04/2019

new_Anonyment_0914管理人の作業日記

ここだけ毎日更新。ツイートばりの短文日記。
4月


DOVAの稿屋氏から電話がかかってきたので、お話をする。映画『羊たちの沈黙』を数年に渡り借りパクしていたことを謝る良きタイミングだったのでごめんねをしたところ、返却したら続編の『ハンニバル』を貸してくれるとのこと。なんともありがたき。

あとは、色々と調べものをしたり、なんとなく尾崎豊さんの楽曲の練習をしたりと、静かに雨が降る小寒い春の一日を過ごす。
_04/01

 

 


ビートルズばかり聴く。そこまでファンというわけでもないのに何度も聴きたくなるから不思議だ。クリックを使用せずにレコーディングされたロックバンドの音源はだいたい気持ちいい。

ビートルズもそうだし、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンもそうだし、レディオヘッドもわりとクリックなしで録ったであろう気持ち良い曲がたくさんある。洋楽に多い。日本では少ない。クリックなしの方が気持ちいいのに何故だろう。ジャスト・テンポ気味のやつもカッコいいけど、クリックなしのカッコいい演奏はえもいえぬ快感が湧き出る。
_04/02

 

 


寝坊して仕事に一時間遅れるという失態をかます。昨夜はとにかく普段通り過ごし、酒も少量のハイボールだけだったというのに、まことに不思議でならない。

「何故、俺が寝坊したかわからない」と正直に言ったところ呆れられる。無論である。「ちょっと具合が悪くて」、その一言の些細な嘘の方がまだましだと反省する。
_04/03

 

 


4月だというのに寒い晩、帰り道で夜桜を眺めてなんというか感心する。何百年も前から、同じ姿で同じ時期に花を咲かせ、これからもずっとそうなのだと思うと、何で人間は色んなことをやっては一喜一憂するのだと、ため息がでる。

桜は、いきなりピンク以外の色で咲いたりして、他者を驚かせてやろうとか、そういった気概があるかどうか知らないが、「ずっと同じように」という姿はある種、神懸かった生き方ではないだろうかと、ため息がでた。
_04/04

 

 


10時間寝て逆にフラフラとする。レッスンをおこない、原稿をしたため、実に感心な一日と思うとめしもうまい。酒はもっとうまかろう。

あたりまえのような日常にわりと本気で感謝をしつつ、植物たちに水をやる。あたりまえのようにそこに居てくれて葉っぱよありがとうと思いシャブ(植物用栄養剤アンプル)も差し込む。すくすくと育ってほしいものである。
_04/05

 

 


西川口のカッフェ・アルマンドですくすくと育っている音楽コミュニティがある。そこに以前行ったとき、インプロビゼーションで音を交えたところわりと受けたようで、主催っぽい団塊世代の旦那に「ケンジ君、次はギターだけでなく歌も頼む」と振られた。

「ははあ」と、いい加減な返事をして帰ったら数日後にショートメールで「ビートルズとか歌う?」「尾崎豊とかどうかな?」と、さんざん煽られ、俺は売られた喧嘩は買ってやろうと意気込んだ。

とはいえ、決してそんな喧々囂々としたものではなく、そこは愛に溢れた穏やかな紳士淑女の10人程度の集まりである。ある種の修行、もっとコミュニティが育ってギャランティが発生する場になってしまえばと、徳を積もうという心と現世的下心を肚に、歌の練習に励む。

だから俺は最近ビートルズばかり聴いていたのかと気付く。ビートルズは後期のラリった感じの楽曲らが大好きなのだが、場の空気を読んで「Yesterday」などわかりやすい楽曲が喜ばれるだろうか。後期でも「In My Life」「Across The Universe」あたりのメロディアスなやつなら喜ばれるだろうか。

そういったことを考えながら、弾き語り用の楽譜を書いていると仄かに楽しかったりする。金では得られない何かを得るために、そう、徳を積むためということにしよう。それにしても「Yesterday」って実はこんなに難しい歌だったんだという壁。
_04/06

 

 


新代田にライブを観に行く。初めて行く場所だったが、環状七号線沿いだったのでなんとなく親近感が湧く足立区育ち。

ハッピーなライブはいいなと、客観的にも主観的にも感じたライブだったのでハピネスに包まれる。先方の担当の方が、どうもとっつきやすいなと思っていたら同年齢だったので、なんとなくそこでもハピネスに包まれる。原稿を書いていたら夜中になっていたので酒浴びて寝よう。ハッピーな酒を。
_04/07

 

 

 


肌寒く、雨まで降ってきて覇気も出ない日。こういう日は仕方がないとおとなしく過ごす。
_04/08

 

 


オウテカのような無機質な音楽を聴くが、よく聴くと温かくもある気がする。4月だというのに毎日寒い。明日はもっと寒くなるという。気温差は、わりと脳内神経伝達物質のやりとりをバグらせるらしいので充分気をつけたい。春らしくぽかぽかと過ごしたい。
_04/09

 

 

 


昨夜は『闇金ウシジマくん』を読んで呑んでゾクゾク過ごす。さぞ悪夢でも走るのかと思ったが、たいへん気持ち良い目覚めに覇気溢れる健やかな気分。

酒も煙草もアウトロー作品も、他にもいろんな類いのものがあるが、「少々の毒」というのはむしろ心身にとって必要であり、人を人間らしく機能させる栄養分なのではと改めて実感する。

度が過ぎると健康不良・依存症による生活破綻・抑うつや過度な猜疑心など、各種副作用もあるあたり、毒と薬と健康は密接スレスレな関係にありそうなあたりが、何ともいえないスリリングな存在感を醸す。少々の毒。
_04/10

 

 


ちっちゃいシャンパンを買ってくる。俺だってたまには贅沢をしてやろうと思ってのシャンパンなのだが、720円のハーフボトル・シャンパンが贅沢なのかと思うと、それは個々の心持ちひとつだと思う。シャンパンほどわかりやすく旨い酒もない。

今日は人様から高価いビールとつまみやらを数点頂くという僥倖にあずかったので、ありがたく頂こうと思う。とても嬉しいし、ありがたい。
_04/11

 

 


ふだんそんなに行かない六本木へ。あまりにも早く着きすぎたので一服する場所を探していたら駅前に立派なパーラーが。

パチンコで一勝負、という訳ではないが、入店するとかつて俺が通っていた頃の昭和パーラーの雰囲気満載の店内に驚きを禁じ得ず、タイムスリップ気分に。

今時マイクパフォーマンスまで飛び交う、たいへんノスタルジックでリラックスできる懐かしき空気のなか、通路のカドで煙草を吸って勝負中の見知らぬ旦那の背中にエールを送る。

無事仕事を終え、編集部の方々にめしと酒をめっぽうごちそうになる。ありがたき。
04/12

 

 

 


桜の開花も半減期といった気候を原チャリで全開に浴びながら、墓地へ向かう。節目を感じたら墓参りをすることは悪くない習性だという所思。

タワシで強かに墓石を磨き上げ、線香を焚いて神妙に瞑想すると、先祖の寛闊な笑顔に包まれる。気のせいではない。母ちゃんあたりはニッパリと笑っていた。

宅でガリガリと原稿をやる。書店で絵本「11匹のねこ」を立ち読みしたり、素うどんをすすったりして過ごす、やや穏やかな春も半ば。
_04/13

 

 

 


気だるく覇気のない目覚めだがはりきって仕事を。日比谷へライブを観に行く。日曜で静けさに包まれる霞ヶ関だが野音はたいへん賑やかであった。

仕事部屋に戻ってデスクワークをして静かに過ごす。弾き語りの練習をするが、上手くなっているのか判断に苦しむ。路上で披露でもすれば話は早いのだがなかなか度胸が要る。
_04/14

 

 


今月一番の好気候。一日中、買い出しや雑用、調べものなどしているうちに陽が傾く。ここ数日、俺の人生はこの先どうなってしまうのだろう、という類いのことばかり考えとりとめのない不安に取り憑かれていたが、天気のせいか今日は健やかな気持ちに。人間の精神というものは本当にどうなっているのだろう。
_04/15

 

 


よくやったと声が出るくらい熟睡する。最近どうも熟睡できない病に罹っていたきらいがあるのでそいつに対し放念する。

よく寝たせいか昼めし後ちょっとで直ちに腹が減る。大家さんにもらった千疋屋の上等なおやつを寝かせたままっだったので、来訪していた白井さんとガツガツ食う。やけに旨い。

フリーBGM使用の件で台湾の方からメールが届く。めずらしい類いの受信なので嬉しむ。数年前書いた「拍謝少年」という台湾のバンドの記事がFacebook界隈でバズってくれたことを思い出す。台湾という国に、やや縁があるのだろうか。多謝
_04/16

 

 


実に体調が良いので廊下で腕立て伏せに励む。躁転ではないと思う。俺は常にフラットな心境で過ごすことを試みたこともあったが、エモい気持ちに逆らうことは人であることに対して損であろう。

一時を経てそういった結論に至ったので、元気なときは陽気に過ごし、不安なときは鬱の淵を覗き込むということに一切のためらいがない。そして酒で整える。人としてこれで合っているのだろうか。
_04/17

 

 


宅で終日デスクワークという尻にやさしくない日。痛みの峠はとうに超えたので問題はない。尻に血行を促すための適度な運動が大切である。南米級の動きで腰を回す。

Studio Greenfieldのグリさんと久しぶりに電話でお話をする。お元気そうで何より。変わらず丁寧で優しい喋り方。

5月上旬並というほのぼのとした天候のなんとも平和な一日を、あとは蕎麦を食って酒呑んで締めよう。
_04/18

 

 


原稿などをやりつつ宅の仕事場で過ごすのだが、ちょっと散歩に行ったタイミングの違いでアマゾン配達員さんと入れ違う。もう一回来てもらう連絡をする。

俺はこの「再配達」というくだりがたいへん感心ならない。再配達のどこに嫌忌の念を抱いているかというと、「また来てもらって申し訳ない」という俺の気持ちと、配達員さんの「居ろよクソ」というネガティヴな気持ちが混じり合うこと。

そして、二度手間というちょっとしたニアミスが積み重なると、負の情念が“ちょっと”ではなくなる気がするあたりである。

その悪しき“ちょっと”が溜まり溜まると、人はストレス起因の運動を大なり小なり起こす。制度に対する発作的ストライキや、各々の思想のぶつかり合い、紛争につながりかねない攻撃的アプローチなど、再配達が引き起こすネガティヴ・パワーはあなどれない。俺はそう解釈している。

いたわりの心。負の情念をほどくにはこれしかない。だから俺は再配達に来てくれた兄ちゃんに対し、いたわりの言葉と共におやつを2袋あげた。千疋屋のいいやつである。

「全然大丈夫ですよ。どうもッス」と言っていた彼は、どうやら再配達など日常茶飯事のもよう。きっと感覚が麻痺しているのだ。それが重なると人は紛争を起こすのだ。君の時間を少し無駄にしてすまん。「ひとつ、穏便にな」という気持ちで見送ったが、彼は実に普通に再配達をしてくれた。いたわりの心という自己満足は、とりあえず手前の精神衛生上は良い。
_04/19

 

 


 

 

 

 

 

 

 

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