10/2017

new_Anonyment_0914人の作業日記

ここだけ毎日更新。ツイートばりの短文日記。
10月


タイトルの毎日更新の短文日記というところを見て改めて思ったが、日記を公開する人間とはどういうつもりであろう。

少なくとも自分は、Twitterなどレスポンスありきの類いとは少し違い、宗教的な禊ぎの感覚に近いように思える。

絶対的に信じるものや、人生の目的や、人としてやるべきであろうことが、ほとんどの人には本能とセットで備わっているのだが、そこがグラグラとしている輩は、長々と答えのない問答を延々繰り返すのだろう。

でも、作家の町田康さんのウェブサイトの日記コーナーは、毎日2行くらい10年以上も綴られており、型が仕上がっていて、ひとつの作風みたいになっていて、なんか尊敬した。
_010/01


 

 

パスタをゆでて食べて机仕事をしてと、静かな日。
家にいるとだいたい適当な喧噪がなく静か過ぎるので、TVでも置こうかと考える。
_10/02

 


 

仕事をしていてあっという間に時間が過ぎる。ものすごく秋の空気で気持ちがいい。独特の匂いがする感じが気持ちいい。カーディガンズの2003年発表の、そんなに売れなかったアルバムをじっくり聴く。このアルバムの音のバランスが凄く丁度良く感じて、凄く好きだ。季節的にもとても合う。
_10/03


 

 

急にネットが接続不能に陥り「このポンコツが」と叫ぶがネット代の払い忘れと判明し、とりあえずテザリングで凌ぐ。何故、引き落としにしないのか。

これから請求書を持ってコンビニへ支払いに行くわけだが、その際、絶対に酒も買うと思う。2本は買うと思う。別に酒を禁じている訳でも律している訳でもないが、何故、夜にコンビニへ行く際にいちいち酒を買うのか。何故、どうせ呑むならあらかじめボトルなど買い置きしておかないのか。

それは、あったらあっただけ気絶するまで呑むからである。満足の遅延に失敗するからである。ネット代を引き落とし設定にしていないのは、ただ面倒くさいからである。

共にその源流は、人間として最も大切なことのいくつか。「我慢をする」「面倒くさがらない」ということだ。判ってはいるが、なかなかどうして改善しない悪癖でもあるので、俺はインナーチャイルドを叱り飛ばしたいと思う。だがしかしこれが上手くいかない。何がインナーチャイルドだ。
_10/04


昨晩は超熟睡したので元気に過ごす。移動中、DJシャドウの1stアルバムを聴いて、もう本当に改めて素晴らしいアルバムだと思う。何回聴いたか分らない。

自分にとって、そういったアルバムが何枚あるか分らないが、他の人はどうなのかと思う。最近の子らはアルバム自体をじっくり聴くという趣向すらないのかもしれない。

「何かおすすめのアルバムありませんか?」と年頃の娘やらに訊かれたら何と答えよう。何をすすめよう。やはりレディヘの『KID A』だろうか。それともスティーヴィーの『INNERVISIONS』だろうか。ポーティスの『DUMMY』だろうか。LONEの『REALITY TASTING』だろうか。

手前の趣味のゴリ推しはいただけない。まず「どんな世界に浸りたい?」と訊こう。だがしかし、「どんな世界もクソも、もうわたし死にたいの」と言われたら何をすすめよう。

そんなときはFRANCE GALLの『BABY POP』をかけて、一緒にクルクル回って踊ろうと思う。それでも刺さらなかったらTHE Doorsの1stを聴いてもらい、「『父は殺し、母は犯せ』との事だ」と、ジム・モリソンの悟りを説明し、光明を示唆したい。

それでもアレならしょうがない。その場で遺書を書いて頂き、そいつを歌詞にして俺の絶望的な即興弾き語りでも聴いてもらおうと思う。アルバムサイズの約60分間である。逆に嫌になり、絶望の淵から引き返して自死を思いとどまるかもしれない。だがしかし、思いとどまろうが決行し切ろうが、そのへんは個人の任意であり、他人不介入だという感覚もある。

俺はそのへんを上手く説明したい。しかし、出来ないから、自分にとって素敵過ぎるアルバムは、是非生きているうちに何枚も見つけておくべきだと、そう間接的にしか伝えることは出来ない気がする。
_10/05

 


 

 

お休みなので病院へ面会に行く。「頭の調子はどう思う」と問うと「澄んでいる」と抜かす。金木犀が目視でもわかるくらいの秋の曇り空。
_10/06

 


 

 

わりといつも通りに仕事をして過ごす。原稿案が思いつかないというツボにハマる。これはよくない。何について書けば喜ばれるか。今日、私が読んだ記事で一番面白かったのは「飼いネコの叱り方」に関するものだった。ネコ記事ライティングも視野に入れるべきか。ううむ。
_10/07

 


 

我れ先にと、かなりの高台から超汚い水面にダイビングして、首都高の河川のような緑茶色の汚い水路を、一緒に飛び込んだ友達気味の奴と泳いで、遠方に佇むメルヘンな建て構えの病院を見つけて笑ってはしゃぐという、凄く臨場感のあった意味深な夢を見たが気にしない。

起きたらベランダから「ニャアアアアン」と聴こえるので扉を開けたら、隣人のベランダからしっぽが見えた。どうやらドア越しに鳴いて回る営業は隣人宅で成功したらしい。しかし隣人はトルコとかベトナムとかそのあたりの方だが、めしは口に合うだろうか。

数日前、アルツハイマーと精神疾患のミラクルコンボのメルヘン野郎が「喫茶アルマンドで叔父が車とか色々用意してくれて待っているみたいだぞ」と、そうだったらどれだけありがたいか——という妄想を少年のような眼で俺に言ったので明日行こうか。あくまでコーヒーを飲みに。
_10/08

 


 

洗濯したり原稿を書いたりして宅で過ごす快晴の日。タイミングが合わなかったので喫茶店へは行かなかった。なにしろ純喫茶アルマンドの閉店時間は18時ちょいだ。

最近のトレンドネコは今日もドアの前で鳴いていたが、ちょうど帰ってきた外国籍の隣人2人が「ハイ! イラッシャイ!」と、確かに日本語でネコを宅に入れていた。どうやら半飼い猫、あるいは友達扱いで迎え入れられているようだ。

何故、いつも謎語で喋っている彼らが母国語ではなく日本語でネコに語りかけたのか。仮に、僕がイギリスへ引っ越したとして、同じシチュエーションだったとしたら「Hello, come in!」とネコに言うだろうか。いや、絶対に「よーしよし。さあお入り」だろう。何故だ。
_10/09

 


 

まあまあ暖かい日、はりきって仕事をする。昨夜買って読んでいた殺し屋のマンガ「ザ・ファブル」があまりにも面白いので、今日も買って読みたいと思うが、連日漫画を買って読むのは何となく凄まじく贅沢であるという節が昔からある。金額的には全然そうでもないのだが。だから楽しみを少し先にとっておくことにする。

人によって贅沢のレベルは違うと思う。特に、男性にとっての贅沢と女性にとっての贅沢はけっこう種類が違うと思われる。こと、食べ物に関してはその温度差はなさそうだが。安くなくて美味しいのを食べているときは誰でも贅沢と感じるはずだ。

女性特有の贅沢感とは何であろう。全然思いつかない。これは明日から訊いて回りたい。「君にとっての贅沢とは何だい? 食べ物関係以外で」と。この質問は性癖に直結するであろうが、是非知っておきたい。 よくよく考えると気持ちの悪い質問である。
_10/10


 

そろそろ固まって雨が降り、金木犀の匂いがしなくなってしまうので、案外そこら中に咲いているオレンジ色の実だか花だかを直接むしって掌にふわっとのせて嗅ぐ。めっちゃ懐かしい匂いがする。懐かしいが具体的には何も思い出さないというドラッギーな懐かしさ、あるいは錯覚に陥る。この感覚が楽しめるのは1年で10日程しかない。金木犀は案外すぐ散って匂いすらしなくなる。そこがいい。
_10/11

 


暖かい日中、コンビニでアイスコーヒーを買ってヂュルルと飲む。カードでサクッとクールに会計したら「レジの不具合で会計されていなかった」という事で出口の前で呼び止められ、改めて現金精算をする。もう少しだった。コーヒーの万引き。

夜、原稿を書いていてやけに捗るがすぐに疲れて酒を欲する。コンビニへ行こう。昼間に要領を得たので、挑もうと思う。ナチュラル万引き。万引き。パクられて恥ずかしい犯罪の1、2を争う。もちろんやらん。
_10/12

 


寒い雨の日。病院への面会差し入れなど、細かい用事が多かったので原チャリで雨ビタビタになりながら移動する。高価いカッパがあるからわりと濡れない。

帰って原稿を少しやって、あとはお休みの日にする。

脳的に正気ではない患者と普通にどこかズレた日常会話をしていると、何ともいえない気分になる。記憶とかそういうのは、本当に忘れてしまうものなのだと思った。人間は、極限に辛いことは忘れてしまえば良いと思うのだが、それができないから辛い、というのが定説だが、現に離れ業の反則技もあるようだ。

決して暗い気持ちには浸らないようにと、酒と生ハムを買ってくる。こいつに高価いオリーブオイルでビタビタに濡らして食うとおいしい。濡れろ濡れろ。
_10/13

 


時期にしては寒い一日。そのせいかメシをやたらと食う。ふだんはなかなか行かない「すためし」屋に行く始末だ。ここ数日は3食全力で食べている。

かと思えば、今日1回食べたかな? まあいい、酒呑んで寝てしまおう。という絶食期のようなものもあるので不思議だ。
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翌日予定で空けておいた仕事が結局なしになったため羽根をのばしすぎてもげそう。 さんざん夜遊びをして帰宅してシャワーも浴びずに即寝という体たらく。楽しかったからいいのだが。
_10/15

 


寒い一日。洗濯物の都合も相成って暖房をつける。机仕事をトントンとやる。終わったからタコと酒を買いにSEIYUに行きたい訳だが寒い。まだ寒さに慣れていないから原チャリに乗ったら凍えそう。

最近コンビニで目をつけた「鮭とば」にしておこうかと思う。しかしあれは案外高価い。確か400円くらいする。いや、タコもそれくらいするし、酒のアテとしては別に高価くない。むしろ100円ちょっとのイカとかポテチとかが安過ぎる気がする。あんなにおいしいのに。

そういった訳で俺はポテチが急に一袋250円くらいに跳ね上がったとしても一切文句は言わない。500円くらいに値上がって初めて「それはあんまりです」と苦言を呈する、一応のラインを決めている。
_10/16

 


書店を回って過ごす。三島由紀夫の『命売ります』が目立つところに展示されていたので立ち読んでいたら面白かったので、どうしようかと思ったが何となく買わなかった。

本格的な皮製品屋みたいな店でネコの顔型のキーホルダーを見つけ、これは欲しいと思ったが何となく買わなかった。これらはきっと、衝動買いの無駄遣いと理性が判断したのだろう。

でも衝動にかられない生き方の何とつまらないものかと日々思っているがゆえに、どちらも買っとけば良かったと後悔する。だから、本能赴くままにその場で食いたいと思った回転すし屋へ入り、食いたいだけ食う。

会計は2,000円弱となり、これはこれで後悔する。俺が見落としているのは理性うんぬんというより「計画性」というものだろう。
_10/17

 

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