作業は気持ちがいいなと、42歳自身のテーマである「稼ぐ」に則り、気を良くする。

夜は国際興業バスに乗って都内某所へ。村上氏と桑原氏と遊ぶためである。アラフォー男性3人集ってキャッキャとはしゃぐ。それを地獄と表現する者もいるかもしれないが、否、とても楽しいひと時なのである。

村上氏からのおこづかい付与と共に酒のオーダーを賜る。コンビニで雑にセレクトした500ml酒缶を片手に、再度はしゃぐ。いや、ギター演奏の勉強会である。

ふいに、村上氏が「動画を撮ろうぜ」とを言い出す。それは面白かろうと、桑原氏とのセッション風景を収める。

けっこうコンテンツっぽい感じに撮れたようなことが起因かどうかわからないが、村上氏は「編集してYouTubeに上げよう」と、意気揚々と突拍子も無いことを言い出す。雰囲気から察するに、ガチである。

いや、日々のドキュメントをYouTubeで公開することは現代において割と普通なことかもしれないと、俺は「とにかくバラエティっぽく編集してください。これからギターを始めるアラフォーの希望となって頂けるようなチャンネルにしたいです」と、テーマ含みの注文をし、完成を待つ。

かつて、「東京ギター教室 Little Wing」と銘打つビジネスがあり、今日の3人が関わっていた。桑原氏は経営、村上氏と俺は講師といった役割であった。

今夜試し撮りした動画は、そのYouTube版といったかたち。謎に視聴者さまから引きが見込めれば、新たなビジネスとして昇華される好機であろうとポジティブな想像を馳せ巡らせる。

どんどん新しいことをやっていくのは楽しいなと、やけに輝く今宵の月を見上げては前向きな気持ちになる。

村上氏におごってもらった酒が帰宅中から1日の〆作業の間に途切れるのは不本意であると、寝酒を買って帰宅し、「麒麟淡麗」350ml缶を呑みながらカタカタと、今に至る。「東京ギター教室 Little Wing」がYouTubeで復活なるか――わりと楽しみ。
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さすがにこれは秋だろうといった午前の空。西川口へ出勤する。今日はわりと忙しい時間軸ではなかった。

俺がこれまで数回、この『アルマンド』に出勤した日は一律「休憩する暇もない」といった所感だった。しかし、こういう日もあるのかと、本格珈琲をすすりつつ、小さな音でピアノの練習などをして隙間時間を過ごす。

この店が俺にとっての新たな居場所のひとつ、という解釈もあるのかなと思った。しかし、直感的に、本能的に感じているのはもう少し踏み入ったテイスト。それは、なにか、俺は、「この場所においての役割があるのではないか」といったもの。

具体的に言語化することもできるが、なんとなくまだ、それを店に関わる人たちに伝えるのは時期尚早と、これまたフィーリング的な肌感。少しずつ仕事を覚え、俺の役割を察しながら、やるべきことをやっていこうと、静かながらも張り切る。

閉店時刻間際、お客さんがおかえりになられた頃、「なんかピアノを弾いてよ」と叔父は言う。ではと、今日は「No Surprises」という楽曲をピロピロとフルコーラスで演奏する。メロディが実に美しいこの楽曲の詞の内容の真意は、俺にはいまだにわからない。

「明らかに曲のフィニッシュですよ」といった音価で鍵盤から手を離し、右足からペダルをリリースした音が「ゴトン」とちいさく響く。叔父は、「うん。いいねえ」とのことだった。

「これは、レディオヘッドというUKのオルタナティブバンドの曲で、1997年の名盤に入っていて、俺は当時高校生でこれを聴いていましてね――」といった解説は野暮ったいのでせず。「そう。いいですよね」と、静かに返し、今日の営業は〆られた。

おこだわりの半熟加減ゆで卵2ケをおみやに頂き帰宅。手前の業務のチェックなどをデスクで少々、そして休憩。ムクリと起きて原稿を書く。

なんだか色んなことをやっているなと、ひとつのことに集中した方がいいのかなと、いや、手前ができること、求められること、役割であること、全てがやりたいというコンセプトがあると、様々なことを思いながらゆっくり煙草を吸い吐きする。

静かなような、漲っているような、とはいえ、くたびれたような、しかし心地よい、脳内でグロッケンの音色が鳴り響くような、わりと爽やかな心情の秋の初旬。
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寝室のサーキュレーターの音がお笑い芸人の漫談に聞こえた。それは、リアルにラジオを聴いているくらい、何を言っているのか一字一句わかるほどの鮮明さだった。この書き出しは明らかに頭のおかしいアプローチであろう。

夢うつつと正気の境目から覚醒すると、ただ、「ブォォォ」という音が耳に入っていることが確認できた。要は、寝ぼけていたのであろう。

長期間にわたる不安やうつ症状から、幻覚や幻聴といった統合失調症の陽性症状が現れる場合もあるらしい。そして、認知症の症状としても似た状態がみられるという。

まあ、俺の場合はただ眠りが浅くてトリッキーな夢を見ていたのだなと判断する。わりとよくあること。幻聴に関しては、アルツハイマー型認知症に罹っていた父親が、自宅介護中に何度もその旨を俺に伝えていた。蝉の鳴き声と共に、ラジオの副音声のようなものが常に聞こえていたという。

2017年3月くらいの日記に、リアルタイムでその詳細を記した。そう思い、ちょっと確認してみたが、驚くほどに淡々と書かれていた。

彼の当時の状況である、「副音声が聞こえる」「風呂場で幻覚を見る」「複数回、警察に保護されて俺が身元引き受け人として署に出頭する」「自宅介護期間、なにかと激昂する」「深夜徘徊」「弁当を買ってくると言っては酒を買ってくる」――。

などなど、ほかにもいくらでもあるが、詳細を記したのは日記ではなく、当時記録していた別ドキュメント「介護記録.docx」の方だった。

総文字数32,726字に及ぶそれは、彼の死亡をもって完結させ、外付けSSDに封印した。そのへんのくだりを今ちょっと確認してみたところ、内容があまりにもエグすぎて、よく手前の心身がもったものだなと回顧する。確か、嫌すぎて以後思い出したくないという動機もあり、記録として克明に書き出すことで精神を整理していた気がする。

ちなみに、その「副音声」は、けっこうポジティブな方面でパワフルだった。俺や、父親に関わる福祉などの方々の「心の声」を代弁して発する内容だったのである。

俺がどう思っているか、福祉の担当の方がこれから何をしようとしているか、まあまあ的確に当てていたのが印象的であった。

人間の脳やら精神やら魂やらと、不思議なことが多いなとちょいちょい思う。手前のそのへんはというと、今日あたりは凄く健やか。長期にわたる纏わりつくような鋭利かつヌメッとした不安感と焦燥感がほぼほぼ晴れていた。

何かしていないと、何かをしている時でも、陰性症状的なものが常について回っていた。酒を呑んでラリッている時と、よっぽどフロー状態の時以外はだいたいそんな感じだったのである。

俺はそれらを全て、できる限り俯瞰的に捉え、日々を過ごしていた。何が言いたいかと言うと、今日は、よっぽどまともな状態であったと、かなり久しぶりに認識できたのである。

そういう時の気分からくる意思は、間違っていないはずである。昼間営業をして、帰宅して原稿確認で戻って来れば対応し、あとの時間は制作をするといった予定であった。

しかし、今日の気分的には、最近いそいそとしていたから休みたかった。前述の陰性症状的な期間中は、そういう時でも素直にリラックスできなかった。

しかし今日は、なんというか明らかに正常といった所感だったので思い切りサボれた。原稿は確認中なので、対応は後日。ではとDAWを開くのではなく、ダラダラとネットを見る。ペルーの儀式の動画を2本くらい観る。そして遠慮なくソファで寝る。

起きてまだまだ時間はあったが、〆とする。この暮らしっぷりに変な罪悪感をおぼえるのが不調時なのだが、今日は、いやあリラックスできたぜと、素直にそう思える。あの、リラックスする場面なのに何故かできない地味な苦痛は言い表しがたい。

精神にも、トカゲのように脱皮して成長するくだりがあるとしたら、著しく硬く大きな皮を剥こうとしている最中が相当長く、それがようやく破れ、ツルッとするフェーズが近づいてきた。と、捉えるとしっくりくる。

メンタル不調を「脱皮の最中」と喩えるあたり、俺もいよいよかなと思うが、この表現がなんか最もしっくりくるのである。
_09/12

 

 

 

 


昼イチに信用金庫のフレッシュなお兄さんができたての通帳を届けに来てくださる。手前の稼業の屋号入りは初なので、なかなか新鮮。

「こないだ、新事業の売り上げ入金用と申し上げましたが――」

「ええ。はい!」

「諸事情あって(口座開設までわりと日数がかかったから審査的なの落ちたと思ってた)それはメイン口座に入れまして」

「そうでしたか! 大丈夫ですよ」

「替わりに、じゃないですけど、叔父の喫茶店に週イチくらい出勤することになりまして、その売り上げを定期的に入れようかなと」

「なるほど!」

「そういうの、信用に繋がる感じありますの?」

「ええ! 利息は0.01%とアレですが……何か平吉さまに向いた良い商品がありましたら是非ご案内しますので!」

「利息はまあ――とにかく新たな源泉からちょいちょい入れますよ」

「またひとつ新たな柱ができたのですね!」

「いい表現しますねえ!」

「ははは!」

「ぶはは!」

という感じで、東京都北区の信用金庫の口座を開設。べつにしてもしなくてもあんま変わらないかもしれないが、なんかやる気が出た。確かに柱は増えたが稼ぎは思うようにグンとは行っていない現状。だが、やる気は出た。

営業してサイト更新をして、耳に優しいブレイクコア(ドラムンベースから派生した高速ビートのジャンル)を作る。完全に趣味の領域、好きな音楽の類ということもあってか、土台となるメロディパートと緻密なビートを作りながらプレイバックし、全体像が見え、早い段階から自分でうっとり聞き入る。自惚れる。

このパターンは、完成後に手前では「傑作ができた」と悦に浸るも、ユーザー様にはあまり受け入れられないと予測される。しかし、一部の人には、もしかしたら、もの凄く好いて頂けるかもしれないという、そんな感じだろうか。

最近は「使いやすい」とか「綺麗な音像」やら「親しみやすい」という各点を意識した曲を作り続けていたので、たまにはこういった趣味全開の世界観のやつをねじ込む。個人的に、それは重要だと思っているのだがどうなのだろう。

定期的に自我を音に投射する。過去に作ったものだと、「Sulpiride」という曲が手前の精神状態のある部分をうまい具合に反映させている。タイトルで気づく人は察するであろう、極めて鬱屈とした楽曲。今日あたりは気持ち良い気分だが。
_09/13

 

 

 

 


営業をしてデスクワークを少々。YouTubeで配信動画を観てちょっと休憩を取り、その流れでソファで一休み。ガバッと起きて制作をして楽譜を書く。その間、村上氏からライター案件を頂き、その打ち合わせがてら電話で色々と楽しくお話をする。

日記なんていうものは、まとめれば3行ひと段落で書ける。むしろそれくらいが適量であろう。しかし、いつの頃からか、何故に俺は毎日書く文章がまあまあ長くなってきたのかとよくよく考える。

理由は3つ出てきた。1つは、ネット記事くらいの文字量をスピーディーにパパパと書ける訓練、肉体で言うところの筋トレ的な役割を果たしているのかもしれない。

2つ目は、その日の事実に関しての心情を書き残すことで、良い時も、そうでない時も、1日単位のマインドフルネスとして心を整えているのかもしれない。

3つ目は、基本的に一人で過ごすことが多いのため、「今日はね、こんなことがあってね、それでね!」と、喋る相手がいないのでそれを綴るという代替行為となっているのかもしれない。

加えて、三島由紀夫先生の言うところの“習慣という怪物”だろうか。怪物化するほどのコンテンツかどうかと言ったらアレだが。今日の心情を形容すると、平穏を取り戻した心が普段の事を淡々としつつも楽しく行なえて安堵。そして漲る向上心。とはいえまだまだ理想に追いついていない稼ぎ。

といったわけで、ふとしたきっかけで『よふかしのうた』というハマれそうな漫画に出会ったが節制しようと新刊購入寸止め。明日は高確率でブックオフ池袋店に赴くであろうことが予想される。
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明日から懲役に行くのかというほどしっかりめに掃除する。実刑を食らうほどの悪事は行なっていない。2部屋と廊下とキッチンと玄関とトイレと、気がすむまで塵芥を処理する。

すっきりしたので池袋へぶらつきに行く。今日は半休日設定。のんびりサンシャイン付近をフラフラする。水族館に入ろうと本気で思ったが、入場料¥2,500に日和り、引き返して近くのブックオフへ。目当ての漫画がすぐ見つかったので2冊買う。

夜更かしをする中学生が主人公で、吸血鬼の娘が出てくるという、2話立ち読んだ限り、それくらいの情報しかわからない。これは感情移入できないからつまらんという先入観があったが、「この作品は、人を惹き込むパワーを孕んでいる」という己の感覚に従う。読み進めることにした。どうやら、アニメ化もした話題作のようである。

帰宅し、さてゆっくりしてやろうと思ったが、せっかく手元に案件があるのだからと、原稿をやる。その勢いで制作もする。原稿を書いている時にふと思いついたアイディアを新たな曲としてスケッチする。

出だしのコード(和音)の響きが掴みとなる曲。そうなるとチューニングを工夫するのがよかろうと経験則で判断した。出だしの1音には執拗なまでにこだわっているためである。曲の第一印象は超絶大事だと。

作り進めるこの曲の、同じコードから始まる楽曲でキュンとするのはなんかあったかなと脳内ライブラリーをクロールする。

速攻で出てきたのは、コールド・プレイの「Yellow」という、ごくごく初期の彼らの代表曲であった。この曲は、チューニングがちょっと普通ではないのである。

「Yellow」収録の1stアルバム『Parachutes』は、20代の頃に本当によく聴いた。音像が当時のUKロックのお手本のような仕上がりで心地良いのである。当時、“「Yellow」謎チューニング問題”に関してあまり追求しなかったが、今日徹底的にアナライズした。

結果、「Yellow」のチューニングは、A=445Hzで、さらに半音下げであるということ(俺調べ)が判明した。わけのわからないチューニングである。

現代のポピュラーミュージックにおいての「普通」と思われるチューニングはA=440Hz〜442Hz。故に、A=445Hzは微妙に高い。

この謎目的のチューニングは、ミスチルの「抱きしめたい」や、エイフェックス・ツインの「Flim」という楽曲などで適用されている(俺調べ)。わりと他にもある。

そして、この謎チューニングだと判別できた楽曲はどれも、閾下の快感を引き出す魔力をおびている気がするのである。

そういったわけで、A=445Hzの半音下げチューニングで曲を書き進める。捗る、ということは、作っている最中からもう気持ちいいわけである。曲調やキー設定にもよるだろうが、ハマる場合は、A=445Hzチューニングは恍惚とさせる力があると、少なくとも俺はそう感じる。

ただ、もしかしたら445Hzではなく444Hzの可能性もあるので、間違い無いと言い切れないのが悔しいところ。というか、ネットで調べれば一発だと思っていたが、先述の曲たちに対してのチューニングの情報が、いっさい出てこないのである。

ということは、そのへんを気にしているのは俺くらいなのかなと懸念を抱く。シンプルに神経質なのかなと。

でも、人間だって、ちょっとピッチの高い声でやり取りしてる方がなんかほっこりするじゃないかと、企業やらの受電の第一声も「お電話ありがとうございますぅ」と、ピッチが高いではないかと、演説などでも声高めの方が訴求力があるではないかと、無理くりに根拠を挙げる。

そういったわけで、人当たりのよさやらを心がける発声は「A=445Hz」チューニングの音階を基準にして話せば好感度が上がるのではないかという仮説が出た。毎日、チューナーで声のピッチを確認する訓練をするのである。

それは本当にやらないが、アナウンサー界やら、声優界やら、声の専門職のあいだでは「常識」だったら俺は震える。「A=445Hz」ジャストピッチの奇声を上げて吃驚する。たぶんないと思うが。
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昔、音楽理論を教えてくれた先生が夢に出演。そして俺は、「すみません。音ひとつひとつの意味をちゃんと考えていませんでした。すみません」と、謝罪をしていた。

いやいや、昨日、俺がどれだけその点を詰めていたと思っているのかと、逆だろと、先生、そこは褒めてやってくれよと、夢の意味は考えないことにする。妙に琴線に触れる謎チューニングでレコーディングをする。

夢は無意識の表れ、この世ではない何かとの繋がり、予知など、非現実的なパワーを含むとかそうでもないとか。

しかし、妙なもので、昨日の夢ではこんなくだりもあった。それは、黒いハイエースの中に人がたくさん乗っていて、俺も乗るのか、その意図はわからないが、「ドアが開けるかな? 隣とかとの間隔大丈夫かこれ?」と何かを確かめる内容だった。

昼過ぎ、明日の純喫茶『アルマンド』での映画撮影の件で、ご担当の方から入電。

「――オッケーです。諸々、大丈夫です。では、明日僕も立ち会うので、よろしくお願いします」

「ありがとうございます。平吉さん、ちなみになんですけど、機材を下ろす時に、お店の前に車をちょっと止めても大丈夫ですか?」

「ちょっとならたぶん――」

「駐禁とかの心配とかよりも、あの道の間隔で停車させてると他の車が通れなくなるかなって思いまして」

「なるほど。ちなみに、車両は何でしょうか?」

「ハイエースです」

「ほほう。じゃあたぶん大丈夫かと」

というやりとりがあった。そして、「あれ? 夢の謎確認とリンクしてないかこれ?」となる。

ふうんと思ったが、まあそういうこともたまにあるよねと、あまり深く考えず。とはいえ、明日、撮影に立ち会い、クルーがハイエースで来て、その車の色が「黒」だったら、まあまあ震える。
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撮影の立ち会いやらお手伝いやらで西川口へ。監督、プロデューサー、ディレクター、カメラマン、メイク担当、演者、エキストラの方々が大勢。なんかイベントっぽくて楽しげだな雰囲気だなとホクホクする。

店内の様々な物や掲示物などの配置を変えたりする。やることと言ったらこれくらいのものかと、さほど手間はかからないなと、のほほんと撮影を眺める。

うんうん、プロの俳優さんの演技はこういった感じなのかと感銘を受けつつ、のんびりしている。あの「カチャコン」と音を鳴らすやつは本当に使うんだなと、完全に「見学」のスタンスで憩っていた。

しかし、女性のディレクターの方が急に「すいません! お願いがあるんですけど」と、なにやら懇願のご様子。

「はい、なんでしょう?」

「店員さん役で出てもらえませんか!」

「はあ! え?」

「こう、お客さんが入ってきて席に案内してこっちに戻って、という感じで――」

なんだかやる前提だなと、話を聞いていたが、思い返すと俺は秒で「もちろんです」と、親指を立てていた。

「なんか、“それ風”の感じでしょうか? 1回リハを――こんな感じでいいですの?」

「それでお願いします!」

うわすげえ緊張してきた、ガチの映画だぞこれと、いけるのか俺と、様々な想いの中、撮影は淀みなく進む。

「じゃあいきまーす! シーン〇〇、トラック〇〇! カチャコン」

「いらっしゃいませ(キリ!)。2名様ですか? こちらのお席へ――」

という風に、演者の背景でエキストラのお客様をお席にご案内する店員役を全力で演じた。その流れのシーンは一発OKで、俺はやれやれと肩を撫で下ろした。

「大丈夫でしたか今の?」

「はい! OKでした!」

へえ、面白いなと、こんなこともあるんだなと、俺はめちゃくちゃ緊張しつつもなんか楽しかった。何故急にとも思ったが、まあいいかと、思いのほか興奮していた。

さすがに漏れそうになってきたので厠に行こうと向かい、途中で監督さんがいたので「すみません、横、失礼しま――」と会釈したら「出番です!」と仰る。

「はい? あ、さっきのですか? 大丈夫でしたでしょうか……」

「もう1シーン、ドリンクを出すところをお願いします!」

「ちょ」

「お願いできませんか……?」

「ええ! いけますかね……絶対手が震えますよ俺?」

「ははは。ピアノ弾けるから大丈夫かなって!」

「ええ?(どういうこと?)わかりました。一生懸命頑張ります」

ということでもうひとつ、謎に出番を頂いた。そのシーンの「はいOKでーす!」という声を聞き、いやあドキドキしたなと、ピュアな心境に包まれる。

撮影は滞りなく完了したもよう。撤収後に、監督さんにお礼を言いに行った。

「監督、ありがとうございました。たいへん貴重な体験でした」

「いえいえ、こちらこそ急にですみませんでした」

「やややや、大丈夫でしたかね……?」

「いやいや、大丈夫です。立派にできてましたって言ったら偉そうですけど。ははは」

「ぶはは。それは恐縮です。しかし、なんで急にまた僕を……?」

「事前にみんなでロケハンでお伺いしましたよね? 実はその前に、こっそり一人でこの店に来て、その時、お兄さんがピアノを弾いていて、いい店だなって思ったんです」

「はは……」

何が何に繋がるかわかったもんじゃねえなと、とはいえ、とても新鮮かつ素晴らしい体験をさせて頂いたなと、感謝の気持ちでいっぱいだった。

誰よりも目立たない出番であっただろうと思われるが、俺的にはとてもエキサイティングなひとときだった。

最後にプロデューサーの方と監督にもう一度ご挨拶し、撮影は無事終了。クルーは、黒くないハイエースで帰路に向かった。監督も演者やクルーの方々、皆様素敵だった。いろんな意味で震えた秋の良日。
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日曜なので『アルマンド』に出勤する。濡れすぎの天候にしては、といった客入りで、ゆったりとした雰囲気の中、てきぱきと過ごす。

昨日の非日常感とはガラリと変わって昭和レトロな通常営業。コーヒーをすすりながらほぼ終日仕事をする。

赤羽駅付近で紅生姜天蕎麦を食べて帰宅、そして夜は制作と、最近の日曜は、ほぼほぼ同じリズムで暮らしている。週に1、2日でもそういった固定的な日があると、どこか安心感が生じるのは、ここのところずっと不安定過ぎる暮らしをしていたからであろうか。

日本列島が轍にでもなっているのかという進路の台風。容赦なき嵐が迫り来る。関東甲信越地方は明日、明後日あたりがピークとのこと。

「気象情報です。台風14号(ナンマドル)は、示していた進路の真逆へ向かい、フィリピンの彼方で温帯低気圧に変わりつつあります。なかったことになりました」とはならなそうなので、用心するしかない。

明日は引きこもって制作に精を出そう。今夜は静かに休もう。台風が逸れ切ったあとに迎えるシュッとした空気の本格的な秋空が楽しみである。
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ナンマドルとやらが猛威をふるっているのか不穏な気候。やはりということでほぼ1日中楽曲制作をする。甲斐あり、新しいやつを1曲こしらえ、完成手前まで進む。

普段、楽曲使用報告のメールをわりと頂ける。とてもありがたいので俺は全て目を通し、基本的にはきちんとした文体で返信する。

「お世話になっております」は付けるべきか、要件から入るべきか、「所存でございます」か「存じます」か――。

いいや固すぎる、しかし「了解です」は微妙なラインと聞いたことがある。じゃあシンプルに「承知です!」だろうか、いやしかしナメてるみたいにならんだろうか――。

「何卒よろしくお願い申し上げたく存じて候」だともう丁寧を通り越してバカだと思われはしないか、などなど。上記のように毎回考えるので手前はメールがまあまあ苦手。

たぶん、自分の性格の基本スペックの失礼度が高めという自覚所以の気のつかい過ぎであろうか。

最終的に伝わるものが端的に伝わって、お互いに気持ちよくやりとりできればそれでよし。という基本概念は、わかっている。個人的には、丁寧な文章かつ感嘆符(!)や、三点リーダー(…)が、適度に語尾に付いているくらいがちょうどいいと思うのだがどうなのだろう。

ビジネスにおけるメールでも、「かしこまりました! 後ほど確認いたします」と受けると、ひとつ「!」を付いているだけで張り切っている感が出ることにプラスし、なんか「よかった」という気持ちになれる。

「お手数ですが、指定の箇所の変更を再度お願いします」と来ると、「お手数ですが」というクッションはあるも「あ、やっちまったかな?」という心情も生じる。

一方で、「お手数ですが、指定の箇所の変更をまたお願いできますか……?」だと、「いかんいかん、しかし、先方が激しくおかんむりという訳ではなさそうだな!」と、ちょっと安心できたりする。

LINEなどのやりとりでもそうだと思う。「いまどこ?」だと、「絶対怒ってる。やべ」と思ってしまうが、「いまどこだい?」だと、あまりそうは感じない。たった2文字追加するだけでソフトな感情が乗る。さらに、「いまどこだボケカス死んでから来い」だと、一周回って「ガチでの怒りではないな」と、笑いながら急いで向かえる。

文法的に正確な文章がフォーマルかつ望ましいのであろうが、個人的には、時には丁寧かつラフにいったほうが好み。ビジネスメール等ではその線引きが非常に難しい。基本的には「!」や「……」は付けないのがたぶん正解と、わかってはいるのだが。

決して、フォーマルなビジネスメールのやりとりがつらいという訳ではないが、というか、いい加減慣れろと手前を叱咤するべきであろうが、そういったこともあり、楽曲使用報告のメールを頂けた場合はケースバイケースにしている。

ユーザー様がビジネスメール文調だったら合わせて「何卒よろしくお願い申し上げます」と、丁寧に返す。

「〇〇に使用させて頂きます! ギターの音が作った動画にちょうど――!!」という感じのエモい文章だったらこちらも、「ご感想も頂けてすごくうれしいです!」と、遠慮なく良い意味で文調を崩して素直に伝える。

日本は、漫画やアニメやキャラクターの造形など、デフォルメのクオリティで言ったら世界トップクラスだと俺は思う。しかし、文章となると、デフォルメが許されない場面の方が多いのかなと、ちょっと思ったりする。だからと言って一律テンプレで返すのもなんか冷たいんじゃないかなという個人的葛藤。

こと、普段の言葉遣いが穢い手前としてはたまに手こずるビジネスメール。要件と伝えたい内容をラフに打ち込めば、見事なビジネスメール文調に変換してくれるアプリの登場はまだだろうかという甘え。
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新業務の依頼がこないなと、これはもしやダメなのかもしれんと、とはいえまだ完全に判断する局面ではないと、日中は営業をする。

台風が去った。まだ少々、湿っぽい空気ではあるが、俺的には物凄く秋を感じる天候。謎に希死念慮が湧きがちな不思議な気分を誘う秋の感触。

風が背中から前面にすり抜けるような、何らかの境目に居る心地。一瞬で生えては咲き乱れ、精彩を放つ彼岸花を愛でる。

少々、鬱っ気が纏わり付くくらいが、手前の気分としてはデフォルトだったなと、やけに過去の記憶が呼び戻される秋特有の精神状態で恬然と過ごす。

こう記すと調子が良くないという印象になろうものだが、むしろ、普段の自分の状態といったテイストで逆に安心感すらある。

手元にあったライター案件は全て完了したので制作をする。メランコリックな気分の時は、創作がたいへん捗るのである。他の人がどうかは知らんが、俺は明らかに、ダウナーな時の方が作業がトントン進む。着手中の曲が理想的なかたちをもって完成。音源化する。プラットフォームに申請する。

秋の夜に、何を呑むかと悩めども、季節を鑑み選択するのは、1も2もなく「秋味」一択。缶酒は500mlチョイスがデフォルト。
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ああもうダメだと、とうとう鱗雲が縦断する空を見上げる。秋になり、何がいかんのかと自問自答しつつ営業をする。収穫はいっさい無し。

そうかそうか、またひとつ明らかになるのかなと、絶望的展望とは捉えず。夜はセッションバーに行って仲間と遊ぶ。盃を交わす。音でまぐわう。

帰りに一件、3人でひっかける。先輩様の新たな業務の展望などが話題に上る。それはもう、すぐにでもやりましょうよと、人生一回こっきりですぜと、わっしょいうへへと盛り上がる。

なんやかんやと、定期的に集い、近況を肴にアルコールを流し込める関係性たるや愛おしいなと、俺は人間だと、妙ちくりんな自覚を提げつつ帰路につく。

赤羽界隈で、「ああどうもどうも!」と、とうとう肩に手を回してくるほどの関係値になったのかこれはという感じで、元気いっぱいな黒服さんがじゃれてくる。こういうのは好きである。俺は人間だと、そういった気を発しつつ、柳のように躱す。

「死因は酒に依存し過ぎでした」というほど、いや、そこまではまだ達してはいないが、さらに酒を買って帰宅。

往往にして何らかに常に甘えるのだなと、俺は人間だぞと、そのような真理をついているようでそうでもない、ただの依存体質の言い訳を肚に今日も溶ける。

依存とは、本流ではない何かで誤魔化すことである。俺は、何に対して何をそのようにするのであろうか。知らんが、ただただ、酒がありがたい。

今日あたり、「秋味」を呑みながら日記を書く手前に訊きたい。「あたなの言う『人間だ』とは?」と。その回答は、「だましだまし、愉しく、ですよね?」という疑問系の返しを以ってしてふわりと漂う。乾く日に、じわりと沁み入る、酒と人。
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休みの日なのでめちゃめちゃ寝る。起きがけ涼しく、よい季節になったものだと珈琲を淹れてのんびりしする。

夕方、足立くんが参加するライブを観に渋谷へ。やはりでかいハコでのライブは熱量に満ちていて気持ち良いなと改めて感じる。ライターとしてではなく、客として来たのでハイネケンビール1本を1時間以上かけてゆっくり呑み、応援の心境と共に終始観戦。

今日は仕事や作業をしなかった完全休日。普段忙しくてめちゃめちゃ稼げていれば、よしエネルギーもチャージできたとほっこりできる。しかし、まだまだ思うようには稼げていないので、明日からしっかりとやっていこうと奮起する。今日のところは、わかりやすい休日。

そういった日は週に1日まではアリというか、それくらいが普通なのであろうが、やはりこう、まずは、休む暇もねえといった日々に到達したいところ。
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基本的に、案件がない場合の日曜日の出勤先。わりと平日も連絡をもらい、これはどのようにしようか、という感じで俺がするべきという内容の対応をいくつか振って頂く。

ではそれはこうして、その件はその日に行きますんでと、わりと、新たな職場の一つとも言えよう場所において、俺にとっての役割はけっこうある様子。全て、適切に応ずるために色々調べたりして暮らす。

本日の営業は降雨により途中強制終了。先述のことや、楽曲アナライズなど、ほぼほぼ机に張り付いて時間が過ぎる。

求められることがあるのはいいじゃないかと実感する。それは、心の安堵にも繋がろうと。稼ぎにも直結すると。

そのような、淡々と地面を叩く雨だれのようにトントンと過ごした1日。季節に栞を挟むように、そっと金木犀が香るのも間近。
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感傷に浸るくらいしか秋らしい事をしていないなと、湿度全開で空気を読まぬ天候に、いやお前が空気そのものだろうと、秋らしくひとつムーディーに頼むよと、やり場のない憤りすらおぼえる。

夕方、音楽のイベントを催すという純喫茶『アルマンド』へ行って仕事をする。宴はちゃくちゃくとスムーズに進行。みなさまほっこり和やか。

求められれば俺はやりますぜと、やることやって貰うもの(ギャラ)頂いて帰路につく。とにかく秋らしいことがしたいという乾いた意欲を提げつつ帰宅。

秋を感じる楽曲をアナライズしようと、仕事部屋で秋にまつわるワードを連想し、そこに繋がる名曲をチョイスする。

しかし、エアコン稼働せずの部屋の湿度は76%を叩き出す。湿度が高いとそれだけでべとべとと不快。前髪がクルッとなってなんかテンションが下がる。近くに巣でもあるのかというほど蚊がまとわり付き殺意がおさまらない。

空調をドライ設定にし、虫除けスプレーでも吹きかければほぼほぼ解決するであろう。しかし、快適な秋を、季節のありがたみを、より全力で感じるため、あえて、不快ではあるが自然な状態で過ごす。そのような謎の自虐行為は必要なのかとも思うが。
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