08/2020

アイコン190425管理人の作業日記

ここだけ毎日更新。ツイートばりの短文日記。
8月


ようやく執拗なまでの高湿度から解放された気候下、河原を散歩。

交番を通りかかり、「殺人罪」「凶器準備集合罪」「連続爆発事件」など、過激なフレーズとサムネイル写真が貼られた掲示板をながめる。

これらの凶悪犯を捕まえれば賞金が出る。しかし、写真は平成20年撮影だの昭和46年撮影だのと、今とは異なるであろう顔写真が並ぶ。検挙する気があるのだろうかと笑いが込み上げてきたがポリスが交番から出てきて目が合ったのでダッシュで逃げる。

追われて面倒なことによくならなかったなと思いながら、俺が指名手配凶悪犯だったらどこに身を隠すかと考えながら歩いた。どうやって時効切れまで逃げ延びるかを。

ホームレスになることくらいしか思いつかなかったので、物騒なことを考えるのはヤメる。とんかつを食って帰宅。ポストにでかい封筒が投函されていた。キッチンで煙草を吸いながら開けて確認する。中身は、この間手配した俺の「戸籍謄本」だった。初めて見た。

どういうわけか謎のベールに包まれている平吉家の間柄などが記されていた。父親の父親、すなわちおれのお祖父ちゃんの名前も書いてあった。

小さい頃、俺の祖父と祖母は一律死んでいると聞かされていた。

「おとうさん、僕のおじいちゃんとおばあちゃんは?」

「うん? 死んだよ」

「そう……」

子供が事実確認ができるはずもなく、鵜呑みにしていた。お年玉も、両親と叔父からしかもらったことがないこともあり、信じていた。しかしそれは嘘であった。

戸籍謄本を見ると、俺の父方の祖父の名は、俺が13歳くらいの時に家族で葬式に行った「親戚」と教えられた奴の名だった。なぜ、隠していたのかわからない。さらに、俺の祖母にあたる父親の母親の名前にいたっては「早田」という苗字の謎人物だった。

どうやら父親がよく言っていた「俺は継母に育てられて虐待を受けて……!」という嘘くさい話はこの戸籍謄本によって信憑性が増した。

さらに、父親の出身地は福岡県福岡市で、俺の出生地は新潟県三条市であった。なんだか、俺が子供の頃、両親に聞かされた家族構成やらが全て嘘だったことが明るみになった。40歳にして、手前の源流が嘘で塗り固められていたことを初めて知った。

ふうん、と思い、制作をする。家族構成や親戚やじいさんばあさんなど、相当どうでもいいなと思うが、俺は実は、平吉ではなく、早田だったのかもしれない。「早田賢治」。なんかトレンディー俳優っぽくて悪くない字面だ。

それにしても、なぜ俺は小さい頃から一親等家族に豪快な嘘を植え付けられていたのだろうか。家族に凶悪犯でもいたのだろうかと疑いたくもなる。

俺のおじいちゃんとかは過激派活動家だったのかもしれない。連合赤軍のメンバーだったのかもしれない。今度交番の掲示板を見るときは、顔写真に俺の面影がないかをちゃんと確認しよう。戸籍謄本確認による犯罪者一家疑惑が浮上した夏の始まり。
_08/01

 

 


ひとつ仕事をして池袋へ。機材を繋ぐ線を買いに行く。そういった消耗品はネットで買えばいいのだが、なんというか配達員さんに悪い気がするのでだいたい買い物は直で行く派。

線を2つ買って、散歩がてら西武デパートへ。俺は財布がほしい。今使っているやつはポール・スミスというブランドの革製のしっかりしたやつだ。

しかし、いくら強固な品とはいえ、外出時に10年近くもケツの右側に常に納めておけばそれはくたびれた姿になるというもの。というか限界を超えている。鯵の開きのような姿をしている。

以前、池袋のデパートで完全冷やかしスタンスでしっかりと接客を受けた。しかし今日は違う。現金をもっさり持っており、なんなら買ってしまう気概もある。そうなってくると物色する目つきも違ってくるのか、妙齢の女性店員さんが寄ってきた。

「そちらは、お値段的にプレゼントなどでヒョイと買われる方が多く……」

「はあ、ヒョイと23,000円ですか。やはりブランドですな」

「左様でございます。革製のをお探しで?」

「ええ。見てくださいこれを。御社のやつを10年は使いまして」

「あら! これはもう“次”ですね」

「ええ。“次”のステージに行こうかと。僕、これが一番カッコいいと思うんです」

「こちらは、ご自身で気に入った方がえいっと買われることが多く……」

「するとお高い?」

「税抜き40,000円でございまして」

いくつか吟味したが、どれも悪くなかった。しかし、このドス黒いワインレッドの革製の高級感と静かな威圧感、品性とヤクザ臭を漂わせるこの4万のやつが明らかに光って俺の目に映るのである。

「ちなみに、一番高いのはどれですの?」

「クスッ。そちらでございます」

「何が面白いんですか」

「クスクス……」

妙齢の女性店員はややメンヘラ気味だったがそれはいいとして、俺の目は間違っていなかった。感性は鋭さを失っていなかった。俺が気に入ったやつはポール・スミス池袋店内において最高級品だったのである。

「これがほしいです」

「ありがとうございます!」

「いや、違うんです。ご購入確定というつもりではなく……」

「あと、こちらの方は子牛の皮を使用しておりまして……」

「いえ、もうこの高いのを買うか否かの2択になりました」

「こちらは気に入った方はえいっと買われて行くのです」

「行くのです……ですか。ちょっと一周して考えてきます」

俺は30分くらいデパートをぐるぐる周って考えた。俺がほしいのはあの一番高いやつだ。しかし、子牛のやつも23,000円のやつも悪くない。しかし、買うならあの高いやつがいい。館内を歩きながら、色んな知人の買い物にまつわる金言が頭をよぎった。

「明日死ぬかもしれないんだぜ?」

「財布と靴はよいものを買っておくもんだよ。意外と見られるところだ」

「一番気に入ったものを買うこと以外は無駄遣いなんだよ」

「ここぞって時にドンと使うんだよ。金は」

どれも的を得つつも本質をついた金言だ。そして、これらの金言は全て、俺より金持ちの知人友人からの言葉である。しかし、金入れに税込44,000円というのも――財布自体に金を使うことはナンセンスと言う知人もいたし――でもあれほしい――帰った。

正直、国の給付金として頂いた10万円は全額景気良くつかってやろうかと考えていた。あれを買っても手前の資産状況に全然差し支えはない。しかし、なぜ買わなかったのか。

心底気に入ったデザインと色と機能性と、文句なしの品であった。だが、「財布を買うのに44,000円というのはいかがなものか」という賢者的判断が俺を揺さぶった。実にセコい。

こうしよう。こないだお誘い頂いた楽曲コンペには賞金がついている。俺の曲が通って賞金ゲットとなったらあの財布を買おう。されど、モチベーションも上がる。そう決めた。

頑張ってサクセスし、満面の笑顔であのデパートに行って、あの妙齢の店員さんからあの一番カッコいい財布をえいっと買おう。この予定通りにいったら相当ハッピーな気分になれる。もともと希薄だった物欲という情念がなぜか高まりつつある四十路序盤。
_08/02

 

 


休む。特筆してその日にやるべきことがない日は休むべきだ。とはいえ、何もしないで転がるのもあんまりなので風呂掃除をして梅雨に生じたカビを殲滅する。

散歩して過ごす。歩いて10分で着くブックオフで立ち読みして過ごす。ほしい漫画が見つからなかったので手ぶらで帰る。好きな漫画を見つけるのは難しい。昔よく俺好みの漫画を貸してくれたサブカル友達と最近は疎遠だ。

帰ってやることがあるといえばいくらでもあるのだが、休みと決めてぶらぶらとしていると割と暇である。外で呑むのを解禁しようと思ったが、なんとなくまだ油断できんと思って酒買って帰宅。

非日常的な刺激がほしい。コロナ禍となってから数ヶ月、呑みにも行かなければイベント等にも行っていないし、人と会って交流する機会も極端に減った。刺激が不足している。心にカビが生えてきそうだ。

しかしここは逸脱した行動をとるよりも、と思い、いつも通りDAWを開いて作業する。「これはいい」と思った楽曲が完成した時、快感をともなう刺激となるではないかと真面目に過ごす。

たまには女性とデートがしたい。動物園とか遊園地とか、わかりやすくスタンダードなデートをしてほっこりとしたい。最も平和的な非日常の刺激だ。「好きな人が見つかる」というのが人間的に最も刺激なのだなとか思いながら静かに過ごす。たまには恋に恋い焦がれ恋に泣きたい。
_08/03

 

 


恋だ愛だのとは無縁の、廃墟寸前団地散歩をする。

知人から聞く話によると、このあいだ『アメトーク』という人気TV番組で団地がテーマとなったそうな。宅にTVがないものだから視聴はできなかったが。

俺の団地愛は35歳の頃に芽生えた。「それまで認識していなかった性癖」というやつである。これをスライドさせると、人生の中盤以降に目覚めた特殊性癖、異常性癖など多岐にわたり、場合によっては人生を狂わせる。

昭和の時代に建設された古い団地の造形にえもいえぬ感銘を受ける。その感覚は「廃墟マニア」のフィーリングに近い。

なぜ、古い団地に愛しさと切なさとなんやかんやの情念が湧くのか。それを一言で言い表した方がいた。某オルタナティブ・ロックバンドのフロントマンと仕事でお話をする機会で聞いた言葉である。

最初にその方と会った昨年、彼らの作品のタイトル、テーマに関わる「螺旋階段」の話をした。彼らの初期の作品のMVには団地の描写があった。なにか繋がると思い、俺は団地についても聞いてみた。

すると、やはり「団地愛」はあるようだった。仕事のお話が終わったあと、「ちなみに、団地の話なんですけど…」と、雑談に付き合ってもらったら、螺旋階段を模したTシャツを作成したこと、そしてその螺旋階段を撮影した地は「赤羽台団地」という俺の宅の近所にある団地であることをお話ししてくれた。

しばらく経って次に彼とお会いした時、「また、団地の話をしましょう」と言ってくださった。そのまた次にお会いした時、俺は仕事のお話が終わったあと、「赤羽台団地はほぼ解体されてしましました…」と、伝えた。

そんな感じで団地のお話に付き合って頂ける稀有な方。しかし、側からするとマニアックと捉えられるようである。取材時の同行者が「こないだもそうですけど、僕には団地の魅力がどうしてもわからないんですよね」と、率直に投げかけていた。

そこで彼は、「まあ……『無駄の美学』ですかね」と、仰った。確かに。昭和団地に住んでいる住人は団塊世代以前がメイン。高齢化し、退去する者が大半で、スペース的にも建造物としても無駄である。廃墟も無駄である。しかし、その無駄な光景と存在感は、えもいえぬ絶望的なノスタルジックとタナトスを醸す。

夕方から2時間ほど、寂しく空が閉じる時間帯に、東京都北区桐ヶ丘団地あたりを散歩した。全盛期はさぞかし人口密度が高かろうという地だが、現在人っ気は少ない。しかし、いまだにやたらと古い団地がたくさんある。

歩いていると孤独感しか得られない。それが心地よい。心が調律される感覚だ。誰かとわいわいパリピに過ごしてエネルギーを得るという方法と真逆のアプローチである。そのまま死方面に吸い込まれそうな快感に近しいリフレッシュである。こういう感覚で歩いている時、決まってRadiohead の「There, There」が脳内再生される。

俺はこの楽曲の歌詞の
“Just ‘cause you feel it   Doesn’t mean it’s there”
(あなたが感じるからといって そこにあるとは限らない)

という部分が凄く好きだ。正直、レディオヘッドの歌詞は、ちょっと何を言っているのかわからないものがいくつかあり悔しいのだが、好きなフレーズだっていっぱいある。

団地愛を『無駄の美学』と言い表した彼も、レディオヘッドが大好きということを直接聞いた。レディオヘッド好きは団地および廃墟好き説浮上。

“あなたが感じるからといって そこにあるとは限らない”――、という和訳で合っているだろうか、これは、ほぼ廃墟の寂しい団地散歩中の心境に通づる気がする。ないかを感じるような気がするが、感じているのか、ある気がするが、なんもないのか。

実際、この歌詞の内容が何を表すのかというと、団地とか廃墟とかではなく、9・11や戦争、テロリズム絡みという説がある。でも俺は、不気味さと孤独感と変な死生観のワクワクを感じる散歩中にこの曲が聴こえてくる。

そういった、団地にまつわる話で盛り上がれる人が、俺にはほぼいない。どうか、『アメトーク』という人気TV番組から昭和団地ブームに火がついてはくれんかと思う。

俺のスマホ待ち受け画面の、解体前「赤羽台団地33号棟」の超オルタナティブな造形と存在感と不気味さの魅力を誰か共有してはくれんかと思う。

こういうことを考える時、決まって、手前はもっとポップな性癖なり趣味嗜好を大勢の人間とシェアすべきだと省みる。だから恋だ愛だのと縁遠いのだろうも。
_08/04

 

 


バイオリズムの谷に挟まったようなダウナーな心境で目が覚める。そのままのテンションで1日が流れていく。要はテンションが低い。

最近、極端に刺激が少ない。非日常的な、ファンタスティックな、とまではいかなくとも、人と会話をしたりなど、そういった日常的な刺激すらない。それにより、軽い抑うつ状態に陥ったと捉えられる。

今日は定期検診に行く日だが、徒歩1分のクリニックに行くのもだるい。しかし、俺は過去に3度ほど予約をすっ飛ばした前科があるのでちゃんと行く。

「先生、そういったわけでして。だるいです」

「ううん……他には変わったことは?」

「いえ、極端にテンションが低いだけです。『日常生活に支障はない』程度なので、まあ大丈夫かと」

「そうですか。じゃあ、いつものクスリを……」

正直、このタイミングで対話療法なりをされても逆効果というもの。積極的に秒で薬を処方するこの先生のスタイルは手っ取り早くてとても好きだ。

「平吉さ〜ん。採血ですよお」

「待ってました」

「好きって言ってましたね。採血が」

「ええ。最近刺激が少なすぎてこれくらいしか愉しみが……」

「けっこういるんですよ。ほら、これで3本採血しますよね?」

「はい。一回注射器を刺して、そのまま中の試験管みたいのを3本換えますね」

「3回刺してくれって人。いるんですよ。採血好きが」

「そいつはただのマゾヒストですね。僕とは違います」

「どっちも変態ですよお」

「一緒にしないでください。僕は血が抜かれていく感じが好きなんです。崇高な快感なのです」

「わからないわ。おほほ」

「わからないでしょうね。ぶはは」

そういったわけで血を抜いてややスッキリしたが、やはり夜までテンションが上がることはなかった。

そろそろ酒呑んで寝ちまおうかと考えながらDAWでMIXしていた時。どうも洋モノの音にならんなと、やっぱり今日は調子よくないなと、そんな時。こないだ足立くんがLINEで教えてくれた手法と、手前の創作的手法を加えてツマミをイジりまくったところ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンばりのドラムのサウンドが出た。今日一の快感である。

キックとベースがドーンと空気をタイトに震わせ、歪んだギターがヒステリックに絡みあう。意図的に揺らがせたリズムがグルーヴを生む。これぞロックの醍醐味だ。

非日常的な刺激、ファンタスティックな瞬間がないから、手前で作る。いいじゃないか。クリエイティブじゃないかと、少し気が晴れやかになる。でもたまには受動的な快感が欲しい。

呑み屋、博打場、ピンク街、この街には簡単に欲望を金で満たしてくれるスポットがいくらでもある。あり過ぎというほどである。しかし行かん。快感を創り出し、他者と共有するという行為の方が、刹那的でシャブ的な快感よりもよっぽど気持ちよい。そういうことにしておいて、真面目に過ごそう。テンションの低さと創作度は反比例するという解釈はたぶん合っている。ダウナーな時の方が、何故かいいのができる。
_08/05

 

 


リモート案件がひとつ。この仕事スタイルがいつまで続くのだろうとは思うが、電車に乗らないで済むので悪くない。

なんだかあっという間にいくつかの今日のタスクが済み、夕方。たまには缶酒ではなく、まともな酒でも呑もうと思い「ノイリー・プラット」という最高に美味いドライベルモット酒を買いに行く。歩いて20分の酒屋でこないだ見つけたのである。

クソ暑い道中、美味い酒のためだと奮起しながら歩く。古びた商店街の店先で眠りこけるネコの姿や風鈴の音色、きゃっきゃと道でボール遊びをする子らなど、風情があっていいではないかとリラックスする。

しかし酒店に着くと肝心の「ノイリー・プラット」がない。本当にこういったことは多い。俺が気に入った商品が短いスパンで陳列棚から消えるということが実に多すぎて、手前の嗜好はそんなにマイノリティなのかと意気消沈。何も買わず帰路、夕飯の具材を買ってしょんぼりして宅に着く。

死ぬほど辛い「辛ラーメン」を調理して食う。たまねぎ、しいたけ、鶏のささみ、たまご。栄養満点である。どうせこれもそのうち終売になるんだろとか思いながら信じられないくらいの発汗と共に食う。

今日はやや早起きだったので少し昼寝して制作して深夜。酒をどうしよう。もうすっかりベルモット酒を呑むつもりだったから、何を買ってきても「妥協」となる気がしてたいへん悔しい。

だったら呑まないで寝ればいい。明日は茨城からまた東京都足立区花畑に転院となる父親の件で早起きさんである。実に面倒くさい。いや、花畑には確かでかい団地があった。ついでに団地巡礼して楽しもう。

団地に合う酒とはなんだろう。なんとなく、ワンカップが思い浮かんだ。

じゃあ今日は「ふなぐち菊水」にしよう。オヤジ酒丸出しのあの缶のデザインからは想像もつかないくらい甘露な味わい、そしてアルコール度数19%。無敵の酒のひとつである。そして「ふなぐち菊水」はいつだって店頭に安定して陳列されている。知る人ぞ知る、日本が世界に誇れるスタンダード名酒。乾杯。
_08/06

 

 


最近お気に入りのドレイクさんのHIP HOPを聴きながら午前中、東京都足立区花畑へ。36度という高温度のなかよく歩いたらすったりくたびれる。

団地巡りしようかと思ったが、足立区は団地だらけで電車からもよく見えたのでいいやと思う。なにしろ暑くてクラクラする。徒歩30分程度、高校時代は悪名高く恐れられていた竹ノ塚駅へ。現在はすっかりクリーンな感じだった。

赤羽に戻り正午、もはや具合が悪くなってきたと思い、気つけにすだちおろしウドンを食べたら治る。帰宅して仕事と制作を。やたらと長かった1日。

何か、珍しくて興味深くて感銘を受け、書いておこうと思った出来事があった気がするが完全に忘れた。それくらいアクティブに過ごした日ということで手打ちとする。今日は絶対にぐっすり眠れる。
_08/07

 

 


深めに眠り起床したのだがまるで覇気のない日。冷静に考えてみれば誰かと会ってまともに話をすることがない日がどれだけ続いているだろう。受動的な刺激が極端に少ない。それは覇気もなくなる。

案件をひとつやる。静かに過ごすがやはり刺激がなく、ウズウズを通り越して空気みたいな心境に。この間「爆発したい」とか書いた数日後に他国で大爆発という洒落にならないニュースが目に飛び込み、滅多なことを考えるものではないと思った。因果関係はないはずだが。

刺激を求めて街に出る。赤羽のほぼ中央に位置するスクランブル交差点付近にある大型書店で立ち読む。すると地下から聴き慣れた音楽が。俺の曲だ。この「Dance Dance Cats」という楽しげな15秒ジングルは、いつだったか渋谷の街角でも耳にした。

この書店の地下にあるゲームセンターのPRモニターBGMとして使っているもよう。住んでいる街に手前が認められたような心境でたいへん嬉しい。もっと流してくれ。

若干の刺激を得たが、根本的には何も変わらず、どの店に立ち寄って呑んだり打ったりもせず、めし食って帰宅。寝る。覇気のなさ過ぎで寝る。1時間。

しかしこのまま何もせずというのも、と思いDAWを開いてHIP HOPでも作る。ドレイクさんみたいな本格派HIP HOPが作りたい。いいのを作って世に出せば、また身近で聴けてほっこりできるだろう。

遊びと刺激がなさすぎてさすがに滅入ってきたお盆前。今年は墓参りに行こうか。遊びと刺激とは縁遠すぎるしめやかなイベント。
_08/08

 

 


今日はサイトの更新と制作という日。一人自宅作業。こういった日常が何日連チャンしている、今日も孤独にコツコツと過ごすのか、と思いつつ昼過ぎまで机に向かう。

しかし今日は以前俺が務めていた会社の方達、すなわち元同僚達の月イチイベントの日。グループLINEで皆がキャッキャとしている中、俺は「たまには行こうかな」と先日残しておいた。

正直、そうは発しつつも行くつもりではなかったのだが、昼過ぎに「まだか平吉」という通知があったので、シカトするのもどうかと思った微量の罪悪感と、純粋に人恋しかったここ最近の孤独感が俺を現地に向かわせた。

数週間ぶりに直接人と会ってまともに会話をする。こんなにリフレッシュするものかというくらいの楽しみを得る。みなさま元気そうであった。組織を離れた人間というのにも関わらず、当時の関係値できさくに接してくれた。

なんやかんやで夜まで皆と過ごし、スッキリして帰宅。直接人とまともに会話をしては笑い合うという行為がこれほどまでに必要なことだったのかと、コロナ禍特有の気づきを得る。

そういったわけで今日はほぼお休みの日だった。軽視していたが、休日に人とワイワイというのはとても大切だ。

結局人間は、人と接することによって自然に分泌されるドーパミンやらオキシトシンやらの脳内神経伝達物質やホルモンは欠かせないのだろう。ここ最近「刺激が足りない」と感じていたのは、なんてことはない「人と接しなさ過ぎ」だっただけである。何しろ俺は隠キャのくせに人と直接会話をすることが大好きなのである。

こういった時期だから人と集まってどうこうは控えていたが、細心の注意を払った上で、たまにはこういうのも必要だ。そう実感した。

これからもしばらくは一人作業がメインとなるが、こういう日が1日だけあるだけでも全然違う。孤独は何より健康によくないという説は事実と実感したほっこりフレンドリーな1日。
_08/09

 

 


遊んですっかりリフレッシュしたのが功を成したか良好な気分で1日を過ごす。案件が手元にないのでサイト更新や制作をする。

「案件」フォルダが空になった時のえもいえぬ不安感こそあるものの、ひとつ後日の案件が来たので胸をなで下ろす。

夕方まではサイト更新をし、以降はDAWに張り付くという案件がない日によくあるパターン。HIP HOPをせっせと作る。

「最近のHIP HOPを」という意識があると、やはり90年代や2000年代のHIP HOPに比べるとここ数年のHIP HOPは進化しつつも洗練されているなと感じる。

そんな感じのビートの上にオルタナティブロック的なギターを入れてみると、なんとも味わい深い。こうなってくるとラップを入れたいところだが自粛。とにかく最近のHIP HOPは音数がシンプルかつ各パートがすっきりしていてカッコよい。
_08/10

 

 


着想通りのHIP HOPができたので1日MIX作業をする。合間にコンビニに行くくらいしか外出していないが故、ふくらはぎあたりに血栓でも出来やしないかと危惧するが俺の血液はサラサラだからまず大丈夫。

煙草を買いに行きがてら立ち読みという習慣。これがなかなか治らない。別に特筆して悪いこと捉えていないのは実にあつかましい。そう思いながらたまにはと少年漫画雑誌を読む。

パラパラとめくると、時代の流れか絵のクオリティがやたら高くなっている。手前的には『燃える!お兄さん』くらいの80年代の絵柄で丁度よいのだが、最近の少年誌の絵は、とにかく女性キャラに力が入っている。というか妙にエロい。

嘘だろ、と思うくらいエロい描写が散見された。こんなにたっぷりと少年誌で描いてよきものか、と倫理を疑いつつ念のため青年誌にも目を通す。やはり絵のクオリティが高い。手前的には初期の『行け!稲中卓球部』くらいが安心するのだが。そして当然のようにめっぽうエロい。

これはもはや18禁レベルのエロ描写ではないかと、倫理に携わる協会か何かに意義を申し立てたいという程であった。俺は愕然としつつも、逆にエロくて当然のとっつぁん向けの成年漫画雑誌も比較を兼ねて確認した。こういった劇画タッチで昭和ヤクザ描写がデフォルトくらいが今は丁度よい。エロさたるや、描写自体は断トツなのだが、絵のエロさで言ったら青年誌に軍配が上がる。

これは一体どうなっているのだと悩んだ。「少年や青年に悪影響がある有害図書」という概念が崩壊している。というか一番エロくなかった成年向け雑誌の立場がない。この国は一体どうなっているのだと憂う反面、「エロいのが若者に悪影響」という“常識”を疑ってみた。

若者なんざエロい方がいい。きっと際たるエネルギー源だろう。それが漫画で沸き立つ。なにが悪いのか。きっと、編集者はそれに気づき、エロさに拍車をかけてきたと仮定する。

そうか、世間はエロに寛容になったのだなという結論を引っ提げ帰宅。マスタリングをして楽曲が完成した。手前でカッコよいと言い切れる仕上がりだ。しかし、エロさが全くない。むしろエロとは対極のエネルギーを孕んだ音像である。そういうテーマだから問題ないのだが。

今着手中の制作が全て仕上がったら、今度はエロをテーマにしてみよう。初の試みだ。

「よい音楽をつくるにはどうしたら?」という問いに対し、「女の子とデートをすることだよ」という答えがあるという。

俺はこれは合ってると思う。ウンウン唸ってひたすら曲を書くよりも、刺激的で素敵な体験ひとつ得た後の創作というのはだいたい素晴らしい。逆に、絶望的で死にそうな目にあった後の創作もだいたい美しい。

となると、俺はまず、エロい行為をすることが先決となる。四十路がこういうことを言うとどこか有害。
_08/11

 

 


暑すぎて寝た気がしない。ごくごく稀に酒を呑んだあとにシメのラーメン的なやつを食うのだが、昨夜はあろうことか「辛ラーメン」を茹でて食ったのもだから汗だくになりそのまま寝る。それは暑かろう。以降、禁忌とする。

今日あたりも制作をするのだが、案件のご連絡を頂き2つ承る。なんだかんだの時期だが、ちゃんと案件を頂けると実にホッとする。

結局終日制作をするが、進んだようなそうでないようなという進捗。いまいちスカッとしないが、作り続けて出し続けている限り、収益は少しずつ着実に上がっていく。たまにはこんな日もある。日々継続してコツコツ頑張ろう。

夏だからといってスイカだの海だのギャルだのという世風ではない今夏、篭って資産を作り続けよう。そして今日も酒をすすりながらYouTubeで連合赤軍にまつわる動画でも観て寝ちまおう。火炎瓶にニトログリセリンとは凄い時代もあったのものだ。1970年前後。
_08/12

 

 


 

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