02/2021

アイコン190425管理人の作業日記

ここだけ毎日更新。ツイートばりの短文日記。
2月


父親の介護保険更新の手続きで役所に行く。実に面倒極まりないが、人生において「介護」というゾーンは人によっては避けられない壁。いや、俺からしたらクソゲーである。

関係値が普通前後の家族の場合、情所以の行為となるのであろうか。そうではなく、例えば介護の対象者である親がDV野郎だったり、借金まみれのクズ野郎だったり、破産確定にも関わらずその手続きの最中に頭がイカれたりと、弁護士への着手金やらをせがんできたり、現に払わされたりと、そういった親の介護はクソゲーと言い切りたい。

とはいえ、手前を生んでくれた種である人間であるが故、最低限の手続きおよび対応やらはし続けて早5年くらいは経つだろうか。とか考えながら北区某所で手続きをする。再来週に病院へ書類を持って行き、説明やらをして手続き完了となる。今回の更新で「要介護4」から、まず間違いなく「要介護5」のマックスに達するであろう。

いくところまでいったもんだとか考えながら、消耗品を買いに池袋へ。なんとなくブラブラと彷徨いたかったのでパルコ近くのゲーセンに入る。

ゲームの類をほぼいっさいやらない俺からしたら、店内全てクソゲー揃いである。と言ってはゲーマーに失礼かもしれない。そんなことはないだろうと手前の偏った考えを改めつつ、1階、地下1階とブラブラする。燻んだ副流煙が染み付いた壁や天井から昭和・平成のなごりが香るインサイド気味な空気。居心地は、悪くない。むしろとても落ち着く。

俺が唯一ハマることができたアーケードゲーム『ストリートファイターII』的な格闘ゲームを探すが見当たらない。レトロゲームコーナーにも関わらず、そこには『テトリス』のパチもの的なゲームや『脱衣麻雀』といった腰の砕けそうなゲームばかりであった。

店のイメージキャラクターであろう女の子の絵が可愛かったな、このタッチは『ハイスコア・ガール』を書いた作家さんだな、ということくらいしかほっこりする場面はなく、ゲーセンを後にする。カップラーメンみたいな味のするトンコツラーメンを替え玉プラスで食って帰る。

クソゲーではないゲーム、熱中できるゲームが欲しい。「これが終わったらゲーム!」という、楽しみ的な感じの、ご褒美的なゲームが欲しい。

そもそも「ゲーム」とはなんぞやと改めて考え、調べると、単に「遊び」や「試合」「勝負」「遊戯」という意味に加え、「守るべきルールがあり、勝敗を決めること」という解釈も含むという。

それはもう、人生のことではないかと思った。人生のなかで、クソゲーもあればボーナスゲームもあり、ロールプレイングな場面もあったりする。すると、ゲームオーバは死亡であろう。じゃあ、ゲームに「勝利した」という概念とは何だろうと悩んだ。

バトルゲームなどでは、ラスボス的なやつを倒すとゲームは終わる。勝って終わる。死んでも最終的な敵を倒しても終わる。その手前までのあらゆる段階、地図を見て何かを探したり、仲間を見つけたり、技を磨いたりと、そういったゲームの過程が一番楽しいひとときなのではないかと思った。

延々と続くゲームはない。どこかで終わりが来る。やたらとハイスコアを競い合うパズルゲーム等には正確な終わりはないが、どこかで飽きて自身から終わらせるであろう。

そうなると、どんなクソゲーでも、ボーナスゲームでも、エロゲーでも、その時々を大切にして、噛みしめるように体験して、魂なりに刻み込むくらいの勢いで生きていればこういった不毛な思考には陥らないであろう。それにしても手前にとってのラスボスがいまだよくわからん。
_02/01

 

 

 


赤羽から京浜東北線で南へ直下、案件で大森という駅へ。途中、「高輪ゲートウェイ駅」という、新たにねじこまれた感が半端ではない駅を通過し「本当にあったんだ」と声が漏れる。

現地で原稿も書いて出して帰る。帰路、500円で食えるおいしい天丼を食う。執拗なまでにつけダレをかけてしょっぱくして食う。

帰宅すると、注文していたディレイという機材が届く。主にギタリストがライブ中に足元でガチャガチャ踏んでいる箱型の機材である。ディレイの音響的効果というと、シンプルに表すと「こだま」である。

俺はこの「こだま」効果のあるディレイの箱型、いわゆるコンパクトエフェクターのディレイは実にショボい品しか所有していなかった。そこで先日、前から欲しかったモデルを中古で発見したので、さほど高くない価格で購入。いざ、宅で試奏する。

すると、明らかに雑な効果という所感。そして、わずかではあるが「音痩せ」してしまっている。音痩せとは、単純に、若干音がスカスカになる現象である。

「これは失敗した。メルカリで売ってしまおう。買った価格くらいで売ってしまおう」と、怒りがこみ上げてきた。だが、せっかく買ったのだからもったいないと思いながら3時間はギターを弾いていただろうか。そこでふと気がついたのは、機材を繋ぐ順番である。これを間違えていた。

そこで、適切な繋ぎ方でもう一度音を出すと納得のサウンドで満悦。胸を撫で下ろすと共に、一瞬でも買った商品を即転売するという思考が巡ったことを猛省。

ちょっとしたことで気分が下がったり上がったりこだましたりと、地味に一人で盛り上がっていた冬の中後半。楽器を演奏していると体温やら血圧やらが上昇し、いろいろと暖かい。
_02/02

 

 


緊急事態宣言が延長され、改正コロナ特措法成立など、高まる世間のざわざわ感。ニュースや各種報道の絵面からは、「ざわざわ………」 というテロップがこの上なく似合う空気感ではあるが、実際はどうなのだろう。

機会は減ったものの、出向案件で外に出ると、さほど現場はざわざわとしていない。昨年と異なるのは、もう明らかにほとんどの人が「長期戦」であることを飲み込んだのか、「やれやれ…」といった空気感である。

手前はというと、昨年のインパクト絶大だった「持続化給付金」のミニバージョンがどうやらまた撒かれるということを知り、ざわつく。対象か否かを調べる。

やはり金か。俺は金を主軸に物事を考える俗物に成り下がってしまったのか。若干そのような思考が芽生えたが、別に悪いことではない。それに、お金を大切にする人に対して失礼である。

持続化給付金ミニバージョン、正式名称は「中小事業者に対する支援(一時金)」だったか、内容は「緊急事態宣言により、経営に大打撃を受けた中小企業および個人事業主」が対象で、給付金額は「マックス60万あるいは30万」だそうだ。手前はフリーランスなので、金額的対象としてはマックス30万円の方である。

この制度の最大のハードルは、「1月、2月の売上が前年比50%以下」という点である。さすがに昨年の春から夏の頃に比べ、うちの売上はそこまで派手に減ってはいない。

1月の売上たるや、コロナがなかった時期ほどの数字で、「これは頑張った方だ」というくらいである。2月も、さすがに昨年比50%ダウン、とまではいかない気がする。だから早々に諦めるかと思った。

「1月、2月の売上が前年比50%以下」という条件さえもっと柔軟にしてくれれば――と、ざわざわする。

いや、給付金どうこうよりも、仕事して稼ぐのが王道ではないか。そう思い、原稿を書く。興行予定の演奏曲の練習をする。

とはいえマックス30万円である。諦めきれん、というのが正直なところ。だって30万円である。中古の車くらい買えてしまう数字である。

いいや、そこにすがるよりも、なんやかんやと毎日やることがあって幸せではないかと、俺は周囲の方々への感謝の念の方に思考を向ける。とはいえ30万円。ほしい。ざわざわする。

「お国から金を受け取るのではなく、お国のために働け」

そう、脳内鬼軍曹殿は言う。

「しかし軍曹殿、最初は『マックス40万あるいは20万』の条件だったものが、なぜか急に金額が跳ね上がったのであります! これは対象条件の方も緩和されることを期待するなという方が酷かと!」

「貴様は口答えしくさるか…!(竹刀をストローク)」

「痛い! 痛いであります!」

「いいか、お国はもっと痛いのだ。わかるな?」

「(この野郎、自分はお国の税金で食ってるくせに……)」

「聞こえてるぞ。(竹刀をストローク)」

「痛い! 痛いであります!」

「いいか、ワシの手も痛いのだ。わかるな?」

「そんな強かに叩かなきゃいいではないでありますか! 造反有理!」

「その言葉の使い方は間違いであってほしい。本心なら……チャッ。(銃を構える)」

「それは痛いじゃ済まなそうであります!」

要はみんな痛い。みんな、どこかしらのポイントで痛がり、ざわざわしている。国一丸となり、世界が手を取り合い、苦境を乗り越えて行こうぜという風潮。そろそろ1年が経つ。

鬼軍曹殿に射殺されないように、手前のことではなく、周囲のことをちゃんと考えた行動なり思考なりを心がけようと思う。
_02/03

 

 

 


JR埼京線で南下。案件で大崎へ。春の気配を感ずる暖かい風が吹く。気分も連動するように穏やかでほっこりとしてくる。

案件後、新宿近辺で途中下車し、元同僚が集うコミュニティへ遊びに行く。みなさん元気そうで何より。なんなら帰りに数杯ひっかけて、という気分だがそもそも店が20時以降は営業していない。

こう、人とふれあい足りないなという柄にもない気分を引っさげて帰宅。制作をする。たまにはと思い、「純粋なBGM」というのを作ろうというコンセプトのもと、シンプルな、いかにもYouTubeのバックで流れていそうな、企業VPで使いそうな綺麗目でとにかく主張控えめな曲を作る。決して手抜きではない。

イメージから全体像まで、ビートとベースとコード感という土台まであっという間にできる。「音楽的にどうこう、こうするとカッコよいのでは」という思考をわりと払っての制作たるやなんとスピーディーなことか。

わりと色々あった1日だが、春一番も吹いたらしいフレッシュな気候も相成り、とても穏やかな気分の良日。
_02/04

 

 

 


いいかげん洗濯とか面倒だな、冬場は洗う衣服が多くてなおさらだ、そう思いながらひたすら干す。

着込まなくても寒くないように、ネコ科のケモノのように、冬場だけ体毛がもっさり生えてはくれんだろうか、そう思いながらコーヒーを淹れる。

原稿をやる。某バンドのギタリストの方と電話で興行演目のパートの振り分けを相談する。この人はとても人当たりのよい方だな、愛嬌のある方だなと、そう思いながらギターの練習をする。

制作をしていたら編集部より入電。いくつか仕事の話と雑談をする。彼はとても忙しそうだな、ちゃんとてきぱきやりながらちゃんと電話で色々と話もしてくれて偉いな、そう思いながら終話し、鍵盤に向かう。25時。

人間、なんやかんや思っているうちに過ぎていくな、それでもって、時期がくればみんな死ぬな。そうしたら、何も思わなくなるのだろうか、そう思いながら、また1日が過ぎていく。
_02/05

 

 

 


もう起きるのすら面倒だな、冬は、冬というだけで、なんと眠いことか。ベッドで体を反対側に反らしながら起床。午前はとうに過ぎている時間。「たまにならいいが、連日となると感心しません」と、鏡に向かって手前に説教をたれる。

遅く起きると、その日にやるべきことに使う時間が少なくなるというデメリットしかない。しかし、よくよく考えてみると、そこまで惰眠をむさぼったというほどの睡眠時間ではない。

単に、寝る時間が遅いだけである。就寝開始時間を前倒しすればシンプルに解決する。と、改めようという発想はあるものの現在25時半。

明日は眠かろうが睡眠時間不足だろうが、一旦、相当早起きをしてリセットすればいいと思う。このように書き記すだけで意外とそうできる効果があるのは実践済みである。

とはいえ、「冬眠」という言葉と概念があるように、冬は全力で寝た方が万物にとって自然なことなのではないだろうかと言い訳じみた思考が馳せめぐる。

「冬眠」というのは虫やケモノの習性。俺は人間だ。そう、俺は人間だと叫びたい。どうも仕事の合間に尾崎豊さんの動画を見すぎておかしな方向に感化された。

なんか言いそうではあるが、おそらく彼は、「俺は人間だ!」などと公の場で言ったことはない気がする。俺はとにかく尾崎豊さんの、あの反抗的かつ繊細な顔つきと目がとても好きだ。
_02/06

 

 

 


いくら寝ても寝足りない昨今、今日とて昼まで寝くさる。これはいかがなものかと思った。しかし、タスクメモ的な手書きのノートを見返してみると、過去2週間以上は休みらしい日がなかった。

これはシンプルに疲労困憊であると判断。先月行ったヘッドスパの姉ちゃんは俺の頭を揉みながら「頭皮が堅すぎる」と言い放ち、そして「絶対にストレスと疲労が溜まっています」と、断言。そして、それは、人によっては自分で気づけないことであるということも諭してきた。

俺はあの姉ちゃんの意見を真摯に受け止めたつもりだが、最近の過ごし方はそれと真逆の方向性であった。全然人の話を聞いていないのである。

俯瞰で、己の心身状態が訴える声に耳を澄ます。すると、「神経が明らかに疲れている」「左手のギター筋が痛い」「急に来た春うららの気候も相成り、メンタルがやや揺れている」と、聞こえた。だから今日は、後日の出向案件の準備および興行の曲目練習、それくらいにしておこうと思った。

気分転換にと、池袋の楽器店や古本屋をうろつく。ニート兄妹が主人公の『働かないふたり』という漫画に最近わりとハマれたので、続きの4巻以降を探すも1〜3巻、5〜7巻しか売っていなかった。

4巻だけピンポイントで売り切れというのはどういう了見かと、悔しみの感情を出すことすらダルいので、ただ肩を落としながら赤羽へ戻る。トンカツと焼肉がセットで乗っかっている夢のような丼モノを食らい、近所の古本屋で古屋兎丸さん著の漫画を買って帰る。

そして、俺のガチ用のエフェクターボードに機材を本番仕様で組み込み、ギターを弾く。すると気力が漲ってきて気がつけば3時間が経過。現在25時。

この、1日の終盤に向かう時間軸に比例した手前のエンジン構造は本当に何とかならんかと思う。端的に言うと、ただの夜型なのだが、昼にトップギアに入り、夜にはアイドリング、日をまたぐ時間あたりからゆっくりとフィードバックし、健やかに酒をすすり、寝る。という流れが理想。

しかし現実は、トップギアに入りっぱなしで日をまたぎ、酒で気絶して寝る。これはいかがなものか。とはいえ健康に過ごしているので、それはそれで手前に合ったライフスタイルなのかもしれない。

そのへんもふまえ、またヘッドスパにでも行ってその旨を報告し、こないだの姉ちゃんにまたちょっと叱られたい欲。これはかなり健全な欲と言えるのではないだろうか。いいや、そもそも欲に健全も不健全もあるのだろうか。当然あるな。
_02/07

 

 

 


「自殺の名所」と聞いて、どこを思い浮かべるだろうか。パブリック・イメージとして最も強いのは、恐らく「青木ヶ原樹海」であろう。

「自殺に“名所”もクソもないものだな」とは思うが、俺が最初に思い浮かべるスポットといえば「高島平団地」である。

「東京都板橋区高島平 X ー XX」これが、戸籍謄本に記されている俺の本籍地住所である。すなわち、俺の故郷は自殺の名所である高島平団地。

今日は起きがけ、ふと、「高島平に散歩に行こう」という気分になった。20分で身支度をし、陽の高いうちにと思い、徒歩と都営三田線で「高島平駅」へ赴く。

どうして急に高島平に行きたくなったのか考えた。最も近いのは、なんとなく「実家に顔でも出そうか」という心境だったが、手前にとっての「実家」というのは存在しない。色々あり、概念としても物理的にもなくなった。そこで、最も手前にとって「実家」に近い土地に行こうという気持ちになったのではないかという思考に整理された。

「なぜ、高島平団地が“自殺の名所”と呼ばれるのか」と考えながら、各種の断片的な情報を思い出しながら、現地に着き、団地敷地内を歩く。俺は、3歳までの期間をこの場所で過ごした。

当時は1980年代前半。高層物件は今ほどはなかったという。そんな中、10階を超える高さの物件がずらりと並び、総戸数は約10,000戸という密集っぷり。昭和のそのあたりの時代は、高島平団地は「庶民の憧れの住まいの場所」だったという。

1977年に高島平団地で投身自殺をした家族3人がいて、それが大々的に報道されたという。そして、その後3年間で高島平団地で飛び降り自殺をする人が相次ぎ、その人数は、俺が生まれた1980年には100を超え、その頃から「自殺の名所」と呼ばれるようになったそうだ。

その事態を重く捉えた公団だかは、高島平団地の全物件の3階以上の廊下に頑丈なフェンスをびっしり設置するという対策に出た。実際に現地で目視すると、本当に全物件の廊下から身を乗り出せないように、昭和なデザインの柵が設置されているというかなり異様な光景。

俺は、住所で言うところの「東京都板橋区高島平 X ー XX」へ向かった。この「X ー XX」エリアに並ぶどこかの棟で、俺は人生の初期3年間を過ごした。

しかし、何号棟の何号室だったかは記憶にない。知っている奴は2人いる。1人はもう、口がきけないから聴取不可能。もう1人は、俺と口をきいてくれん。

雰囲気で察するしかない。そう思い、「X ー XXー4」すなわち4号棟をパッと見たときに直感で「ここっぽいな」と、フワッとピンときた。エレベーターで最上階へ。

エレベーター内の鏡を見ながら、「37年ほど前、俺は指でもくわえながらこの鏡を見ていたはずだ」と、回顧しつつ最上階へ昇り、ダークアンビエントなエレクトロミュージックが似合うような、とても無機質な踊り場に着く。

窓を開けて外の景色を見ようと思った。しかし、精神病棟や老人介護施設の部屋の窓がそうであるように、下手なことができないように窓は5センチくらいしか開かない構造になっていた。自殺多発スポットであることを静かに物語っている。

廊下へ行き、例の柵ごしに下を眺める。「これは、飛び降りれば確実に死ねる高さだな」と、思う。

4号棟の最上階から見る東京の景色、団地敷地内の風景は、どこかセピアがかって目に映る。とても良い天気だった。野生の鳥の声や、無邪気に遊ぶ子供達の声が微かに聞こえる。間近にそびえ立つ鉄塔が匂わす空気感がとても不穏。

俺にとっての“帰郷”は、そんなエアー感が朧げに醸し出される、死生観と隣り合わせの妙ちくりんなものだった。「万事休し、ここから飛び降りた人もいるのかもしれない」と、想像し、その仮の人の気持ちを考えてみた。

まず、この高さからえいっと飛ぶのには相当な勇気、あるいは狂気が必要である。それらが生じるほどの出来事があったり、そういった心情にまとわりつかれ、離れなくなったのであろうか。俺は最上階の柵ごしから下を見つめ、「ふうん」という声が漏れた。

俺は別に自殺について、生き方について考えに高島平団地に来たわけではない。ただ、“帰郷”気分を味わいたかっただけである。そう、手前の思考を認識し、再度、最上階の柵越しに下を見て「ふうん」と声を漏らし、帰路につく。

近年、なにかしらの影響で自殺者が増えたと聞く。自殺がよくないことなのか、自殺した人間はその後、よくない目にあうのか、誰にも答えは出せないことだと思う。

ただ一つ言えることは、自殺というのは、「その決定権が唯一、本人にしかない行為」だということ。

その点が、俺はものすごく、この上なく恐ろしく感じるのである。

このあたりまで考えたところで、俺はここ数日、生きるエネルギー的なものがやや減っていたということをしっかりと自覚した。そして、それを取り戻した心境になった。なんなら増えた。理由は、高島平団地での寒空のもとの思考。

そんなわけで夕方に帰宅し、元気に原稿やら制作やらとせっせと活動する。生きて暮らす。過ごす。過ぎていく。

東京都板橋区高島平団地は、現在、活気があり、とてもいい場所だと俺は思う。最上階の、風が俺をすり抜けるように吹くあの感じが、たまらない。
_02/08

 

 

 


昨日、よかならぬ霊でも連れてきてしまったかというくらい、起きがけは覇気がなくしんどい。しかし、生きている人間は強い、そうシンプルに考え、起床し半ば四つん這いで洗面所などに向かう。昼過ぎ、案件で大崎へ。

10代後半の娘さん方とお話をする。ピュアでキャッキャとしており、もう眩しいくらいである。若きエネルギーを受動したのか、いくぶんか気分が晴れる。

現代の若者は、俺の10代の頃に比べ、圧倒的に情報収拾範囲が広く、その手段も容易である。俺がもし現代で10代だったら、と考える。

とりあえず興味が湧いた「高島平団地」あたりで言うと、事前にネットでチェックして「これはヤバいスポットじゃねえか」と信じ込み、行かないであろう。ただ、ホラーな記事を読んでは、さぞ悶々としていることであろう。実際は、俺はいい所かもしれないな、と思った。

「YouTuberをやってみよう!」「バンドを組んで一花咲かせてやろう!」と思ったら、まずネットで調べて、「注目してもらうにはこれくらいの数字が必要で、これを練習して、こういう流行りをおさえて、こういうことをしたらフルボッコに叩かれて……」と、行動に移す前に、わかったようなツラをして何もしないかもしれない。

でも、巷に蔓延している情報や数字、簡単に閲覧できるそれらが真実かどうかというのは全くもって別問題だと四十路の手前はそう考える。というか、確かめる。

経験上、良い方にもそうでない方にも、「全然話が違うじゃねえか」というケースの方が多い。体験に勝る見識はないのではいかというくらいである。

何が言いたかというと、とりあえず真っ直ぐ突撃することは、少なくとも何かしらを得ることに必ず繋がるのでは、というある種の自己啓発じみたこと。

そこにもちろんリスクや失敗もあるだろうが、それらは未来に別のかたちで複利でもっさり増えた形で回収できるのではないかということ。

これは完全に自分に言い聞かせているような気がしてきた。とりあえずやってみる、とりあえず行ってみる、というのは意外と難しいが、だいたいのケースは意外と面白かったりする、と思考を整えるとポップだろうか。
_02/09

 

 

 


案件のリハーサルで都内某区へ。おばあちゃんがガラガラと引きがちなタイヤ付きの荷物キャリーにギター2丁とガチのエフェクターボードを積み、現地へ向かう。素手で持ち歩くよりかは遥かに楽ちんであるが、意外と段差などが疎ましく感じる。車で移動していた頃が恋しい。

みなさまとエネルギッシュにリハに励み、帰宅。友人に車で送って頂けるという僥倖。そして、めし時だったので赤羽シルクロード街のホルモン屋に行き、夕食を共にする(おごってもらう)。たまらなくおいしい。

その後は、その友人と宅でコーヒーを飲みながら過ごす。「ルームチューニング」というのをやってもらい、宅の「GENELEC」という素晴らしいスピーカーは本領発揮。特にキックとベースの低音がドスドスと胸に響きたいへん心地よいモニター環境に。本当にありがたい。

なんやかんやと、本当に深い話などをいくつもしているうちに25時。俺は、友人と語らう時間というのは人生においての宝物の一つと捉えている。あらゆる面で、俺は恵まれているのだなと実感する1日。決して美麗字句ではない、感謝の心境。
_02/10

 

 

 


原稿に興行曲練習にリモート案件と、宅で仕事しつつ平和に暮らす。

若干、隙間時間が少なかったので、めしがサラダ盛りとパンと海苔巻き1本で1日凌いだ。これは絶対的にカロリーが少ない。 しかし、昨日ホルモン屋さんで焼肉やらごっそりご馳走になったのでいってこいであろう。

とはいえ体力が落ちたら嫌なので、タンパク質の塊のような肴と酒を買ってきてほっこりしてから寝よう。

近所のファミリーマートで売っている砂肝の肴が特筆して美味いのだが、50%くらいの確率で棚に並んでいないことがある。みんな、あれがとても美味しく、廉価の缶酒とベスト・マリアージュであることを知っているのである。今日は売っているだろうか。なかったらポテチにしよう。

夜中にポテチとアルコールだなんて、太る食生活の典型とも言えようが、なぜか太らん手前の身体はもはや誇らしくも思うが、身体に良いかと言ったらそうではないだろう。だから、できればカロリー自体は少ない砂肝がいい。今日は売っていますように。
_02/11

 

 

 


興行のリハーサルで都内某区へ。無事スムーズに進む。みなさん凄いなと思いつつ、よかったと思い帰宅し、デスクワークをする。

明日、早めにやることがあるので今日は時間的に食い気味に寝て備えようと思う。備えやなどは、つくづくとても大事だなと思う日。
_02/12

 

 

 


小春日和。三寒四温で言うところの“四温”の嵌張(読み:カンチャン。間に挟まる形。博奕用語)にあたる日。明日もきっと暖かいであろう。

昨日、みなさんで仕上げた興行セットリストのおさらいを宅でして、原稿をやり、もっさりしたハンバーグ弁当を食うと眠くなる。「“四温”だから当然だ。春眠暁を覚えず、覚えず……」と思いつつソファで休憩していたらヌルッと脳と体が休み出す。

夢うつつ、半覚醒状態、レム睡眠、合法ナチュラル・トリップ状態、色んな言い方があるが、要はちょっと寝る。ラジオからはビートルズの「In My Life」が聴こえてくる。

「人生の中で、人生の中で、俺の人生、In My Life……」

寝ている場合ではないと、ポール・マッカートニーさんらの声に起こされ、実はとてもサイケデリックな間奏のピアノが逆に現実に引き戻してくれる。

20分間、うつつを抜かした後、2時間確保した原稿書きが1時間弱でスムーズにいく。ちょっと休むというシンプルな行為が成す生産性たるや。

酒はほどほどにして明日に備えて今日は早く寝よう。「In My Life」を作ったのがポール・マッカートニーさんかジョン・レノンさんか、決着のつかなそうな議題、羊を数えるに近い思考で、ぐっすりと眠ろう。(PM23:10程現在、大地震発生。東京都北区現地、体感震度5)人生、いつ何時、何が起こるかわからない。
_02/13

 

 

 


早起きして桜新町へ。ライブということでみなさまと終日楽しく過ごす。配信ライブ込みという興行は初めてだったのでとても新鮮かつ高まる。

終演後、めしでもという流れになったが20時までしか飲食店はやっておらず。じゃあテイクアウトで打ち上げを、というわけで何故か俺宅の仕事部屋でメンバーお2人方と共に中華めしを大量にガツガツ食うというカオスかつ愉しいひと時を過ごす。

なんやかんやと3人でトークをしていると深夜も深夜。正直、近い関係値の人間が俺の部屋でくつろぎ、長居してくれるのは何故かシンプルに嬉しい。

ライブを目の前で観てくれた方々、画面越しに観てくれた方々、メンバーのみなさま、スタッフの方々に多大なる感謝を。たいへんハッピーな1日。
_02/14

 

 

 


昨日今日とやや睡眠不足ではあるがほどよく高まる覇気。元気に起床するが首やらがなかなかの筋肉痛。昨日はりきってドラムを叩く際に使った筋肉全般が痛い。ドラマーというわけでもない手前がBPM180超えの楽曲を本気で叩いた当然の結果。

ロックなドラマーが何故、ライブ中にあんなに首を左右に激しく振るのか、どこか理解できなかったが、実際に本気で挑むと高まって自然とああなるのだなという気づきも得た。それにしても3分程度の1曲をリハ含め3回叩いただけでこうも痛くなってしまう手前の身体の脆弱性たるや。

とはいえ昨日は楽しかったなという余韻を引っさげて原稿やらを真面目にやる。夜は、いかにもテニスとかの教材DVDなどで流れがちなシンプルなBGMを制作する。

俺はシンプルなBGM制作というのが得意な方ではないが、「ディフォルメすればいい」という発想が生まれ、その思考をもとに作っていくとわりと着想通りのが仕上がる。考え方ひとつだなという体現。もちろんガチなやつもよいが、ディフォルメしたやつもとっつきやすくてよかれと思われる。

明日は半休と設定しているので、のんびり夜を過ごそう。酒を呑んでリラックスしてヌルッと。ここ最近はいそいそとしていたので緩急をつけてなにかと休めよう。とにかく首が痛い。
_02/15

 

 

 


相手の頭に手をあてがえば精神を破壊できるという能力を持つ者が主人公の作品がある。

その『MIND ASSASSIN(マインド・アサシン)』という漫画は、90年代半ばに週刊少年ジャンプで連載されており、俺は当時単行本を購入するほどファンだった。

主人公は医師で、自身の能力を加減すれば、患者のトラウマ的な部分の記憶だけ消去するということもできるという。仮に「嫌な記憶を消してくれる」という病院があれば、きっと大繁盛であろう。

今日は休日なので、父親の医療費支払いなどの目的で板橋区の病院へ行った。実に天気がよいので今日は面倒と感じない。その道中、「嫌な記憶を消してくれる」というマインド・アサシン的な人がいたら頼むかどうか、歩きながら考えた。

「死ぬほど嫌な思い出」というのは誰しもあると思う。俺もいくつかある。しかし、その記憶を消してしまったら、これから先、同じような目にあうことを避けることができなくなる気がする。

認知症は、他者の手によるものではなく、勝手に記憶が無くなっていく病だ。それゆえ、手前の生活の仕方すら忘れ、同じ失敗を繰り返すという。洗濯や入浴といったシンプルな生活行為さえも。

人間が死に向かう途中、死に対するの恐怖を和らげるために、だんだんと脳の認知機能や記憶が薄れていくという、自然生物特有の機能という考え方もあるらしい。

病院を後にして、俺の記憶にはない3歳までの人生を過ごした地、板橋区高島平団地付近方面に向かい散歩する。目的は、途中の「西台」という地にでかいブックオフがあり、そこには俺がほしい漫画がだいたい揃っているからである。

目当ての漫画を2冊確保し、『彼岸島』という漫画を立ち読む。吸血鬼の血液経由で人に感染し、吸血鬼と人間が対峙するという設定の物語。これが読み出すと止まらなくなる。ついでに、初めて『鬼滅の刃』を読んでみようと1巻を手に取る。

なんだか『彼岸島』と設定がちょっと似ているな、いずれも現状とリンクする部分があるなとか思いつつ、途中まで読んで閉じる。あれだけ話題になるのだからまあ、面白いのだろう。

帰路、再び“記憶”について考えた。とりあえず、死んだら記憶というのは残るのだろうかと思った。

人生の末期に認知症で呆けた記憶は、死んで魂やら霊魂やら、言い方はわからないが、肉体から離れた時には思い出せるのだろうか。

壊れた脳と精神から解放されたら、人生の記憶というのはバックアップされているのだろうか。

この点に関して、諸説あり、スピリチュアルな人は断言することも多いが、誰も証明していない。それが物語るのは、人は死んだら、ブツ切りのように完全終了なのではないかということ。

“記憶”という部分にフォーカスすると、実のところ、本当は死んだら完全終了だからこそ、人間はいちいち過去のことを記憶するのではないかと考えた。

その仮説は、まことに怖いので、そんなことはないかなとか思いつつ途中でバスに乗り寝る。寝ている時が最も死やあの世やらに近い状態だとつくづく思う。

今日も含め最近3日ほど、いつもより2時間以上短い睡眠時間で過ごしているのは、生きているのが楽しいからなのではないかと、そう結論づけた。

0.1秒でも経つと、そこまでのことは一切合切過去の“記憶”である。これがなくなるというのは恐怖でしかない。人間は、記憶するために、記憶してもらうために生きているのかもしれない。だから俺は、マインド・アサシンがいる病院があっても行かないと思う。
_02/16

 

 

 


性欲や食欲は人一倍抑えられる方だと自負しているが、一方、睡眠欲となると抗えない。よっぽど集中して作業している時か、あるいはヒリついた鉄火場のような賭場で徹夜麻雀をしている時以外は、人一倍眠気に屈する。要は昼過ぎまで寝くさる。

久しぶりに9時間は寝てスッキリとし、案件で原宿へ。ピアニストの方とお話をする。手前の中のあるあるなのだが、ピアニストは会話自体がとても好きで、とても楽しそうに話をする。

その背景には、プロのピアニストは幼少期からピアノの練習に割く時間が圧倒的に多いので、単純に人と会話をする時間が人一倍少ないことが所以でないかと考えられる。憶測ではあるが、真相はわからないが、現に経験上、ピアニストの方は本当に楽しそうに話をすることがほとんどである。

俺が幼少期にピアノを習っていたら今どうなっているか、などと考えながら竹下通りを抜けて帰路。いや、俺には15歳の時に能動的に始めたギターがあるではないかと、仕事を済ませた深夜、ストラトキャスターを宅で振り回す。制作のため、興行曲目の練習等ではなく、ただ弾きたい曲を弾く。

このあいだ足立くんが置いていってくれたドイツ製の秀逸なコンプレッサーを通して音を出す。コンプレッサーとは、音を圧縮したり整えたり、倍音を豊かに出力させたりする機材である。こいつを通すと、シンプルに音が良くなるのである。

iTunesのライブラリーの楽曲に合わせ、カーディガンズやダフト・パンク、イーグルスやAC/DCにコールド・プレイなどなど、なんやかんやと弾いているとあっという間に時間が経過していく。

楽しく仕事をして、楽しく楽器を弾いてという、ささやかかつ主軸とも捉えられる幸福。そして、寝よう。寝て圧縮して記憶にしたためて明日を迎えよう。
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申し込み、手続きが済んだマイナンバーカードを区役所まで取りに行く。確定申告でこいつがあると有利なので取得したが、いまだにこのカードの主たる使い方をそこまでよく知らない。とりあえずパスポート発行など、色んな手続きが楽チンになるらしい。

そうかそうかと思いながら宅に戻って仕事をする。月半ばまでいそいそとしていたが、ゆっくりフェイドアウトするようにタスクが減っていく。この流れで暇気味になると精神衛生上よろしくない。

こういう時は制作をして先回りしようと思いつつも、知り合いのギタリストがツイキャス配信しているとタイムラインで見つけたのでそのまま閲覧する。ツイキャスというものに今更かもしれんが少し興味があったのである。

何となく見ていたらわりと長時間観続け、これは面白いものなのだなと認識する。

気づいたらだいぶ深い時間になっていたので、作曲のネタ出しでもしようと鍵盤をカコカコ弾いてDAWにメモしているうちに1日が閉じる。わりとのんびりした1日。
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そろそろ桜でも咲いてはくれんかと焦がれる長い冬。今日は原稿を1本確認して提出し、あとの時間は制作をする。

久しぶりにドラムンベースな曲を作りたいと思い、メモだけしておいたものがあったのでそいつを制作する。

ドラムンベースとは、広義的には1990年代前半あたりに生まれた高速ビートの曲調で、ベースがグイグイいってるクラブミュージックを指す。俺は高速ビートを作るのが大好きである。

とはいえ、マニアックになり過ぎないように留意しつつ、EDMの要素も取り入れつつ、「いかにも」感も含みつつ、鍵盤を弾いてループさせたり、打ち込みで重低音のベースパートを作ったり、てきぱきと作る。偏愛するジャンルの曲を作るのは超楽しいので夕飯をも飛ばす。

8割くらい出来て、これはもう明日には仕上がるという段階まで行き、やっと気が済む。今日は葉っぱと丸いパンしか食っていないのでお腹が空く。

これはさぞかし酒が五臓六腑にしみるであろうと思っていたらもう日が閉じている。高速で時間が過ぎたように感じた1日。
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もう春寸前という陽気。今年の冬はたいへん寒かったので助かるなと思いつつ、起きがけは買い物がてら日光を十分に浴びてセロトニンをちゃんと出す。このセロトニンという脳内神経伝達物質の多寡はメンタルの安定感に直結する。

コロナ禍の影響と思われるが、宅の真下の部屋のテナントの店舗が逝ったもようなので空き部屋となり、今年はとても床が冷たかった。しかし、あと数週間もすれば程よく暖かくなり、花が咲き、獣は冬眠から目覚め、虫たちは地上に昇り、人間はおかしな行動をしがちな季節に入る。

なんでも水商売界隈では春という季節が最も「ご新規さん」が多いと聞く。そして国内において3〜5月は最も自殺者が多いというデータもある。春は明るいイメージが世間的だが、案外デンジャーな時期でもあるので留意しようと手前にリマインドする。

とはいえ今日あたりはいつも通り、原稿を書いたり制作をしたりと実に普通に過ごす。誰とも喋っていないので侘しさをおぼえるがもはや慣れてきた。淡々粛々と日が流れていく。

こうなってくると斬新な刺激を欲するのが人間の性というものだが、ここはぐっと堪えてコツコツと作業をする。特筆して何か、ということのない平和もある種ぜいたくでいいなとほのぼの感ずる1日。要はわりと暇気味であった。
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もう寒波は来冬まで来んだろうというくらいの春日和。クリス・ペプラーさんのラジオ番組を聴きながら葉っぱとパンを食う。ランキング形式のヒットチャート楽曲をチェックしては、最近の若い人の才能は凄いなとしみじみ思う。

手前が20代前半の頃と言えば、PCではなくMTRというマルチトラックレコーダーでアナログに録音しては曲を作っていた。今やスマホやタブレットでもササッと楽曲制作ができる時代。今後は、ワンタッチでAIが作曲からマスタリングまでしてしまう時代が来るのかと思うとなかなか切ない。

原稿をやりつつ、合間にアナログにアコースティックギターと五線紙とえんぴつで作曲などしつつ、コツコツと過ごす。夜はドラムンベースの曲のミックスをする。ほぼ完成し、改めて「そういえば最近ドラムンベース自体を聴かないな」と思うが、サウンド自体は今風にこしらえたのでよしとする。

HIP HOP、ドラムンベース、ハウス、ダブステップ、EDMと、ダンスミュージックの流行が変化し、次は何が来るのだろうかと予測する。今のところ、トラップ(ハットの高音がチキチキ鳴りがちなジャンル)含みのHIP HOPが強めである。

そして、全体的に80′sリバイバルサウンドの流行もまだまだ廃れていない。ここはひとつ、手前の偏愛する90年代オルタナティブサウンドのリバイバルの波が来てくれんかと思う。

あの鬱屈した、静かな怒りの情念が圧縮されたような、轟音と静寂が交差する美麗かつ死にそうなサウンド。破滅の訴求。ああいうのが一番心が落ち着きつつも精神が解放される。

とはいえ、現状のコロナ禍時代ということもあり、そういった暗めの曲調がメインストリームで鳴り響くのはまだ遠そうである。

不穏な音楽。スピリチュアルに感化されるサウンド。精神が掻き混ぜられるアンサンブル。そういった音楽が世間とマッチする時代は来て欲しくはないが、音楽的には常に欲しいところである。タナトスをブスブスと刺激してくる90年代オルタナティブサウンド。
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昼イチでリモート案件がひとつ。夕方までこの件の原稿を書く。寝不足気味だったこともあってか、途中、わかりやすいくらい強烈な睡魔が差し込む。

これはいかんと思い、頂き物のチョコレートボンボンをかじる。中に入っているウィスキー、ブランデーだろうか、甘味とのマリアージュが素晴らしく体に沁み入る。そして追いかけるようにブラック・コーヒーを流し込むと完全に覚醒する。

よく考えてみれば、シュガーとアルコールとカフェインの三つ巴、これはもうドラッギーというか、よい意味で覚醒するにふさわしい組み合わせだとしみじみ実感する。要はとても美味しかった。

無事案件を済ませ、夜は作りかけのドラムンベース楽曲の仕上げにかかる。するとまたしても睡魔。今日はどうかしている、春すぎる気候所以か、あの世からのスピリチュアルな誘いか、いずれかはどうでもよいと思い、ソファで一休みするとがっつり1時間は寝てしまう。

しかし、合間に思い切って寝て休憩することは飛躍的な生産性向上に繋がることを俺はよく知っている。再度DAWに向かうと、寝る前は気づかなかった改善点があっという間にいくつも見つかり、トントンと進んで完成。ファイナライズ。

今日もやることやった、やれやれ良い日だったという所感を引っさげながら、今夜はゆっくり寝ようと思う。疲労やストレスは、自身では気づき辛いとセラピストに聞いたことがある。マッタリした酒を呑んで全身の力を抜いて寝よう。

春先、春前は、実は体にとっても精神にとっても危険な季節。うまい具合にモニタリングしながら楽しく過ごしていきたいものである。ルンルン感とメルヘン感、脱力感と絶望感が諸刃で交差する香ばしい季節はもうすぐそこ。
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ニートのように過ごす。昨日の案件が済んだところで、現状ではライター業案件フォルダは空になり、着手中の制作案件等もない。販売および広告収益等用の制作楽曲も、完成した未公開のストックが2曲ある。とどのつまり、今日は考えようによっては暇である。

とはいえ前のめりにやることはいくらでもある。しかし、前のめりに色々やった結果、今日は妙に時間が空いたのである。そこで俺はこう思った。休める時に休んでおこうと。最近疲れを感じているはずだからそいつを取り除こうと。

1年ぶりくらいに西川口の純喫茶『アルマンド』へ行く。叔父が経営している昭和レトロなわりと人気スポット。

「叔父さん、お久しぶりです。賢治です」と挨拶しつつ、けっこうお客さんで賑わっていた店内に入ると、マスターである叔父は「ああ、来たね。久しぶりで名前忘れちゃったよ」と、言い放つ。

冗談なのか、もっと頻繁に顔を出して欲しいこと所以の可愛い嫌味なのか、ガチで忘れていたか、まあいずれでもいいやと思い珈琲を頂く。甥っ子の特権として、いつもタダで飲む。一応、帰りには財布を出して「いくらですか?」と聞きはするが、受け取ってくれない。こうしていつも甘えさせて頂いているのである。

店内には立派な電子ピアノやクラシックギターが数本、マンドリンが2本に各種楽譜がズラリと、もはや本格的な音楽サロンと化していた。

常連客方数人と軽くおしゃべりをしてくつろいでいると、その常連客が作ってきた惣菜を勧めてくる。豚汁とおにぎりである。これはしめたと思い、美味しく頂く。途中でタコの酢の物まで出てきた。全部たいらげる。

仕事もせずにタダで本格派珈琲と豚汁定食をごちそうになる。これこそニート的所業、今日のコンセプトにぴったりだと思い、遠慮なくリラックスする。

そのうち常連客が「マスターが最近ドイツ語でベートーベンを歌うんですよ!」と、興奮気味に譜面を渡してくる。そしてグイグイと鍵盤の席に俺を誘う。

さらに叔父はカウンターから出てきて「賢治くん、歌いたいから伴奏してよ」と、ベートーベンのなんちゃらという楽曲の譜面を指差す。無茶振りもいいところである。

しかしその譜面には、コードの追記が手書きでびっしりとあった。これなら初見でもなんとかいけると思い、テンポの確認だけして即興で叔父とセッションをする。

わりと難しい曲であったが、これが意外や意外、1発でうまい具合に合う。この聴いたこともない楽曲を譜面通りになんとか弾いたところ、あたかもリハをしたかの如く、なんともナチュラルに成立する。

「いやあ叔父さん、やはり血が繋がっていることもあり、息ぴったりですね。」

「うん。嬉しいこと言ってくれるね。じゃあもう1曲」

と、さらに別の3拍子のクラシックの楽譜を渡され、同様に演奏し、いい具合に合う。珈琲と豚汁定食分くらい働いた気分である。

「うん。満足。気が済んだ」と、叔父は言い、カウンター内に戻る。

やれやれと思いくつろいでいると還暦過ぎくらいの常連の方が「これを歌ってよ!」と、今度は尾崎豊さんの「OH MY LITTLE GIRL」のコード譜を渡して期待の眼差しで俺を見つめる。そして鍵盤で弾き語る。

タダで飲み食いし、叔父もお客さんもご満悦の表情になったので良かったなと思いながら帰る。帰路で寄ったブックオフ西川口店で『働かないふたり』という最近ハマっているニート兄妹が主人公の漫画を探すが、目当ての巻がなかったので適当に別の漫画を2つ買って帰宅。

仕事も作業もしていないと時間の経過がやたら遅い。帰宅しても、日が閉じるまであと4時間はあった。来月も興行の案件を頂けていることだしと思い、ギターの練習をする。止まらなくなり、そのままニートな1日は終わった。

案外、ニートのような気分ではあったのだが、このように内容を記して振り返るとそうでもなかった。ニートと言えば、昼夜逆転、基本的にはポテチとゲーム三昧である。

それはそれで今度機会があれば1日チャレンジして、どんな気分になるか試してみようと思う。たぶん数時間で不安に襲われて何かしらの仕事をし出すであろうが。なんだかんだで有意義な1日だった気がする2月の祝日。
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案件を一つ、宅でやる予定の日。しかし、その前に運動がてら散歩をしようと思い立ち、街から西の方へ彷徨う。何故か最近よく赴く西台という土地まで行く。

そういえば西台にはブックオフがあると思い出し、店舗へ行って昨日見つからなかった漫画をゲット。そしてしばらく『彼岸島』という長編漫画を立ち読む。俺は今月どれだけブックオフで過ごしているのだとハッとし、本を閉じて帰路に向かう。

西台駅から4駅ほど板橋区方面へ向かい、そこから1時間程歩いて赤羽に向かう。あたりは薄暗くなってくる。いかん、これでは昨日のような半ばニートの日になりかねん。そう思ったが、通常の生業の人、その線引きは難しいが、そういった人は普通に週2日は休むという。

じゃあ全然普通だ、むしろ今日はこのままフカフカした気分で過ごそうかとも思う。しかし、1日に仕事も作業も、何かしら生産性のあることを一切しないことに対する罪悪感というか歯痒さというか、それらは強迫観念としていつも俺にヌルッ襲いかかる。

そういったわけで帰宅後は案件をひとつやって提出。来月の興行曲目の練習もする。すると「よし」という気分にはなったが、どこか中途半端なきらいも感ずる。休むなら徹底的に休めばいいのにと。やるなら疲れ切るまでやりおおせと。

ただ、考えようによっては半日ニート的に2日間過ごしたので、1日まるりと休んだ計算になる。それでいいのかと思いつつ、「仕事と休みのバランスとは」と改めて考える。

会社員時代はとてもわかりやすかった。スーツを着て会社のデスクにいる時間は「仕事」、それ以外は「休み」であった。

しかし、もっと思い出すと、会社員時代に俺は、「仕事をしている」と実感できる実質的な時間は3時間弱くらいだった気がする。ひどい社員であった。

9時間ほど会社に滞在し、その約3時間以外の時間は、眉をひそめながらエクセルの画面を眺め、あたかも仕事をしているようなフリをしていたり、パワポで謎の資料を作ったり、同僚をおちょくったり、頻繁に喫煙所に行ったり、1時間充てられた昼食時間をちょっとはみだしたりと。

俺が組織に貢献しているか、俺の仕事が生産性や利益に繋がっているのかというと、かなり微妙なものだった。

しかし、事実として、当時の俺の人事評価はかなり高かった。自慢ではなく、客観的にそういった数字やら記号やらを提示する面談が定期的にあり、平吉チーフはまあまあ買ってもらえていたのである。しかし、俺自身は、どこか首をかしげてしまう心境が常につきまとっていた。

そして、そのあたりの「手前の仕事がどれくらい利益となっているのか」という点に加え、「手前のアイデンティティと仕事の関連性」を本気で考え出したら鬱や不安に襲われ始めた。当時、30代後半に差し掛かるという年齢もあってのことだろうが。

そこから、「辞めて『手前の仕事が実質的にはいくらになっているのか』というのを体験しよう」という興味と、「手前のアイデンティティに関する仕事のみに人生を全振りしてみたらどうなるか」というギャンブル的コンセプトが合体し、俺は辞表を出した。要は、もうそれ以上会社にいたくなかったのである。わりといい会社ではあったが。

辞めてから気づくことはたくさんあった。出勤・退社・休日という、健全な生活を保つための規律。

給料制という安心保証的なギャラと福利厚生。そして有給休暇というボーナス的措置。常に周りに、同じ場所で同じ仕事をしている仲間がいるという安堵感。

それらは、ある角度から見たら現代を過ごす人間の幸福そのものであった。今は、それらは全てない。ありがたいことに、仲間はいるが、常に一緒というわけではない。出勤・退勤にあたるものは、案件の約束時間くらいである。

あとはどれだけ生産性のあることが日々できるか、適度に休めるか、自由である。俺が欲していたのはこれなのである。しかしこの“自由”が、意外とコントロールが困難であることを実感し出してどれだけ経つだろう。

管理職までやらせて頂いたものだから、物事や人や時間の管理の仕方は嫌というくらい組織で学ばせて頂いた。しかし、これが一人になり、手前自身を管理するとなるとなかなか思うようにはいかない。

「人は、見られている状態と、そうでない状態では、全く別の生き物だ」ということを何かの書物で読んだことがある。本当にそうである。

とはいえ、人間には、「見られている状態と、そうでない状態」の両方が必要だと思う。前者が仕事をしている時、後者は休みの時。要はバランスが大切なのだなと、誰もが知っている結論に落ち着いた。

そういったわけで、昨日今日は「そうでない状態」が半分くらいの日だったので、明日は張り切っていこうと思う。

しかし、「今日を頑張った人間のみに、明日が来る」という、ざわざわした感じの悪魔的格言もある。「フリーランスに休みはない」という人もいれば、「休める時に休むのは超大事」という人もいる。

どれが正解か。それは、手前で決めるしかない。自分に適したものを選び、破綻しないように過ごし、少しずつでも前進できるペースで走るのがいいのかもしれない。そうなると、“休み”というのは、自分と向き合う時間でもあるのかもしれない。

<僕が僕であるために――正しいものが何なのか――>と、歌った人がいる。そういえばその人の歌を昨日人前でちょっと歌った。そういうことのなのかとも思う。
_02/24

 

 

 


 

 

 

 

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