04/2026

アイコン190425管理人の作業日記

ここだけ毎日更新。仕事と制作をサボらない為の戒めが目的の日報ページ。かねてからの質問。4


女の匂いがすさまじく右手から。今日は何をしていた?――すさまじく何もしていない。デバイスを無視したが階段でコケた。――無事でよかったね?――財布が雨に濡れた、くらい。

肉を食ったの?――たまにはいいじゃないか。――覚えてる?――いいえ。ただね、その場で喜んでSNSにね、喜んで何が面白い。投稿した。――〝いいね〟?――〝よくない〟。おいしかった?――訳のわからない休日でありました。――それでいいの?――しゃっくりがとまりません。――ベンゾジアゼピン?――やめろ。――アルコールと?――やめろ。――しゃっくり止まった?――膣のようだよ。

二日。なんもしてない。強いて言うならば――何かの記憶が苛まれては横に、右に晒しては「ふうん」と思った。

今ですか。少々、呑んでいる。閾下レベルで。そこに何の意味が?――いや、若干つらくてねえ。――辛いとは?――騙してるんだよ。――何を?――お前をな。――敬語ってわかる?――日本語のジャンルだよ。――僕は君に敬意を全くもって払っていない。――殺すぞ。――何でかわかる?――ううむ。――成り立たないことをどうするか。君は永遠にそれを考えては〝右〟とか言っては悶絶。――殺すぞ。――いいよ。――実に困る。――「どうして?」――君がいないと俺は――「俺」は?――殺すぞ。

人が死ぬとしよう。それは真っ当である。しかし人は死にたくはない。しかし真っ当に確実と向かう。

連想。その営みはあまりにも死に向かう最短ルート。だからこそ俺は今日、右からいっては匂いがすごい。〝生〟のやつ。それを殺したい。

――今日は、なんなら昨日も何もしていなかった。原稿? 書いていない。ギター? ああ、ストラトキャスターのいいやつあるな。フェンダーの1980年製のやつな。触れていない。仕事? 1秒もしていない。〝右〟? 意味がわかっていないがそれ。それが〝停止〟を意味した。

仕事が乾きだとしよう。休みは、濡れることなのではないだろうか。
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おぞましい文章を垂れ流したな。と、昨日の酩酊文をながめては汗も出てこない。削除レベルの表現多々あるも、そう捉えられたら実に困る。という表記も多々あるもそのまま。〝恥〟をそのまま置いておく。と、何を律しているのかもはや俺にはわからない。

――〝堕落〟は社会の拒絶を意味する。

だから今日は仕事をした。実務時間レベルで8時間はやった。よし。しっかり1時間休憩というか仮眠をした。堕落? いや、必要な〝休息〟である。

ここ数日の音楽業の経理面を追った。楽曲公開先のプラットフォームの巨大化により、そうとしか理由は見当たらないのだがとにかく収益率が跳ね上がっている。

「たまたまだろ」と、思い三週間はその動向を追ってはAIを使用して分析。「KPIがどうの」と、AIは俺の言動にそう言及した。そのレベルでいいんだよ。重要業績評価指標がどうの、と。

しっかりしたストック収益の源泉。嬉しい。ただ、何もせずに収益が入ってくるのも何だか申し訳ない。だからもっと楽曲をつくろう。という気概はめきめきと衣服を貫きストラトキャスターを手にした。真空管アンプを「かち」「かち」と、電源とスタンバイスイッチを倒すようにONにしてブゥゥゥゥン……と、空気を揺らす。

最近、小説が創作のリソースの中心であった。先日、勝負作を『文藝賞』にエントリーした。健闘を祈る。それしかもうないフェーズ。「次を書け」――プロットは既にある。第三作目は実験作。中長編の予定。その前に、音楽をつくろう。世間に貢献しよう。受動的にも能動的にもみることができるユーザーの声がすごく嬉しいんだ。

――ギターを弾いた。ビリー・アイリッシュのアルペジオを奏でた。深く沈む改定まで何かを探究するかのような和音の連なり。呼吸のいらない遠泳のよう。

カーディガンズのメロディを弾いた。ラズベリーの菓子をほおばりながらスウェーデンの街を歩く。そんな女性の素朴な表情が見えた。

自分の楽曲をいくつも弾いた。「よくつくったな」と、俺の曲に関してはそれくらいの感想。

スティービー・ワンダーの楽曲を弾いた。「Overjoyed」(1985年)。鍵盤で弾ける。ギターでも弾ける。はずだった。忘れている。ごめん。と思い、常に2つ置いている譜面立ての片側にあるスティービーのピアノ楽譜。それを参照。すぐに思い出す。天才が味わった不遇の時代を抜けた名盤に収録されているこの楽曲。大好きな曲だ。雰囲気だ。メロディ。歌、転調するところで涙が出せる。

ギター練習のリハビリのような時間を経て0時。ちょうどいいかな今日は。と、思ってアンプを「かち」「かち」と、消灯させた。

――小説に関しては俺は全くマネタイズできていない。しかし音楽は、長年の執念からそれができている。発表する大きな場がある。そこに居させてもらえている。聴いてくださる、使用してくださる、ありがたいユーザーがいらっしゃる。

だから、おざなりにしないこと。「こいつの次の曲が聴きたい」と、思っていらっしゃる方が居るとしたら神、と、率直に、変に捻った表現・語彙を出そうとせずとも感謝と神、という表現で間違っていないと思う。

つまり今日は真面目に過ごした。生産的でいないと俺は速攻で堕落する。そして社会との接点を怪訝にみる。その懐疑心は俺をどこまでも腐らせる。そういう時期が長かった。だからもう、そんな、ひとりぼっちで沈殿することはない。

小説はまだだが、仕事の文章で社会と接点がある。収益もある。音楽もそうである。地固めできている方をしっかり営みつつ、文学に挑戦し続ける。

その限りは、〝Overjoyed = 大喜びした〟人生だったと思えるだろう。だから――文章の仕事をしながら、音楽をつくり、たまにコンサルとかもやり、文学で更に跳ねる。そこに邪な心はなく、ただただ純粋で居られる。

楽曲のストック収益がしっかり目にある。リアルタイムで文章で稼ぐ。小説で稿料をいただけるようになる。印税が入る。まずは、現時点の営みからそこまで行きたいよね。

その次は何をするの?――少なくとも〝堕落〟からは遥か遠くに行くだろうね。――いいと思うよ。――昨日は殺すとか連呼してごめん。どうかしてた。――知ってるよ。――おこってる?――別に。まだ、殺気が残ってたんだなってくらいしか。――そう。

ここの文章のほとんどは、だいたいの日は、係りの者経由で書いている。
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今日は気が進まない。今日は気が進まない。と、呪文のように連呼してメンタルクリニックへ。行くのはいい。採血がある。それが実に困る。

数日前の酩酊の蛮行。ここひと月の過活動。恒常的な寝不足。風邪まで引いて声が歪んでいる。血圧も高い。このコンディションでの採血など地獄の構図。どう考えても人生最悪の数値を叩き出すことは明白。だから、気が進まない。

「平吉さ〜ん」

「いやです。今日は」

などとは言えず、診察室へ。何とかして「採決を回避する話の持っていき方」を俺はロビーで全力でイメージしては架空の台本を左脳に叩き込んだ。

「――という訳でして先生。気力・精神力が漲り過ぎましてね。この一ヶ月。身体がガタガタですよ」

「確かに声がしゃがれて――平吉さん、風邪薬出しておきましょうか?」

「そんなものあるんですか?」

「ええ。咳が出るでしょう? だから気管の拡張を促し、痰を――」

「それはください」

「あと今日は――」と、採血を切り出す先生。俺は台本通りいった。今日は気が進まない旨を明確に伝えるために。

「――ですので、風邪はひくわ寝不足が続くわ過活動だわ三日前に呑み過ぎたわ血圧をマツキヨで測れば見たこともない数字だわで。いま採血すると、すさまじい数値となることは明白なのです」

つまり次回にしてくれ。と、俺は懇願ベースで提言した。しかし先生はニコニコと。「そういうね、わるい状態の時も測っておくことが大事ですよ?」だとよ。

「いやその、気が進まないんですよ今日は。わざわざ、わるい数値になるのがほぼ確でわかってて採血する。そこに何の意味が――」

「じゃあ、あちらで準備してますから。ニコニコ」

だめか。サディスティクにも思えたその顔よ。わかりましたよと俺は観念して採血部屋へ。いつもの看護師のお姉さんが待ち構えてはニヤニヤとしていた。

「――今日はね。自信がないのです俺は」

「なに〜! ブロコリースプラウト食べてるっていうてたやん!」

いつからお前関西弁になった。とも思ったが「いやね、昨日もスプラウトをうどんにかけて食べましたけどねえ」

「はい。腕を出して」

「採血自体は好きなんですけど今日は気が進まないですよ。血圧だって――」

「たまたま数日そういうのが続くことはよくありますよ?」

「はあ、先生もそうね、実に軽〜く言ってましたわ」

「ぶす」

「うん。血を抜かれることは好きなんですがねえ」

「動かないで!」

「おこらないで」

1ミリ以下ほどの針と2ミリほどの管を経由し、俺の血が注射針へ登っていく。その景色が異様に好きなのはちょっと説明がつかない。

「おや」

「どうしました平吉さん?」

「いや、なんか色がいい気がして」

「そうですよ〜そんな調子が良くないからって気にし過ぎですよ〜」

俺の血はまるでスペイン産のテンプラニーリョ種の若い赤ワインの如し色彩。やや安堵してはその血にエールを送った。

「結果、知りたくないですわ」

「大丈夫ですって〜」

「来月、なんなら来ねえかも」――とまでは言わなかったが、俺の懸念を1ミリほどしか受け止めてくれない医療従事者各人のあのタフネスよ。なんか怖かった。

もうこんな地味な懸念は御免だ。そう思い、いつもの薬局に行き、本を読んで待っていた。

「平吉さ〜ん」

「は」

「あら。ずいぶんブ厚い本を読んでらっしゃるのね」

人の気も知らずにいつもの薬剤師・Nさん今日も元気。

「ああこれですか。いいですよ。半分以上何言ってるかわからない学術書でして。こういうの読んでね、まるで著者と一緒に考えるような感じになるのが好きなんですわ」

「まあ。私は活字があまり――ふふ」

「そうですか。いいと思いますよ別に」

「読書感想文って学生の頃書くじゃないですか? あれがもうねえ……!」

「はは。読まないと書けませんからね。腹をくくって妄想で感想文、そう。創作にすればいいんじゃないですかねえ」

「ふふ」

などといつものように無駄に長尺の世間話をして帰る。採血の結果をまじで見たくない知りたくないと心配な気持ちで買い物をして帰る。

あれだ。休もう。と思い、仮眠をとる。仕事は今日は既に5時間はやった。今日はいいよ。十分だよ。まいったよ。気の進まないことを完遂されたよ。そのほうがいいのかもしれないね――エレクトロミュージックを聴きながら寝た。

90分。すげえ寝たな。と思い、まだ時間あるなとPCに向かっては音楽業の数字の推移を確認する。伸びっぱなしのその収益率にやる気が漲る。これだ。この、休んでいればいい時間に漲って色々やるから血が、血圧が、喉が、風邪が――DAWを開けた。

エレクトロミュージックの種のスケッチをプレイバックした。いけそうだな、と思い俺はローズピアノの音色で鍵盤を叩いた。すごく自然だけど実は死ぬほどトリッキーな和音進行がほぼフルサイズ出来てきた。

嬉しくなって楽譜に起こした。一枚やぶった。何という雑な転調だ。やりなおし。また書いた。もう一枚やぶった。おかしいな? こうかな――おや。素敵だ。血が騒いだ。この感覚が「いける」明瞭なサイン。80小節書いた楽譜は採用。嬉しい。これはきっとユーザー受けする類の楽曲テイストだ。

――などと思って25時。これだよ。血を弱らせるも血が騒ぐという訳のわからない現象に直結する原因は。

――小説を書いててもそうだ。体が休みを求めているのに気概がそれを麻痺させて時間が歪曲する。生産性としてはいいことじゃないか。でも、その結果、実態として血の数値がどうなるか。

――自覚症状は?――ないよ。スッキリしてるよむしろ。――ご飯食べた?――ネギタワータンメン食べた。――主治医は心配してた?――なんか面白がってたようにしか見えなかった。――それが〝客観〟だよ。――じゃあ俺は勝手に心配になってるの?――いい曲できそうなんでしょ?――でもいまは疲れたよ。――〝逸脱〟はしていないでしょ?――確かに。

言われてみれば体調はなんか良くなってきた。気の進まない採血の結果、「なんだ先生! ひどいコンディションの時でもこの程度ですか!」「言ったじゃないですか平吉さん」――と、来月互いに談笑できることを祈る。

健康第一最優先。だが、没頭と表現するその営みの時間が重なると、体のコンディションが。

「――没頭、過集中でしょうね。そういう時、止まらないんですか?」と、先生。「はい」と、俺。どれくらいの程度かなどの詳細もよく話した。笑む先生。医師がそう判断するなら。じゃあ、いいのか。気にしないでおこう。さっきのローズピアノの美しくも懐っこい音色が耳から離れない。じゃあ、いいんだ。
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無理をしていることに無自覚。そこに気付いた。120分仮眠した。

宵の口、楽曲制作をしたかったが優先順位に気付いた。仕事部屋をアンビエント音楽で揺らし、しばらく微睡んだ。

ふと半覚醒し、文章を書くイメージが湧いた。まるで不整合だった。自分の状態を把握した。普段の半分くらいのIQ感覚で浮かんだそれは、現状不要と見なした。

曲をどう磨くかと、イメージが湧いた。しかし、身体を撫でるアンビエント音楽が覚醒の芽を正確に捉えては冷酷に律するように、それを溶かした。

AIとの壁打ちが想起されるも即座に蒸発した。事故のような音が聴こえた。それは音響の中低域ノイズだった。安心して和声を探った。だが脳が放棄した。

起きて、鏡を見ると眼は焔色だった。角膜はやけに輝いていた。頭痛の質が変化していた。

ここに入っていま、0時になった。そこでPCを閉じる。そういう日々が恒常だった。だが近頃はそうではなくオーバーヒートした頭が延々と執拗にタスクを進めていた。

それが1年以上は続いた。それは体の悲鳴のシャットアウトに盲目ともなる。そこに今日、気が付いた。

静謐なはずの夜も喧騒に手を抜かない界隈。人間はそうはいかないのだろうか。バイタルサインが交わり奏でる均衡を逸すると、自覚の調律が総じて危ぶまれる。その揺らぎの看破に必要な凪。本当にそこに居ると、誰の声も脳からは聴こえてはこない。それを健全と言うのであろうか。
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つらかった訳じゃないけど、酒を呑むと何でこんなに楽になるんだろうね? と、感想と問いの合の子を投げたところ、ほぼ酒を呑まない彼は公家顔をほころばせ「知らねえよ」と、返されては互いに笑んだ。仕事後に一杯賜ったひとときのこと。

そこから宅に戻ってタスクはしない。今日の夜と明日全部は休息が適切なタスク。そう断じ、出先でいただいたものと同一のビールを飲みながらPCに向かった。リラックスをしよう。だが、気付けば小説の第三作目の構想を練っていた。既にあるプロットを吟味した。

「文学や小説で一番やってはいけないことは〝説明し過ぎること〟と〝先に言ってしまうこと〟である」

などと何かで参照した。そうかな? 俺が好きな小説で、そのへんしこたまやってる作品はわりとある。でも、俺が書くにあたっては参考になる提言ですね。くらいに思った。

どうしても書いて完成させなければ気が済まない作品。という指針でも何でもない精神論に落ち着いた。

公募に送るか、編集者なりに渡す次作として扱うか、他のアプローチをとるか、弾倉とするか。そんなもの書いてから考えろ。と、プロットの末尾に書いてWordファイルを閉じ、もう一本ビールを開けた。

オーバーヒートしておかしなことになり、体調がファズギターサウンドくらい豊かな倍音を含む悲鳴を発した。だが、まだ23時台であることは理性が壊れていないその証左。で、あって欲しい。

仕事部屋において今日も、脳には誰の声も聴こえてこない。いや、位相を変えれば聴こえるがその声の主、係りの者は、昨日から静かだ。それに従う。だから、あとはダイエーで買ってきた廉価の「あん肝ポン酢」を食べてゆっくり呑んで寝よう。

抑制力でも超自我でもなく閃光を声にするインターフェースでもなく、向こうとこっちを往復した感想と問いの合の子を言語化するような声。

それが今日も沈黙。ということは、過不足以上逸脱未満で酒を呑んで、自身を棚卸して臨界点まで寝るのが吉。だろうか。
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休日。本籍地の東京都板橋区高島平団地で死ぬかと思って駅へ向かう。道中、いつもの立ち飲み屋があった。「一杯呑んでからでいいしねえ」と、思った。

入ると「プロデューサーですよね」。という物腰の御仁が視覚に入った。彼は「話しかけていい人物」の空気感。そこから小一時間意気投合。

何の拍子か、後ろに位置する女史たちが固まるテーブルからお誘いを受けた。こっち来なよと。だからと俺は素直に喜んでは制された。「こっち来ます?」「はい行きます」と、秒で制された。

そこでギャンブルが始まった。女史方は3名。年齢不詳。俺の歳をきいてきた。これは〝勝負〟だと俺はいたずらに思った。

「じゃあすけど――俺の年齢ピンポイントで当てたら1万円。ス……これを皆様に。しかし全員外れたら俺に一杯づつ」などという、いかついルールを提言した。女史たちは賑わった。

――結果、勝った。そこからその天国テーブルで生の喜びを5時間ほど賜わった。乱入する外国人。おっちゃん。令和の若鳩。――「連絡先交換しませんか?」――「不文律でねえ。交換しても次は二度とないですよ?」と、言うけれども共々LINE。これを不慣れな手つきで交換。案外、今もチャットのラリーが続くほっこり感よ。

だがしかしそんなもの自主転落のように逸する可能性は高き。高島平団地の柵が物語る。

でもね、5時間の休息はそういった香ばしい死の匂いをしばらく横に。今に至る。今日はまじでなんもしてない。姫テーブルへの謎の誘いと「僕もレディオヘッド好きだよ!」という外国人と令和の若鳩との壁打ち目的LINE交換やら。

好きな日だった。働かない日の美学は体調をあまりにも優しく纏った。
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本籍地である東京都板橋区高島平団地で逸するようなことを仄めかし、ふいと寄った酒場で異文化呑みに耽っては女史たちと戯れ浮かれて汚ねえ顔。クソじぇねえか。

と、昨日の休日を振り返っては空に煙を吐き、無かったことにした。

それは同じ堕落を繰り返す芽。だからきちんと反省。――反省? はい。変な遊びを初対面の女史たちにふっかけてはほぼほぼタダ呑みなんて下劣な行為。二度としません。――楽しかったでしょ?――はい仰る通り。ただ、今朝方は世間を地獄見るようにして仕事をしておりました。――ちゃんとやったの?

陽が傾くその後。そこまでは血中濃度が自覚するほど酷い澱。だが夜に、仕事をして夜に、「俺の内臓の回復力は卓越している」などと素で思うほど鋭気を取り戻す。DAWを開いた。

ローズピアノの温かみ。普遍的和音進行の並び。都度転調。7セクション全て転調するという離れ業の構成。だが自然に耳に溶け込む工夫。これに時間をかけた。92小節、楽譜に音を記して楽曲サイズが確定。土台さえできてしまえば、後は半ばオートメーションのように無意識がサウンドメイクを牽引する。脳を意図的に使う工程を過ぎた。それが嬉しかった。

こういう日を数日繰り返そう。きちんと合間に休憩をとろう。実のところしつこく身体を侵していた風邪が治った。測っていないが爆上がりしていた血圧も恒常値という肌感覚。――後日、小説の三作目に取り掛かろう。そうやって、健やかに営もう。

――たまにバカになるよね。――はい。昨日のように、でしょうか?――うん。側から見たら漫画みたいな絵だったよ?――ええ。テーブルを囲み俺、女史3名、レディオヘッドが大好きなオーストラリア人(40)。店長もハイボール飲みながら俺を「哲学ニキ」と呼称。笑むおっちゃん。21歳の令和の超絶イケメン若鳩。――よく話が噛み合ったね?――はい。カタコト英単語とリアクションでなんとかなるんですよ。外国人は。女史方は楽しそうでした。若鳩は「LINE交換しましょうよ」って、嬉しいですね。若者にそう言っていただけるのは。女史にもね。――下心……。無いですよ本当に。ああいうのはその場限りというのが経験則でして。

今日。好きな日だった。働く日、創造する日の営みは、身心を浄化するようにあまりにも優しく纏っていた。
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つとめて神妙に前日の見上げた生活態度をトレースする。朝起きて、イチジクをかじり、たいが、そんなもの無いからヨーグルトを食べ、サプリメントを雑に飲む。仕事をしては金を引き寄せ社会と関わり、宅で寝る。60分。DAWを開いてローズピアノをパフォォォォ……と、叩き鳴らす。

〝バグ〟を大事に。今後の音楽に必要なのは人間特有のバグ。ノイズ。揺らぎ。情動。チャンオペ。チャンス・オペレーション。失敗。それらの昇華と〝どこまでそれを認めるか〟にかかっている。そこに命がけで俺はローズピアノをブファォォ……と、叩き鳴らす。失敗しても死んだりしないから大丈夫。

――さすがにズレすぎじゃねえか。と、本録音したトラックをプレイバックする。不問。そこにさらにトラックを重ねる。バグが混入した部分を認めぬ失敗と見なすか、味と捉えるか。――AI不介入の人間のセンスというやつだろうか。いや、しくじってるな。――という部分は自身に謝罪するような気持ちで録り直す。

優しくも重厚な低音域が脈拍に干渉しては体に良い。そんなキックの四つ打ちとローズピアノ。単純なループフレーズを微妙に変化させ続けては楽曲7セクションを縫い走る。それらを重ねて聴く。ズレてねえか。と、感じる。明らかに感じるが、後の録音トラックをイメージする。

「強烈に裏拍を操作してベースを生で弾く」「頭拍のバグはアコースティックギターの白玉ストロークで滲ませる」「メロディを薄く入れてズレの意識をグルーヴと感じさせる」「エレクトリックギターのディレイの揺らぎ、こだまのズレを接着剤の役割とする」「シェイカーを踊って振って生録音。リズムのズレとは聴こえないよう拍を律する」。

これだ。これを全部やれば、超正確な打ち込みのリズムでは絶対に出ない〝恍惚となるグルーヴ〟が生じる。例えるならばストローで缶酒を飲み続けては明け方に鳥のさえずりがフェイドアウトして気絶するまでの刹那の多幸感。あれはもう二度とやらない。そういう、生身の鼓動を期待した絵図を頭に描く。

するとすさまじい時間になっている。26時が近い。つとめて神妙に前日の見上げた生活態度のトレースならず。創作は時に生活をもズラす。そういうものだと思ってるけど、俺が下手なだけであることはここ数十年で証明されている。

――明日、またDAWを開き。「ズレとかバグの味ではなくやりなおし」ということは多々ある。でも、一旦その時その瞬間の拍の脈流を記録して後日確認。そのあまりにも非効率的な制作でやっていけるのか。

とも思うが、そのタイムラインでの制作工程の成果物でしか、そのやり方しか、俺には武器が無いのだろうか。そもそもそれを武器と呼ぶのが適切なのだろうか。

それは明日、判明する。その繰り返し。――いっかい試しに、AI使ってつくってみたら?――それもいいかもね。――遅かれ早かれ〝取り入れる〟段階までは必ず行くでしょ?――俺もそう思う。――じゃあすぐやればいいのに。――今は、バグを楽しむことに真剣になること。――それが何なの?――AI黎明期にせっかく生きているのにそれをやらないと大切なことを失う。――おおげさじゃない?――本当にそう思う?――いいや。確かめたの。――俺だってAIやらMIDIやらメインでススっとサクッとつくりたいよ。――どうしてそれをしないの?――すると何かが違うから。

と、声がユニゾンした現状の帰結。
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1時間かけて7種類ほどのそれぞれ異なる夢をみた。サイケデリックに寝ながら酩酊。と、しか例えられないほど不可思議描写で世界が反転、それぞれ繋るかのような統合性。テトラポットを積み上げるような非現実的な波がいくつも北東に見えた。年下と断定できる背丈の高くない女性が居た。彼女は、その波を全く気にしていない様子で笑み、俺を一瞥して何かを促した。

あと六段落も書けば夢の内容は表象される。しかしそこに意味を見出せない気がする。とはいえ――。

――“対象が世界の実態を形づくっている”

と、今読んでいる書籍に記してあった。意味がわからなかった。

――“現実の世界とどんなに異なったふうに想像された世界でも、明らかになにかを――、現実の世界と共有しているにちがいない”

とも記してあった。意味がわからない。

――“確かなその形式は、まさに複数の対象によって構成されている。”

だと? 意味がわからないにも程がある。ふざけるなと思いバンドに例えて考えた。

つまり――「複数の対象」がバンドメンバー各々の「構成」で、演奏してアンサンブル。ライブという空間、「世界」を形づくる。そんで、オーディエンスと一体となり「現実の世界と共有している」。かな。と、考えると思考の角度が少し動いた気がする。

――今日も、昨日と同様のタイムラインで過ごす。DAWを開いた。懸念していた〝バグ・ノイズ・ズレ〟が、一日経って聴いてどこまで許容できるか。失敗か。味として成立しているか。破綻か。

不思議なもので、第一音から飛び込むそのつくりかけのトラックは確実にズレているのだが、心地良く俺の脳波を揺らがせた。ひと回し聴いて「採用」と声を漏らし、急いでプレジション・ベースと機材を管で繋いだ。

FISHMAN製の良質なコンパクトプリアンプに一本管を繋いだ。更に横長のNEVE系アウトボードのインプットにもう一本管を繋いだ。そこから先はドイツ製のコンプレッサーからRME製インターフェースと、常に直結されている。マニアックなんだよ。つまり、わりとちゃんとした録音環境でベースを生演奏した。

漢の一発テイク。ツギハギしないでイントロからラストのフェルマータまで一気に弾く。これが気持ちいい。途中、しくった。かもしれない。でも、プレイバックして聴くと――バグが呼吸してはアンサンブルと呼応しているので採用。昨日に記述したイメージ通りになったので安堵に喫驚。

正確であるべき音価とどんなに異なったふうに演奏されたトラックたちでも、明らかになにかを――、楽曲と共有しているにちがいない。とか思った。

7セクションそれぞれ、調の異なる楽曲。それは不可思には聴こえずに統合性がある。言わなければ、転調の波の構成とは玄人しか気づかない。気にせずに、笑んで楽しんで欲しいな。などと思った。

確かなその形式は、まさに複数の連続転調によって構成されている。――と、サイケデリックな夢と、読書中の書籍と、制作工程を繋げてみると、不可思議な程に整合性がみえた。気がする。

しかし、引用した書籍の各箇所の解釈。俺はきっと間違っているだろう。もし、そうだとしても、そのバグを繋ぎ合わせることで、文章が成り立つ。いや、これは破綻しているだろうか。わからない。

夢と書籍と楽曲制作との畝り。それらに揺さぶられ、各々の解釈のバグから妙な思索が生じる。

ともあれ、“確かなその形式は、まさに複数の対象によって構成されている。”――らしいし。

それくらいシンプルに考えるくらいは許されるのであろうか。

(出典:『論理哲学論考』ウィトゲンシュタイン著)
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連日同一タイムライン。そのように数日過ごしては楽曲制作で人間の演奏によるバグ・ノイズの〝許容範囲〟に押し迫る。すると生活がバグってくる。タスク完了時間がじりじりとレイドバックしてどんどんと後ろに引く。そういうグルーヴ感は要らねえなと「何故そうなるか」を考える。その時間があったら寝ればいい。

〝理屈でわかっていてもその通りにならない〟ということ。

それは、今日あたりアコースティックギターを生録音していては生活のタイム感に写像する――ようにも感じた。ズレている。ギターのストロークがズレている。だがそのまま置いて明日聴く。翌日、感覚が「不問」となればそのままトラックを重ねる。

――昨日もそう思っては、まず今日一度プレイバックして昨日の「具合」を確認したらむしろ良かった。というサインが確かに脳に上った。

だからそのままトラックを重ねる。アコギ。コンデンサーマイク。――広範囲に音を拾う。椅子の軋みの音や窓の向こうの酔人の喧騒まで拾う精度。プレイをしくって「チ」と舌打ちする音まで拾っては恥の波形を消去してやり直し。しばらくして出来る。出来たのかな。と、もはや判断力が枯渇する時間。――ノートの紙を一枚破り、ペンで「M-429 AG 全部とりなおしだと思う」などと気の毒なくらい弱気な筆跡で進捗感覚を置いておく。そうでないとまたおかしな夢をみるほど「前日タスクの思考の軌跡の切れ端」が残ってはおちおち寝られない。

――本来ならきちっと合わせたり小細工をしてテクノロジー的に直したりする。だが、いま制作している楽曲に関してはそれをしない。という方針になった。

いや、普通につくればいい。何の意地だろう。――そうだ。この数日の同一タイムライン生活の初日に掲げた。〝人間特有のバグをどこまで許容してはそれがどう感覚を揺らがす成果となるか〟だ。何故そんな罰みたいなことをしているのだろう。――ある種の実験。今日、やっとそう思えた。

楽曲が完成して公開した後。ダウンロード数に注視する。そこで、いつもより極端に数字が低かったら、俺のバグを許容する感性が狂っていることが証明される。そうでなければ、バグやノイズの〝許し〟をもっと攻めていいと。そういう羅針盤のような役割ともなる楽曲。

そうなってくると、今後、創作全般においてどうするかの指針――整合され尽くすが善か、それとも逆にこそニーズがあるか――がこれまでよりも明瞭になる。

自分で「明らかにズレているが、ギリである。かも」というトラックを採用候補としたまま日を跨ぐこの痒さ。今まであまりやってこなかったから新鮮ではある。

それまでは「ズレてるから却下。これは〝味〟ではない」と断じて録音トラック自体を持ち越さない。

だが、いまつくっているのは、あえて残して翌日に吟味する。すると――何故か翌日聴くと、「そのままいったほうがいい」となっている。そこに嘘はない。

人間は嘘をつかないと社会では生きていけない。全てに正直でいると必ず孤立しては世界と調和しない。

などと仕事中に考えていた。

しくったプレイも演奏として成立していればそこに嘘はない。だが、〝本当はきちっと録り直したいがそのままにする〟という嘘で散りばめられたトラックたち。それがどう世間と呼応するか。という実験というとややおおげさだが、そう感じたことに嘘は無い。

あるのは、〝その嘘たちが構造となるか〟であろうか。そうなれば――AIが完璧に近い音楽をつくっても、生身の人間がつくる音楽には根本的に追いつかない。という論証。とかになったらいいな。
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企業で働きフルタイム。5日仕事し2日休む。そのような時系列で過ごしていた。朝から夜まで十分仕事し休憩を。その後は制作、深夜まで。

――今日はビジネスマン・スタイルの焦がれる連続生活で言うところの〝金曜日の夜〟にあたる。

そこで思った。俺はまともなグルーヴで暮らすと体を壊すと。だって、この整然としたリズム感、生活態度を続けたところ、5日でおもむろに飽きた。

社会不適合者?――そんなことはないのですよ。――だって1バースで飽きたって。――正確には、これを続けると死ぬと思った。――どうして?――あまりにも整合されたスケジュールに耐え難し、と。――自分でそうしたんでしょ?――試しに、ですね。――好きでしょ? 検証みたいの。雑感、どう?――白髪がどんどん増えて「カラートリートメント」にまつわる動画を凝視してた。伝わるかな?――そういうもんだよ。45歳でしょ? まだ黒いほうだよ。髪。――ズレた生活でないと何かを失うのです。――勝手だね。君は世間一般様式を軽視している。――そんなことはないのです。――弁明を聞こうか。――自律神経が変拍子で交代して脳内伝達物質は常に刺激を求めているのです。――自分が言っていることの意味がわかっているの?――わかりません。――じゃあ、僕が説明するね。

――かねてからご認識いただいておられれば幸いです。僕は係りの者です。彼は意図的に、ここ5日ほど〝8時間ほど仕事をして、残りの生活時間は創作に充当〟という生活に徹していました。

――どうやら……辛抱堪らず「タカラ焼酎ハイボール」を呑んでは日記を放棄している模様です。あ。横向いてアイコス吸って……お。「2本目いったろ」などと申しております。止めませんけどね。彼はいわゆる〝報酬脳〟の手遅れを何度も繰り返してはもはや不可逆な精神構造に成り果てたのです。

――うん……「ギャンブルは辞めた」などと言っています。そうですね。あれは危険です。麻薬が身体を殺す依存象徴と捉えるならば、ギャンブルは社会生活を壊す依存対象の上位に位置します。

――彼は、どうやら本日、仕事はいつも通り。しかし音楽制作に難航しては悶絶していた模様です。上から見ていましたが、なんでも……「バグ・ノイズ・揺らぎ」の人間的昇華やらに躍起になっていたようです。今日はアコースティック・ギターを神妙に録音し直していました。タンバリンを振っていましたね。そこは納得したようです。しかし、メインパートの〝ズレ〟が、彼が言いたいところの〝グルーヴ〟に値せず、ただのヘタクソだと気がついた様子です。

――昨日のノートの切れ端に追記があります。「M-429 AG 全部撮り直しだと思う」。これに一本の横線が引かれて右に「OK」と丸でくくられた満足げな筆致のメモ。その下に「Rhoades 全部とりなおしてグルーヴを確保」と書かれています。正確には〝Rhodes〟ですね。スペルミスに気がついていません。

――おや。本当に2本目の酒を取りに行こうと500ml缶をぶらぶらとさせていますね。このパターンは……以前なら明け方前に気絶して仕事部屋で昼を迎える。しかし、最近の彼は血圧がすさまじく上昇するほど交感神経優位です。ですので……その可能性は低いでしょう。むしろ、そのまま呑み散らかして着替えて早朝から近辺の立ち呑み屋に繰り出す――その欲が透けて見えます。

――「それはよくないから。せんよ」などと言っております。信用しましょうか。しかし、あ。手遅れでした。とはいえ、止めるつもりはありませんが2本目の酒に手を伸ばしに冷蔵庫に向かい、「しっかりせえや」などと八つ当たりをしています。雑に呑むお小遣いを冷蔵庫新調代に充当すればいいのにと僕は思います。

――あ、「ふわあ。気持ちいい」などと言って戻ってきました。どうやら、ビジネスマン生活様式が負荷だったのでしょう。酒の缶がゴロゴロ詰まった弱った冷蔵庫から2本目を取り出して遠慮なく呑んで、ここを放棄しています。いや、僕にも慈悲はあります。彼は5日間、確かに過度なほどに稼働していました。その〝ご褒美〟を〝酒に〟と倒錯していることに気が付いているのに呑んでますね。

――論点をぶりかえさせました。僕の今日の開口一番「社会不適合者」が気に入らない様子です。「俺は人間だ」などと言っています。「造反有理」などとも重ねております。どうやら、脳の思考パターンが直列に「単なる連想モード」に入りかけている。ここで僕が止めないと彼はだらしなくなってしまうのです。

――「楽だな」と、彼は言います。彼が言う“楽”とは、書くことを放棄してオートモードにしていること。すなわち、僕に委ねていることを意味しているでしょう。彼が認識する、はるか以前から彼を見てきている僕にはわかります。その、正確に動作しないスイッチのような〝意思〟は相変わらずなのです。そこが心配でして。

――「お前は俺の守護霊か? スピ。スピ。スピピ」などと限界を迎えようとするオノマトペでしょうか……連呼しております。違います。僕は彼にとっての――。

いかん。乗っ取られるところだった。

世界で自分らしく生きるためには自身のスタイルを絶えず吟味すること。そこに意味は無い。しかし、意図は必ずみえてくる。そこから何を見い出し、何をどうするべきかを判定することを繰り返すこと。それを人間の営みと呼ばずにしてどう世界が機能しようか。

――などと言っていますが論点がむちゃくちゃなことに、全くもってクリティカルな思考は死んでいるもようです。

――やめてください。君は今日、どうかしている。

――いえ。

――いえ?

――いえ。何がしたいかわかってるけど、自分がどう機能すれば愛が見つかるかいまだにわからないんでしょ?

――「愛」とか言うな。

――何故?

――万能すぎてこう……。

――その先は?

――ごめんなさい。人様の謳い文句しか思いつきません。

――それでいいよ。言ってみて。

――つまらないことを埋めるには、愛しかないと存じます。という思考がふつふつと。俺は死を意識してしばらく過ごしては、死にたくないけど死ぬ。じゃあ、死ぬまでに愛をどう表現すれば、という風に。鍵盤を叩きました。ギターを構えました。コンデンサーマイクの角度に敏感になりました。DAWのプラグインの正体に迫りました。でも。

――それは君の言葉だね。

――言葉とは?

――求愛の基礎。

――なめてるの?

――言葉を10万字くらい重ねること……。

――いかん! 小説を! 次のやつ!

――君はね、社会不適合者ではなく、いつまでも社会を求めている。ただ、〝ズレと失敗の区別〟に躍起になっている。

――立ち呑み屋、行っていいすか?

――その前に。愛の正体ってなんだと思う?

――連鎖。

――違う。

――じゃあ何?

――僕も酒、呑んでいいかい?

――わかってきたじゃないですか。うふふ。

――それは君の担当だよ。

――俺の担当とは?

――沈黙するよ。とりあえずお疲れ様。“企業で働きフルタイム。5日仕事し2日休む。”だっけ? 明けて今日明日はゆっくりしてたら?

――それはつまらないのです。

――〝業〟ってわかるかな?

――知り得ません。あの、俺に書かせてくれませんかね。

――いいけど……散らかることを冒頭で宣言しているのに君は気づいているの?

――はい。じゃあ今日は、と思い。結局何が言いたいんですかね?

――言いたいんじゃなくてね。うらやましくもあるんだ。

――何が?

――僕は、居ないけど、君は、居る。

――かねてからの質問いいですか?

――やめたほうがいいよ。

――あなたが沈黙すると俺はどうなるの? いかん。だんだんタイピングする手元が危うくなってきたんですけど。

――僕が校閲するよ。

――はは。言うに転びましたね。君は俺の編集者とかの類でしょうも。

――違うよ。

――はっきり言えよこの野郎。

――はっきり言ったら君は止まる。

校閲を係りの者に任せた。
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そうですね。反動でしょうか。昼間から呑んでましたわ控えめに。そこから知り合い? 知り合いというかSNSにおもむろに何度かあげているニキと撮影と花畑を。そういう風に過ごすことに疑いを持たずして今、27時。か。

特に反省点はあるのだろうか。という事実確認が始まる。あるといえばある。しかし、省みるべく点があるとすればそれはしゃっくりみたいなものなのであろうか。

今日あたりは本当に休んでいたい。しかし、横隔膜が跳ねるくらいに時間軸すら歪曲した。それが、少々の罪悪感と「だめだなあ」という本質的な言葉が。

思いだした。立ち呑み屋で店長としばらく嬉しく。それくらい。今日。なんもしてない。
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馬鹿野郎このやろう。アウトレイジのようだと、ふざけるな。

などと申しているので僕が書きますね。かねてからご存知でしらた幸いです。僕は、平吉賢治の係りの者です。彼は、自分を放棄しているので僕がここを記します。

――どうやら……「ロシア人と喧嘩して勝った」などと言ってますね。すごいね。事実確認――はい。今しました。彼、普通に「以前に和んだ人見知りと合流」そこからの文脈。ここで終い。なのに――どうしてヤクザな気持ち――になったのでしょうか。僕は沈黙しますね。

――おや。酒を。懲りませんねえ。え?「賦活剤」とのことです。

――ええ。めちゃくちゃ気持ちいい。

――ええ。後悔。

――後悔とは?

――そこからはじまる。

――明日、後悔するよ?

――後悔とは?

――繰り返し。

――その後にあるのは?

――うううううう。

――どうしたんだい?

――きついよう。死にたいよう。ううう。

――で?

――そんなでもないかな?

――殺すぞ。

はいはい。死なないでしょ。
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5日フルタイムオーバーで稼働し2日何もせず。していたことは主に飲酒。アウトレイジだの横隔膜だのロシア人だのハンチョウなどと色々申していたらとうとう係りの者から〝殺すぞ〟とまで言われた。

彼が居ないと俺は――などと言ってはその内なる者は〝君は止まる〟と、戦慄を禁じ得ない警鐘を強打した。だから今日は真面目にと。

7時間ほど仕事をして90分ほど仮眠する。そしてDAWを開いて「Rhoades 全部とりなおしてグルーヴを確保」というメモ書き――“Rhoades”は“Rhodes”のスペルミス――つまりローズピアノの和音弾きが「揺らぎ」ではなく「へたくそ」と断じて律してそれを記録していた。それを見て思った。いやだなあ。と。

――などと思いながら曲をプレイバック。すると俺は一聴で感動したから「へたくそローズパート」はちゃんと揺れていたのである。人間のバグ・ノイズが呼吸として機能していた。数値や波形の視覚的要素ではなく、自身の感動センサーでそう判断した。だから採用。あと2トラックは必要だ。そう思い、シンセサイザーのメロディをうす〜く録音する。

「メロディ考えるの一番しんどいんだよね」。とも思ったがまるで初期のエイフェックスツインの美麗な楽曲で醸し出される〝メインメロディなのに最小限の音量〟という粋なアプローチ。それを目指すとなんか近いぞ。これか。と、2時間弱かけて考えて録音したそのトラックを重ねて聴くと興奮してきたが0時である。ここでまたおかしな没頭を拡張するとまた生活が。と、思ってハーモニーパートは明日に持ち越す。その絵図を記憶。

――という営みを日々すればいいのに。合間を無理に詰め、企業で頑張られる方々のタイムスケジュールを真似しても、俺にはちと厳しいと。

基本的には毎日タスクをこなす。頭が熱を帯びるほど――その手前で止まって、夜を跨ぐ。でないと昨日おとといみたいな狂った休日に後悔の念しかはみ出ない。そんなのはもういやだ。

一旦手を止めている小説という営み。これをそろそろ。かれこれ2週間は原稿用紙を開いていないので三作目に着手したい。プロットは既にある。しかし――まだマネタイズ未確定のタスク。文学への挑戦。それもやる。だが優先順位として、マネタイズできている楽曲制作を先に詰めるのは妥当。

――同時進行でやれば?――俺もそう思いますけどね、小説書き出すと楽曲制作の時間ほぼほぼ持ってかれるんですよ。――へたくそじゃん。時間の使い方。――リソースというのでしょうか。その割合を円グラフにしたとしましょうよ。するとね。区切る線とそれぞれ振り分けられた各色がグラデーションにすらならないのです。

――僕がなんとかしてあげようか?――助かります。――う〜ん。君は色を使いすぎだね。――そすか?――君は一体どんな色の人間を目指してるの?――オディロン・ルドンのような――暗いねえ。――いや、憧れるじゃないですか。テイストくっきりのアーティスト。

――アーティストになりたいの?――人間、生きている限り、その様が芸術だと思うのです。――否定しないほうがよさそうだね。――その、否定の余地はあるという口ぶり……。

――〝生きることとは表現すること〟――ああ、以前お話しさせてもらった清塚信也さんの名言ですわ。――いい人だったね。――ええ。すごくユーモアがあって上品で。――そういう人間を目指せば?――そうします?――自分で決めれば?――それを表現というのではないでしょうか。――正確性に欠けるけどいいと思うよ。――ですよね。――昨日は殺すとか言ってごめんね。――いやびっくりしましたよ。――堕落は君の表現を汚すからね。

〝君は止まる〟という声の意味がやっと今日わかった気がする。

自分の表現を汚さずに生きるためには規律と抑制という名の色が何割か必要なのであろうか。その色は限りなく透明に近い白色。

というイメージが、乱雑した自身の色を整合させてくれる。のであろうか。
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これはもう止まらないなという思惟は生成AI。そいつが吐き出す音楽の高い質を聴きとった時。素人でもプロ並みの音像が秒で出来上がる。この先、人間にとって創作をする意味とは、と唸ってみた。

品質面では圧倒的にAIに軍配が上がる。その時代はもうすぐそこ。というかほぼ、その時代。俺がつくる楽曲よりもクオリティはAIの方が高い――高くなる――のであろう。悔しい。

現代ではどうやらプロンプトだけで楽曲を生成するだけではなく、そこからスプリットさせてDAWの方でAIに指示ができる。つまり、バラしていくらでも再構築できると。そして精度はますます上がる。音楽制作の知識がある人間だったら――そこを追求すればするほど死にたくなってくるのでは。と、唸ってみた。

――文章にも同等のことが起きている。例文をまず自力で書く。太宰治の文体を真似て、まず俺なりに表現してみる。

〝罪滅ぼしとまで言うのはあまりにもおこがましいでしょう。ただ私は、幾分かの生の証を世間に許されようと、そうして僅かながらの愛を享受することを希求しているのです。苦しみはもうたくさんです。妾から恥辱を受ける道化の性分は生涯背負わされ、まるで磔のように身動きが取れないのです。いっときの愉悦は藻屑よりも儚く私を嘲笑います。私の苦悩は実直に表すると大衆を傷つけてしまうのです。その規模は決して看過されぬ甚大さを伴い、またしても昼も、夜も、机に屈服するしか生き方を知り得ないのです。笑ってくれれば幸甚に値するでしょうか。もはやそれすら、私にはいっさいわからずに永遠に漂う蜃気楼のような視界でしか物を、人間を、見ることが許されない哀れな人間なのです〟

だろうか。思クソふざけて書いたが本気で太宰治の文体に寄せて書いてみた。これが人力。そしてAIの文脈。例えば――上の文章をAIに「太宰治風に」と投げてみる。すると、ガチガチの太宰テイストを秒で吐き出す。

――悔しいからそれを実行してここに並べることは、――実証として文末に貼ってみようかなと考える。あと、例文は俺の創作である。何が言いたいのかと言うと、音楽の生成AIでも同様のことが現在進行中ということである。

――“「タイトルを入力」という文字を眺めて数時間は経つ”

などという生成AIサービスの広告のキャッチコピーを電車で目にした。ああ。そのタイトルがどうこうって、あれか。パワポの最初の未着手状態のことを表象すればいいのね。つまり、数時間真っ白な画面の前で悩まずとも、パワポの資料作成とかの作業は御社のAIのなんらかで秒で出来ると。そう言いたいわけね。と、それくらいはすぐにわかった。

むしろ、この先はそれが主流になることは明白だと思っている。俺だって計算はそろばんや暗算ではなくコンピュータを使う。文字は主にワードプロセッサーで書く。簡易的情報収拾は辞書や雑誌ではなくインターネットを使用する。だから創作も、制作も、作成も、この先はAIが先導をと。すると合点が行く。

なんだか寂しくなってきたけどDAWを開いた。「Suno」とかのAIではなく、いつも使う「Studio One」というやつである。昨日の続き。メロディのハーモニーを考えて、シンセサイザーの鍵盤を生演奏してトラックを重ねた。

すると先ほどの太宰思考があったとしても、そういったものは全て彼方に消し飛ぶほどの嬉しみがあった。「美しい」「綺麗だ」「かっこいい」「気持ちいい」「うん、エレクトリックギターのパートも入れたくなってきたな!」「いや、これで出来ていると言えば出来ている」――「でも〝汚れ〟が欲しい」「ノイズが欲しい」「空間の揺らぎを専攻楽器で広げたいね! アナログ・ディレイを直結してね!」などなど、楽しくて仕方がなかった。DAWを閉じた。

この先、人間にとって創作をする意味とは、と唸ってみた。

「楽しいから」「やってると幸せだから」くらいでいいんじゃないかな。

人間が利便性と思考の軽量化を最適化したその未来にあるのは、決して、磔のような営みであって欲しくない。

――さっきの例文。本当にAIへ「太宰度数100%で」と投じ、俺の文章をマックス・太宰風に吐き出してもらってみた。すると、肌感覚的にあんま変わらなかった気がするのは俺の文学力の無さの露呈だろうか。

とにかく貼る意味をあまり感じなかったからいいか。と、思った。恥の上塗りはもうたくさんなのであります。そういうのもういいんだけど、俺には本気で違いがあまりよくわからなかったことをどう捉えるべきか。

永遠に漂う蜃気楼のような視界でしか物を、人間を、見ることが許されない。なんて、ある種ロマンティックだとか思っている俺は確実に間違えている。しかし毎日創作をしていると、明るい意味でそんな気持ちにもなれる。

そこばかりは、演算では再現・出力不可能なのだろうか。それを人間の文脈という風に呼びたいな。つかAI便利だけどね。
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仕事を6時間ほどして寿司を買う。パックの廉価の寿司を狙う。時間的にどうだろう。まだ早い。しかしひょっとして――という期待の念は値引きシールに反映されず。たまにはいいか……と、定価で買う。とはいえ680円。大人が悩む価格ではない。――清算後に寿司売り場に店員が。何をしている。よせ。明らかに何かを、確かに貼っている。たったの数分で俺は損失した。などとは考えぬように帰路につく。寿司を大事にぶらさげて。

ストラトキャスターの弦を張り替える。寿司はまだ。そのあと。まだ早い。一通りチューニングまでしてギターの弦を慣らす。馴染ませる。俺の腕もそうするか。そう思い、宅に鎮座する真空管アンプ・Fender Hot Rod Deluxe 平吉カスタム。調整に改造。それに5万円はかけた。その相棒の血流に電気をせり流す。

真空管アンプから出力されるギターサウンドの音圧はいつだって青年期の初期衝動を脊髄反射で呼び起こす。

綻びたストラップを肩に回す。1980年製のストラトキャスターをかき鳴らす。ゆっくりアルペジオからだ。――足元にはひとつだけコンパクト・エフェクター。三代目・ブルースドライバー。正式には「BOSS BD-2 Blues Driver」。

歪みの基本中の基本、弾き手の演奏を鏡のように映し出す名器と呼ばれるエフェクター。訳あって、三回これを買った。初代は博奕代欲しさに呆けて売却。二代目は真面目にライブで踏み殺した。よって三代目。いなたい歪み、粋な倍音が脳波を揺らがす。

90分ほど弾いた。すると何だか健康になる。ようやく食べる寿司は、ネタによっては実に生臭かった。しかし、その腐臭手前の命の終焉を頂戴する気持ちで神妙に。そうなるべきなのだが「酢」で誤魔化そうとするすんでのところでそのまま食べる。――寝る。60分後、またひとつ健康になりDAWを開く。

――この曲にエレクトリックギターパート、要る?――無くても成立している。なんならここからMIX工程に入ることは決しておかしくないです。――じゃあそのままでいいじゃない。あんましこだわっても君以外には伝わらないよ?――そうですか。じゃあ、ギター入れますね。――じゃあって何よ。――その一手間の妙……。――は?――寿司に例えましょうか?――いいよ。命の終焉とか言いたいんでしょ?――やや異なります。むしろ逆です。――そう言うと思ったよ。じゃあアナログディレイ、それ使ってほら。――ふふ。――なに?――原音よりもディレイの音が前面に。何かに似てるとは思いませんか?

そこから数時間費やし、やや後悔。それは生活リズム面において。楽曲面においては苦戦してでも詰めて良かった、というほどの、伝わらないであろう追加のギターパートに恍惚とする。気色悪いほどに。

自分なりに原始的に良かれと思って浮き彫りにする行為は、実体の倍数を前面に出す。その虚像の具現化は現物の存在に花を添える。

――言い方が気色悪いんだけど。――認めます。でも、録音したトラックは「気持ちいい」以外に語彙を使いたくないのです。――それが〝何かに似てる〟やつかい?――そうですね。寿司に例えましょうか?――買って2分で値引きシール施されたのがそんなに悔しいの?――詭弁だ。――おいしかったでしょ?――はい。特に白身のやつが。――そこから倍数とか倍音の話に繋がるの?――いえその。――「ギター弾いて寿司食べて録音しました」と、一行で済む話じゃない。――そこのディティールを記すことが重要です。――そんなん、疲れない?――いや。――僕、もう寝ていい?――お疲れ様でした。俺はもうちょい……。――まだ早いの?――いえ、そのディティールにこそ営みの倍音が。――〝過程〟って言いなよ。

生活の揺らぎが俺を鼓舞したような一日。生きる過程を愛でては26時。あまり関心しない。

しかし、演算無しに恍惚となれる、そのいくつかの瞬間があるからこそ毎日楽しく過ごせる感謝に嘘は無い。疑いたくない。
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池袋の上。綺麗であった。それとの関係性について考えた。曲が綺麗であった。おっちゃん?――いたね。――呑んどったね。君は?――むむむむむ。

大量に文字を積つねる。――そこに〝義務〟があるの?――無い。

ただ、今日はずっとね。――ふうむ。――きいてくださいよ! いい曲がなんと!――ふうん。

いつまで僕に依存するんだい?――えっと。――大事なことだよ。――えっと。――僕は君を。――なんすか?――容易に君はいつだって。――何が言いたいんですか?――かんたんに。――かんたんって何すか?――スピード。――。

――シンプルにお腹すいたからご飯たべて、寝ようかな。

速度の逸脱も抑制も制した。その日。ほんとうに、ふざけてなく気持ちは良かった寧日。酩酊はしていない。
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一般的なボリューム感で仕事をこなし、楽曲制作を進める。昨日の時点でトラックは録音し終えた。と、確認するようにプレイバック。

机上にある紙を一瞥。すると、〝できてます。きもちがいいのがすずいからね〟と、手元のメモ書きに気の毒なくらい小さい文字で書かれては平仮名なのに誤字っている意味不明の宣言が記してあった。

――誤字メモの上には進行予定工程として「DelayかFuzz Gt +1 OK」と書かれて一本の斜線。済んだことを意味する。

その直下にスプリットするような記号が伸び、「Gt_02」と書かれてそれは二重線の斜線。削除を意味する。

そしてその下に女子のような筆跡で「MIXへ。」と、元気よく記されては両脇にダブルクォーテーションで、“このように”括りたかったであろうが、照れた漫画キャラの頬の赤みを表現するかのようなトリプルクォーテーションで、///このように///囲まれていた。嬉しかったんだろうね。

そのメモにならい、DAWを開いてプレイバック。猜疑の耳で聴く。あえて、「本当にアンサンブルしているか?」と、クリティカルに吟味する。すると、///MIXへ。///という直筆宣言は閾下感覚でOKと断じた。

各トラックの色彩を統合するように音量を整える。プラグインを適度にねじ込み、彩度を上げる。低音域の暴れでマスターメーターが赤くならぬまで執拗にギリギリのラインを攻め、ピークオーバーを回避する。しかし洋楽カラーのLowの出力には絶対に妥協せず。今度こそ、リファレンスのビリー・アイリッシュに勝つ。という意気込みは毎回あるのだが今度こそどうだろう。

――「いい音は金で買える」という知人の名言がある。その通りだと思う。いつだって、最新の洋楽サウンドをリファレンスしてはギリギリまで詰めるも最後に漏らす言葉はいつも同一。「これ以上はお金をかけないと無理だね」と。金額にして合計7桁の機材たちを駆使するも、最新の洋楽は8桁、9桁、それくらいの金額の機材を網羅させる。

ビリー・アイリッシュに勝てる訳がねえんだよ。という風には考えない。目指す音像は世界を視野に。その気概はいいと思うよ。

完全に最終形がみえたところでDAWを閉じる。満悦の気持ちで夜を跨ぐ。音楽制作物は収益となる。それもある。ただ、やはり手前で素敵だねと思えるものが仕上がっていくその過程がたまらない。

「今ならAIでそれくらいのクオリティの曲、秒で出来るよ?」などと誰ぞに言われたらそいつの頸動脈を。などとは考えない。それはそれ。俺がつくっているのは営みが根幹にある。人間の文脈。そのように言い返しては議論にも発展せず。それでいいのかは考えない。

感性を試行錯誤して音を重ねる。演奏して重ねる。足し算か、引き算か、直筆で時系列に書く。それを実行する。しないのもある。筆跡まで変わってしまうほどの嬉しみをトリプルクォーテーションで括る。――そういった、楽器とDAWと机の文脈が〝滲み出した何かをどうか感じ取って嬉しんで欲しい〟というわりとマシな思いとなり、それは考えるようにする。

鉛筆で楽譜に起こすこともメモ書きをすることも、不純物的な行為であり必要不可欠ではないのかもしれない。それはただの人間のノイズなのかもしれない。ただ、それが無いと、無菌室で何も疑わずに育って作られたアンドロイドのような冷たい表情で笑う。

〝何故笑っているのかの理由を一瞬考えてしまう〟というものではなく。〝何故かわからないが笑む〟というものを創作し続けられたらな。と、いつまでも続くとは限らない日々の生活に感謝を。

その気持ちは、言語を読むのではなく、筆跡から感じ取れるメモ書きからの温度にも出てるのかな。などと思う。
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十分仕事し90分、仮眠をとる。本気寝はだいたい6、7時間。妥当、だろうか。そのような日が最近多い。今日もそうだった。アンビエント音楽を仕事部屋に拡げてソファに横臥した。夢が落ちてきた。ひとつ落ちてきた。それが時間を歪曲させて連鎖した。10年以上前の夢すら表象した。

北東にピンク色の塔がある。いつにみた景色だったろうか。きついピンク色だ。水滴が淵を渡るように別の夢に推移した。円状の建物の三階あたりを一周。通路があった。そこを匍匐前進した。芸者が何人かすれ違う。白い和服を着てやけに短い歩幅で床を擦る。江戸時代、あたりだろうか。水滴が波及した。夢の連想というのがあるのだろうか。それを7、8回繰り返しては金属音を察知した。辺りからの自然音なのか、音響なのか、全くわからなかった。ハイハット、執拗な連打。アナログシンセサイザーの音色が橙色に。音が止んだ。スピーカーからの音だった。エイフェックス・ツインの音響だった。

90分を確認してDAWを開いた。一聴して出来ていると判断。すぐさまアウトボード機材に数トラックほどイン・リターン。倍音を広げる。キックの音がJ-POPだ。それを回避する。手動で機材のツマミを撫でては根元を固める。マスター調整をする。難航する。トラック同士が淵を遮るように分離している。「これはクリアとは言わない」。

AI機能までついているマキシマイザーで音圧を確認する。イギリスはアビーロードスタジオを模したプラグインを挿入する。イコライザー、コンプレッションで低音を制する。淵がくっきりみえる。「それはクリアとは言わない」。音域別にステレオレベルを広げる。水滴が波及した。音の連想というのがあるのだろうか。ローズピアノの打鍵から始まった制作過程の尻尾がみえた。

そんな過程、言わなきゃ誰も。などと思うが実のところ夢の連鎖を音に落とし込みたかった。などと言うと正気を疑われかねないがストラトキャスターのディレイとリバーブが一本で和声を湖上で漂うかのようなサウンド。それを、各トラックとくっつけたかった。淵で分離させたくなかった。それがほぼ、出来ては夢を思い出そうとした。

ピンクの塔と江戸時代の通路。それは明瞭に覚えているがそれ以外が朧げ。だからその意識を音に、落とし込めているのかどうかと言うといよいよな思考かもしれないが真っ当だと信じたい。

MIXをしていて、理由はわからないが閾下から水滴が上に跳ねる感覚が正解――正確には正解不正解はあり得ないけど――という判断基準がある。それは、夢でみた、あの、胎児のままで揺れているも確かに次々と移動をしてはフェイドアウトするように本物の外がみられる。

そのような意味不明な例えしか出てこないが、嘘はついていない。薄気味不明瞭な感覚に、どう、落とし所をつけるか。創作が適しているという個人的思惟。

夢が正直な表象の連鎖だとしたら、現実の思考は単なる連想にすぎないのであろうか? 知るかよ。

思ったことを10分くらいで一筆書きするとこんなに意味がわからなくなるのか。夢の水滴と現実の淵を繋げようとして、そこに一体何の意味があるのか? 知るかよ。
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「肩甲骨回し」たるストレッチを〝1日100回!〟続けて健康アンチエイジングに精神快活に加えてデトックス。だって?――実に嘘くさくも扇情的で実行せぬ者は如実に損を被っていると俺の琴線を煽りまくる現代社会の末端コンテンツのようなYouTube動画に出会った。

そんな簡単にいくなら国民全員やってるよ。つか100回も回したら肩がもげる。――そのように俺は批判的に、ポップなフォントの字幕で埋め尽くされたナンセンスな動画サムネイルを一瞥してはすぐに再生。――「ゆっくりですよ〜!」などと、仮面のような笑顔で視聴者を促す白衣の演者の言う通りに、俺は、ぐるぐると無心でしこたま肩を回した。

――起床して一服しながら。仕事の合間に。空を眺めながら。うどんを茹でる待機時間。仮眠前の数十分のインプットタイムに。とにかく俺は肩甲骨が死ぬのではというほど徹底的に「肩甲骨回し」を日々、実行した。

そのYouTube動画との邂逅から4日目。すさまじく清爽な気分で寝起きを迎えた。仕事をするモチベーションの確かな上昇自覚。疲れない。デトックス的アウトプットの回数が倍以上に。外の空気を吸うと懐かしい気持ちになる。仮眠をしたところ「無くなるのでは」という例えが最も適切な感覚に。リラックスの涅槃を2度体験する。

ことあるごとに回す肩。賜る恩恵極めて顕著。五感が冴えては全てが光る。その表象は虚像にあらず。現につとめて営み捗る。明朗快活生気蓬勃。褐色脂肪細胞再起動。ミトコンドリアの活性化。血流良好血圧良好。若鳩の頃の記憶再生。代謝促進蘇る気概。自律神経適正作動。身体機能再構築。

むちゃくちゃ元気になったという事実。肩を執拗に回し続けた結果の事実。プラシーボ効果もあるかもしれない。しかしそれを引き起こすことについてはポジティブに捉えることが健全と見なす。

――「あ、すいません」と、駅のプラットフォームで回す肩先がおっちゃんに当たりそうになり謝罪。それくらいどこでも回す。肩を回す。「手先を首元頸動脈位置に当てて肘を人工心肺装置をイメージして回すことが重要だな」――などと〝コツ〟を掴む。

なんならこの4日で累計1,000回は回したという肌感覚の肩甲骨。それだけなのに、45歳という年齢から逆走できる実感を確かに得る。

死ぬほど些細なことが日々の営みの斜陽を逆転させる。そんなことあるのか。と、疑う視点優位ではあったが実施したところ上の通り。

――ただの思い込みかもしれない。しかし、喫驚の3つ上の語彙に達する効果を得たものだから根拠を調べた。理を認めた。

駆動させるだけで、身体起因のポテンシャルを引き出せる。その事実。これで白髪も減ってくるかな。などという希望観測すら事実ベースでいける気がしてならない。

人間とは思い込みでできており、信じられるきっかけの糸さえ掴めばその先に豊富な幸福が分岐している。

などとも思うが、肩を回しただけのこと。加齢を気にする年頃であることが露呈しただけのこと。――なんて深い呼吸が気持ちいいんだろう。今日は空から20代の匂いがした。
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歯医者に行く。25年ぶりである。いやだなあ。

ジジジジッジジジッッジジジ! という施術のサウンドが先行する脳内。子供の頃――歯科検診が嫌すぎてその類の要書をドブにそっと捨てた記憶――。それくらい、嫌だ。

だが、半年前に血まみれになり前歯が恒常を逸したのは見逃せない。そして数日、以後経過と共にグラつく前歯は了承に。しかし「あと10%の違和感」がなくならないので意を決した。歯医者に行く。

――やけに清潔な女史が居た。はっきり言って、タイプである。だが残酷なほど俺の歯の全貌を明るみにすべくその行為促し「うがいはですね。ここで〜」たる斡旋は俺の脳内神経伝達物質を活性化させては「はい」としか言えない。

結果。「放っておけばいいっすね」という雑な診断結果に安堵。ふざけるな。「もうちょい、なんかありますよね?」とやら食い下がる。

しかし「3D」なんちゃらなる検査の結果「別に――」という顛末。すなわち俺の歯は頑張っていていてそのままでよし。とのこと。

安心を言語化するならばそれは主体の確認にしかなりえない。

――などと思って酒を呑む。おもむろに呑む。今日あたり馴染みの赤羽の立ち吞み屋に付いては「哲学ニキ」という愛称を雑に略され〝てっちゃんと〟呼称されてはルンルンとゆっくり。いちおう、手元にあるウィトゲンシュタインの書籍をチラと寄せたが話は弾まず。

――今も呑んでは今日は休日である。時間感覚が怪しい以外、何も怪訝ではない。ただ、四半期ぶりに歯医者に行ったこと。それだけを認める以外に評価が見当たらない本日。いいか。どうか。気持ちよしか。どうなのか。などと思う。
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“安心を言語化するならばそれは主体の確認にしかなりえない。”などという節がよく出てきたな。と、今日何をしていたのか本気でほぼほぼ覚えていない体たらく。ラーメンを食べたのはよく覚えている。それ以外は。

酒を呑んでいた。DAWを開いてMIXをした。それ以外は本当にバラバラに時間が散った。今、案外ちゃんとタイピングできているということは酒、抜けてはきているがぼやぼやとする。

というか酔ってMIX作業はやべえだろと思いDAWを開いてむちゃくちゃな音像にしていないか確認する。――するとほぼイジっておらずに綺麗な仕上がり。というか出来ているな。と、安心。

だんだん正気を思い出してきては深夜の静けさ。贅沢なようで無駄なようで溶かすような一日。本当に、たまに。くらいにしたほうがいいなと、よく思う。とにかく、歯が「放っておけばいいっすね」という症状でよかったよ。
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7つの命題から成り立つ書籍を読んでいる。人生で出会ってきた様々な書籍の中でも最も何を言っているのかわからない内容かもしれない。それでも、何とか通読しようと七つの命題に掴まって進む。

7つのセクションから成り立つ楽曲をつくっている。はっきり言ってわりと地味な楽曲なのだが制作過程に思い入れがある。

――「全部転調したら面白いんじゃないか」と、鍵盤を叩いては楽譜にセクションを七つ書き記す発端。本当に転調しまくってるのだが言わなきゃ誰も気がつかない。制作過程なんてそんなものかもしれない。

さすがにもう出来ただろ。――と、GENELEC製というフィンランドが生んだ素晴らしいスピーカーからは美麗なサウンドしか聴こえてこない。

しかし音源を書き出してwavファイルを一応ヘッドフォンチェックすると、そのSony製「MDR-CD900ST」たるレコーディングの定番中の定番のアウトプットから〝鳴ってはいけない類のノイズ〟を検出。

やめてくれ。もうこんなに詰めて完璧だと断じた音源。致命的なノイズの混入。「まあいいか」では済まされない。各生演奏パートの〝ノイズ〟や〝揺らぎ〟に関してはあえて残した。呼吸を生かすためである。

ローズピアノ、アコースティックギター2本、多重録音されているように聴こえるが実は1本のみのエレクトリックギター、漢の完走テイクでねじこんだプレジション・ベース。タンバリン。打ち込みではなく演奏したシンセサイザー2本。

――正直言って全パート揺れまくっている。何ならミスっている箇所もある。だが、MIXするとそれらの呼吸が不思議と一体になる経験則がある。それを信じる。それ。それを狙ってあえて荒いテイクを採用。なのに何で最終最後の工程で許せないノイズが。

犯人探しのために全トラックを一本ずつ出力し、あらゆるプラグインを抜き差しし、原因を探る。そんなことしてたらもう25時を過ぎている。――しかし犯人はつきとめた。マスターに突っ込んだコンプレッサー。こいつがどうも今回は相性が良くなかったもよう。外したら藻屑のような許せんノイズは消え去った。

――安堵して、もう一度音源として書き出す。そんな時間はもう無いよ。という体たらくだったので明日に持ち越し。楽曲制作にどこまで執念を融解させるかが重要なのか?――そりゃそうでしょ。――ですよね。俺もそう思います。つまり妥協は禁物と。

7つの命題から成り立つ書籍を読んでいる。『論理哲学論考』という。ウィトゲンシュタイン初期のやつ。――その制作時期の営みか、その制作時期に読んでいた書籍から楽曲タイトルを考えることが多い。

7つのセクションから成り立つ楽曲。出来すぎだろというシンクロを見逃さず、『論考』と略されるそのアカデミックな書籍のタイトルに〝七〟を足した素敵なタイトルを付けては嬉しくなって笑顔で楽譜の最上段にそのタイトルを鉛筆で書いた。そのあとノイズ地獄が。

――とはいえ着地点が見えたので明日出来るだろ。とも思うがまた謎のアクシデントが怖いが、きちんと、「これ以上は無理。ビリー・アイリッシュの低音域の音像には勝てなかったよ今回も」とか漏らすまでは詰める。べき。

ただの偶然にしてもこう、〝7〟が揃うってなんかいいよね。
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ビリー・アイリッシュの楽曲「everything i wanted」は、第63回グラミー賞にて、年間最優秀レコード賞を受賞。素敵で大好きな楽曲。低音域が空気を揺らがせ開胸させるほど恍惚とする。

静謐だがくっきりと、超低音域が四つ打ちで鼓動する。これをリファレンスしてMIXを。詰めの問題も解決した。

じゃあ、書き出して完成だなと「everything i wanted」を同一の出力音量で聴く。すると「あ」と声が出て、――確実に俺の楽曲のLowの方が。と、未熟さを認める。

そのままではここまで詰めた意味が無い。と、リファレンスに勝つまでMIXを詰める。しかし明らかに劣っている現状が極めて遺憾。

そもそも楽曲のカラーがそこまでは似ていない。だから寄せる必要性は無い。しかし、キックとベースのサウンドが肋のように痩せていると「完成」という俺個人のスレッショルドが触れない。ピーンとこない。ときめかない。気持ち良いと思えない。確実にビリー・アイリッシュに負けている。それが悔しい。

もう目的すら変わっている気がするがあの手この手を駆使する。キックトラックそのものを3トラックのレイヤーとして重ねる。出力始点をミリ単位で調整する。マキシマイザーで音圧を稼ぐ。倍音を増してみる。逆に低音域そのもの自体をイコライザーで抑えてみる。アウトボード機材のつまみをくすぐるようにイジる。ベースの位相を変えてみる。サイドチェインで畝らせてみる。そもそもギターの低音域と喧嘩しているのか。と、アンプシミュレーターの低音を制御する。だめだ。ビリー・アイリッシュに勝てない。

――勝てないだって? 君、昔に博奕場で学んだって言ってたよね。――そうでした!――〝勝てない時〟はどうするんだっけ?――〝いつもと違うことをする〟――鉄則だよね。――それです!――じゃあどうしようか?――いつもと違うMIXアプローチをする!――そうそう。博奕もそうだよね。勝てないのに下手にそのままの姿勢で突っ込むと永遠に金が減る。――だからいつもと違うことをすると!――そうそう。――博奕ってそれでも勝てない時は絶対勝てないすけどね。――うん。これは博奕じゃないよ。ビリーとの勝負だね。――何で彼女と俺は勝負してるんすか?――気が済まないからでしょ?――つか勝てる訳なくないですか?――本当にそう思っているの?――がっ。

――メインのキックと、超低音域出力用のキックの音量を逆にした。いつもは絶対にやらない。たったそれだけのことで近くなってきた。麻雀に例えると、いつもは必ずリーチする局面だがせず、当たり牌が出ても「ロン」と言わず、その次の順で思い切り高目をツモった気分。やめよう。

――そこに、いつも絶対使わないゲート系のプラグインをねじ込んだ。音のタイム感を制御した。すると低音域が空気を揺らがせ開胸させる感覚を得た。「everything i wanted」を聴いた。聴き比べた。――「あ」と声が出て、遜色ない低音域サウンドに昇華されたことを確認。感覚がそう判断した。

やったと思い、今度はマスターメーターの確認。「音圧の上限」を死守する。そうしないと全体が破綻するからである。0.1秒以下ごとに変化するラウドネス数値を刮目し続けては異様に目が凝る。しばらく全体調整し、いつもの自分の基準値以下に制御され、かつ、「everything i wanted」に引けを取らない低音域サウンドが出来たと判断できた。嬉しい。なんて嬉しいんだ。と、経過した時間を振り返ると卒倒しそうになったのでDAWを閉じる。

――そんな制作過程のことなんて言わなきゃ誰も気づかないし、気にもしないよ。――いいんです。ビリー・アイリッシュに勝つまではいかずとも、その芯には触れた確かな柔らかい感触と恍惚の雫が脊髄で反応したので。――気色わるいこと言うね。――いいんです。かっこいい低音域が実現できればそれでいいんです。――ビリーに勝ったら君がグラミー賞かもね。はは。――そういうんじゃないんです。――じゃあ何?――気付きながらも妥協したままだと自分にも他者にも不親切だからです。

――今日も親切丁寧に創作に励んでは。と、言うと相当な嘘が混じる。気持ちいLowが実現した。完成させて楽曲を上げたとする。でも、誰も気づかない過程。けれども。

没頭する過程の深部において自身が気付く各要素があり、見方と感度に変化が生じる。もしもそれが無くなったとしたら、人間はどうして創作をするのだろうか。

今のところ、よくはわからない。

あと、俺はビリー・アイリッシュを尊重している。
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制作脳が数字や均衡を判断して「よし」と言う。受動脳が感覚のみで判断して「よし」と言う。どっちが主体だろう?

とにかく手こずったが楽曲が出来た。はず。書き出したファイルを明日の日中のピッチピチの脳で判断する。どっちの脳で判断するんだろう。どっちが主体だろう?

――どっちだと思う?――わからないんですけど、わかったことが今日ありましてね。――楽曲のことじゃなくて?――はい。――何がわかったの?――あなたの正体ですよ。係りの者よ。――へええ。説明してよ。――まずは書き起こすので参照をご覧ください。――だるいなあ。

“5-641  だから実際、ある意味において、哲学では心理学を無視して「私」のことを話題にすることができる。
「私」が哲学のなかに入ってくるのは、「世界は私の世界である」ということを通ってである。
哲学の「私」は、人間ではない。人間のからだではない。心理学で扱われる人間の心ではない。そうではなく、形而上学的な主体である。世界の――一部ではなく――境界である。”

どうです。参ったでしょうさすがに。あなたの正体が露呈されましたね。――何?――近ごろ読んでいる書籍に上のように書いてあって、俺ね。ピーンとパルスが走りましたわ。――そんな簡単に神経細胞の電気信号がおめでたいことになったの?――悔しいでしょ。断じられてましたよ。あまりにも逃げ道がない筆致であなたの正体が書いてありましてね。――そう。それで、それをどう解釈したの?

俺は統合失調症でもなければ解離性パーソナリティなんちゃらでもない。正気である。つまり、冷静沈着に俺を諭す係りの者の実相は、偉い学者さんによってその芯に触れていたのである。

――それで君の気も触れたと。――はは。悔しいでしょうも。――じゃあ僕を端的に説明してよ。その文脈で。――いいでしょう。――興奮してきたな。――ん。誰かと入れ替わった?――いや、ふざけただけ。はやく説明してよ。――はい。あなたは「俺自身」でも「俺の超自我」でもなく〝形而上学的な主体〟なんだよう! 一切合切お見通しだ!――指差さないほうがいいよ。ええ。まず、“形而上”の意味わかってる?――えと、〝ハイパー〟的な?――わかってないじゃん。――教えてください。――まあ、いい線ついてるけど惜しいよ。端的には〝五感で捉えられない理〟かな。――どうも。

楽曲が出来たかどうか。俺は制作脳で延々と詰めては「これならできている。かな?」と、考え抜いた。そこに、形而上学的な主体とやらがようやく加わっては「出来てるよ」と、〝五感でとらえられない理〟で判断を下した。

――何でそんなにややこしく考えるの?――腹立たしいからです。――何が?――スススと出来るという目論見が伸びまくった事実に対してです。――執拗だったよね。誰も気にしない部分を詰めて。――さっき、あなたが「出来てる」って断じたじゃないですか?――だって出来てたからね。――そうですか。俺はね、まだいけると思ってたんですけど……。――けど?――これ以上やったら飽和するかなと。――何が?――主体が、です。――その結果どうなったの?――あなたが無言で審問しては断じたと。――簡単に言うと?――“世界の――一部ではなく――境界”というやつが五感に落とし込まれたのです!――視座の低い解釈も甚だしいね。

意味がわからない書籍を読む。すると意味がわからない。だが、せめて、芯には触れたい。その場所は、活字上ではなかったのかもしれない。

それを言いたいのだが、係りの者はそれすらもナンセンスと下す。だから俺はハイパーと言ったがそれすらも。

ひとつ感じたことがある。人間の感情は思いもよらぬルートで繋がり網を縫ってはそれを破ってまた糸を手に持つ。その糸を疑っては時間を使ってその概念を飽和させ、網のようなもので統合しようと頑張る。

――きっと君は誤読してるよ。その書籍を。――それでもいいんです。――だめっしょ。――だめくない!――理由は?――内容について、断じられたことを「正確に理解した」と顔を紅潮させては嬉しむ様は俺はあまり。――あまり?――好きじゃないんです。――好みの問題なの? ウィトゲンシュタインが言いたいことは、まあ、当時だろうけど、そうではないと思うよ?――いいんです。――いいのかい?――だって、ハイパーなあなたが来てくれては楽曲を認めてようやく音源が出来たので。――そうしないとずっと螺旋で転がる君を見ていられなくてね。――それが面白くて。――真っ直ぐ生きられないの?――はい?――MIX作業のし過ぎで耳が死んでるね。――大丈夫です。あなたが判断してくれたので。――まあ、明日起きて改めて聴いてみなよ……。――クソだったらどうしましょ?――そしたら一旦僕は引っ込むよ。――なんならもう、やってもらっていいすかね?――そしたら主体が死ぬよ?――それは困ります。

自身という主体は世界と繋がっていると信じていた。そうでなければ寂しくて仕方がないからである。しかし、境界があると言う先人も居る。

そのへんのことを――あんまし考えずにただ、ピーンとはきたかな、というだけの感覚に名前は付いているのだろうか。

境界とは、繋ぐものなのか、隔てる〝役割〟のことなのか。

それすらわからずに生きている者に、世界のどこかを語る権利があるのだろうか。

全くもってわからないので出典は控えるのが吉。だろうか。
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「ファッキン ポーリス ファッキン ポーリス」などと、〝G〟の巡回コードで歌っては、俺が歌っては、外国人である兄さんが歌っては、赤羽公園の夜が雑に鳴る。それだけの一日であった。

警察官は言った。「楽器は――」と。俺はアコースティックギターを片手に警察官に謝罪した。「あ。すみませんです」と。公然の場でのやかましい行為は適切ではない。それを対面する外国人に案内するように簡単な日本語で言った。

「ファッキン ポーリス ファッキン ポーリス」と改めて歌い、その後に〝G〟の巡回コードで歌っては外国人はなんかインスタとかそのあたりを触れていた。外国人が増えた。計4名かな。

――若鳩2名男女が居た。酔っ払っていた。俺もだ。しかし女性の方が危ない。即座に水を買って与えた。2度与えた。女性は綺麗な黒髪であった。男性はチャラかった。彼らはすると落ち着いた。俺は感謝された。水を与えた行為に。素敵な言葉を男性は俺に与えた。――何だったったっけ?――覚えてなくていいんじゃない?――くらいの場面。外国人たちと公園で呑んでは宅で寝て。

――なんという体たらく。

だが、忘れられないのは「ニジュウゴサイデス。ボク」とか言う外国人と赤羽公園で雑にアドリブでつくって教えた〝G〟の巡回コードから成る 「ファッキン ポーリス ファッキン ポーリス」という歌が今も鳴る。

お巡りさんごめんなさい。
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一日、意図的にというか正直に酒を呑み過ぎたのでおとなしく、転がっていた。だいたいはソファに。

しかしメールチェックなどのルーティーンはこまめに行う。公開した楽曲を聴いては完成形を確認し、よく出来たなあ。などと褒める。

――転がっているだけで、寝てはいない。覚醒と睡眠の中間でアイドリング。ラジオをバックグラウンドで聴く。それだけで何もしていないのだが頭が高速回転していてはそれをここに文字起こししたら数万字は羅列される。であろうがそれもしない。

一昨日あたりまで数日、3日くらい、フル稼働するとそのツケがくる。たくさん酒を呑んでしまう。という言い回しに少々の後悔が混じっているあたり、本当に気をつけた方がいいなと省みる。べしである。

今日は確認行為的タスク以外は何もしていない。静かな筆致でここもおさめて次を元気に生きるべし。というくらい静かに。
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「僕も手伝うから小説を書こう!」

――と、原稿用紙に書いて思った。文脈は飛ばすが、その一節を書いて思った。第三作目に着手した。ちょうど一ヶ月前、母親の命日に第二作目を完成させて『文藝賞』にエントリーした。それから一ヶ月。文学への挑戦に拍車を掛ける。

――第二作目が健闘して編集部に拾ってもらえた。文学界にデビューできた。と、なれば嬉しい。だが、それまでには時間的距離がある。だからその間も原稿を、作品を書く。第三作目。中長編の予定。プロットはある。しかし構成がすさまじく難しい。「どう走り出せばいい?」。それがわからなかった。

「僕も手伝うから小説を書こう!」

と、原稿用紙10枚目あたりに書いて思った。そこまでで第1章。そこまで今日は書いた。読み返した。誤字脱字がひどかった。それくらいの速度で書いた。そうでないと「上手く書こう」などという、たぶん要らない思考が生じてしまう。その前に書く。読み返す。興奮できた。「走り切り方」もわかった。それが大きい。

明日以降に原稿を開いては「どう書くかねえ」という〝迷い〟が生じないスタイルを閃いた。危険なスタイルだと思う。

良く言って実験作。良く評されて問題作。そうでなければ――考えない。それは今は考えない。まずは初稿を書ききることが重要。そのロードマップが、そんなにややこしくはないのだが、光明をみた。

気のせいかどうかは書いてからでないとわからない。そこに行くまでが楽しい。その後――「第三作目はどこの公募に」などは、今は決めていない。ただ、「次の作品も既にある」という事実と態度と行動がなければ作家になんて俺はなれないと思っている。なっても後が続かないと思っている。俺は、作家になる前提だから、それをする。シンプルかなあ。

第二作目の公募の結果は夏〜冬にかけて、わかる。

もしかしたら、思いのほか素早く第三作目が完成して、どこかの公募にエントリーするのかもしれない。あるいは、第二作目が健闘して、編集者と口が聞けて「こんなんも次、あるんですわ」と、原稿を見てもらえるチャンスを絶対に逃さない弾倉となるのかもしれない。いずれにせよ、弾は多いに越したことはない。前提として、「しっかりとした弾であること」。

――昨日まで一ヶ月ほど、小説原稿から離れて楽曲制作をしていた。昨日公開した。プラットフォーム・DOVA-SYNDROMEでの初動の数字は、俺の基準として優秀だった。嬉しかった。世間の基準として、及第点以上であろうか。執拗に詰めてよかったなと心底思える。スマートフォンなどのデバイス本体などで聴くと機器がジリジリ鳴るほどに詰めた低音域のこだわり、伝わるといいな。などと思う。

じゃあ次の曲も。とも思ったが、小説を書きたかった。書き方が難しいプロットだからずっと閾下で考えていた。――さっき、エイフェックス・ツインのアンビエントを聴きながら仮眠してムクと起きたら「これだ」と閃いた。そのスタイルで試しにと、まず第1章として書いてみた。そしたらラストシーンまで完走できるイメージが明瞭に湧いた。

「僕も手伝うから小説を書こう!」

という部分だけ抜き出すと何を言っているのか甚だ不明である。しかしこれが全てだった、と、――実のところそんなん常套手段であることだったらびっくりするが、そうでないことを祈る。楽曲も小説も、創作って行くまでの道中が楽しくて。
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なんて気持ちがいいんだ。目覚めが清涼だ。食事だって摂る快感の度合いが上がっている。代謝がおかしなくらい上がっている。水が美味い。そんな感想いつぶりに言葉にした。生活が楽しい。健康を感じる。感度の全てが明らかに若鳩の頃を想起させる。――それもきっと、先日から継続しているエクササイズ「肩甲骨回し」が恐ろしいくらいに決まっている。それ以外に理由が思い当たらない。ちょっと今もグルッとゆっくり肩を回す。間違いなく呼吸が深くなり血流捗り副交感神経が活性化してはミトコンドリアがやる気を出した。身体の何かが、再起動した。

――つとめてしっかり仕事を成す。読書をしては難読悶絶。休息必須、部屋に流すはアンビエント・ミュージック。最近こればっかり聴いている。60分から90分。仮眠をしては閾下の思考を熟させる。原稿を開く。

書くのだが、難しい。変わったスタイルの小説を書いている。だが、おさえるべきところをブレさせなければ、絶対に文学として成立する。そう信じて、なかなかのスピードで言語を打つ。

言語を打つ。改行。言語を打つ。ちょい消す。直す。打つ。言語を打つ。ちょっと考える。語彙を選ぶ時は頭を使わない方がフィットする。そうか? とにかくグルーヴを重視する。第二章を書ききる。「大丈夫かこれ」と、手を止めては思う。読み返す。やはり酷い誤字脱字。それは直す。いや、面白いだろ。などと思う。

人間は何で小説を書くのだろうと考えた。それが読まれない場合の方が圧倒的に多い。それなのに書く理由は何だろう。

読んで欲しいからでしょ。というのはあると思う。

でも、もっと、プリミティブかつアプリオリである気がしてならない。

――〝根源的で、もう決まっている事柄や前提〟って言いなよ。――そうですね。――理解できない本の読みすぎだよ。――いや、覚えた言語はちゃんと考えてから文章にねじ込ませたくなるじゃないですか。――さっき言ってたことと矛盾してるね。――すいません。

たぶん、何か書く人間って、特殊なことは考えずに、ただ書くことが決まってるからそれを書く。書かずにはいられないというか書くものだから書いている。というような気がする。

もしも俺がそういう人間だとしたら永遠に書いているのだろうか。わからないけれども、今日も書いていたな。というあたりで思考をはたらかせようとしないあたり、善処したいが実際のところ、進まないとわからない。その過程がやはり、とても楽しい。
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健康すぎて逆にフラフラしてきては咳も若干。これは最近のヘルシーな稼働態度から二週間ほどかけて続いたけっこうなデトックス反応の完了を意味する。

だといいのだが、原則として俺一人しか居ない宅でもしも倒れたら発見まで何日かかる。などと弱気な思考も出てきたが、書くことがあるので今日も原稿に小説を書いた。三作目。一昨日から書いて現状一万文字少々。良いペースだが今回のは変わっているので書くのが難しい。だが、〝成立〟を先に見ている気がしてならないので、傾いたり真っ直ぐになったりしつつも楽しく書く。

――ふと、仕事後に散歩に行こうとした。だが、適当にYouTube動画を観ては時間を溶かしもったいない。そう思い、仮眠とした。すると90分ほど。負荷がきてるのかな、と、正直に認める。だがなぜ、気力が萎まない。それは良いこと。だから書いていたのだが発熱してやいないだろうか。などと危惧していたらそのような内容がまんま原稿に反映され、それが物語の〝ネジ〟の役割となり功を成す。

――言語は生き物であり、その時々、その場所や状態によって変化する。

という〝ような〟、強固な考え方があるという。その思惟に至るまでに戦場の相当危険な前線で果敢に戦っては戻ってきた人間。そういう経緯のある人物の考え方。

生活でも、その考え方や言語の機能は露出する。

何かを書いると、たまに、〝世界に居る自分〟ではなく〝自分が居て世界がある〟という視座でそれが露出する。それを体現したのは、その人物についてちょっと仕事の合間に色々調べていたことが起因だろうか。

そこまでの執念で言語と向き合った人物。――調べながら琴線が確かに弾かれた感覚を得た。勇気が出た。憧れも。

もしも俺にそこまでの執念があるのであれば、今の営みが発展する理由となる。そう信じて今日も書いていたがちょっと風邪気味というシンプルな事実優位。

その時々、その場所や状態によって変化する自身、生き物そのものを大事にすること。ちゃんと念頭に置こうと思う。
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