ここだけ毎日更新。ツイートばりの短文日記。
わりとたて込むウィズ・コロナ。10月。
キンモクセイが香ってくるともうダメだという気分になってくる。あの花はなぜ毎年こうも秋の中盤に必ず懐かし死にしそうな匂いをこっそりと放つのだろう。
そして彼岸花という神出鬼没の、あの死を匂わせるような姿の花はなぜいきなり咲いているのだろう。確かに昨日までなかった場所に、急に仕上がった姿でぽつぽつと咲いているのである。あの花の存在感とビジュアルから受けるイメージはどういうわけかあの世の世界観しかない。
鬱すぎる秋の風物詩を2つも浴び、本当に気が滅入ってきた。しかしカツドンを食ったら治る。今日は原稿を2つやって制作と、まあよくある日。
キンモクセイを題材にした曲は世間にわりとある。どの曲もいいのが多い。しかし、あの死にそうな感じを表したキンモクセイ曲は聴いたことがない。
もしかしたら、キンモクセイからそのような感覚を受けるのは手前だけなのかと疑いたくもなるが、たぶん同じ感覚の人はいると思う。キンモクセイの匂いの、「もうダメだ」と思うあの感じ。
あの感じを音楽で表したい。90年代のレディオヘッドよりも陰鬱なテイストの楽曲。作ってみようと思う。ひたすら気が滅入る曲。鬱を呼び起こす曲。はたして需要はあるのだろうか。
_10/01
早朝から病院へ手続きへ行くというクソゲーから1日が始まる。親父の転院の日なのである。今度は板橋区の某病棟。当人および俺の本籍地である高島平団地の近くにつき「逝くには縁ある場所だなあ」と、やや不謹慎な想いが馳せる。
かなり古風な昭和築の病棟。レトロな病院にはなぜ振り子付きのでかい時計があるのだろうと、ある種ノスタルジックな気持ちでロビーで待つ。経理担当の方に金の話の説明を頂く。そして主治医の女医と面会をする。
この女医がまた、その目が、物腰が、「間違いなくサイコパスだ」という雰囲気。別に怖い感じではなく、本能的に、直感的にそう感じたのである。
「キーパーソンは二男さんですね。ではお父様は脳梗塞と廃用症候群とで……」
「先生、肝心なのが抜けております。アルツハイマー型認知症がメインでして」
「そうなんですか? 引き継ぎがおかしいわねえ……」
いくつも病院を転々としていればそうもなるだろうが、ちょっと嘘だろうという箇所が抜けており戦慄。まあ、大丈夫だろうと思い面会について聞く。
「先生、コロナ的に面会は控えたほうがよろしいでしょうか?」
「いえいえ! せっかく来てくださったんだから会ってあげてくださいな」
「そうですか」
「これが最後に会う日になるかもしれませんしねっ!」
三白眼の女医は本当にそう言い放った。断じて医師の言うセリフではないとか思いつつ俺よりもよっぽど不謹慎で脱帽。主治医サイコパス説濃厚。父親と面会をする。
彼は、俺が誰なのかという関係性を認識できる脳細胞はもはや残っていないだろうが、表情からテンションが上がったのがやや見受けられた。
病室には親父と似たような病状であろう患者さんが5人。身寄りに見放されたもようの方から、「元気になってね!」という文字と似顔絵と花がベッドサイドに置かれている幸福そうな家族を持っていそうな方もいた。この患者格差たるや。
「俺は月イチくらいで来てるんだからいい方だろう?」
「あうあう」
「なにかしたいことはあるかな?」
「……ない」
「なんか欲しいものは? トランジスタ・ラジオでも持ってこようか?」
「ぷいっ」
「看護師さん、こいつはなんのために生きているのでしょうか?」
「まあ……せめて胃瘻がとれてお食事が摂れるようになれば元気になりますよ!」
「あ、今からやるんですか? その胃瘻っていう胃に管でダイレクトにメシ入れるやつ」
「そうですね!」
「是非見たいのですが不謹慎でしょうか?」
「いいですよ? ほら、こうやって。ブスリ。キュキュキュ。チュウウウ。シュコー。シュコー」
想像以上に別にグロくなかった。とりあえず担当看護師さんがポジティブな方でよかろうもと思って病棟を後にする。
すっかり寝不足である。バスでうたた寝。帰宅して原稿をやる。眠くてつらい。しかしやりおおす。
やることがあっていいじゃないか。生きる意味があっていいじゃないかと思う。しかし、やること、やりたいことがなければ“生きる意味とは”というのは暴論だとちと反省する。あの、どこか父親としっくりくる古風な病院で彼は何をどうして、なにを想って日々を過ごすのだろう。
深く考えてもつまらんので酒のんでリフレッシュしてぐっすり寝よう。とにかく今日は眠かったがあのサイコパス女医には本当に目が覚めた。あのキャラ、嫌いではない。
_10/02
急に後ろから「ケンちゃん!」という声をかけられビクつく。普通に宅の仕事場で一人作業中であれば、それはケツも浮くというもの。
まあまあの大音量で音を出していた為、ピンポンチャイムの音が聴こえなかったである。だからといってそのまま無断で宅に入り、俺の背中まで忍び寄り大声で驚かせられても許せるのは彼くらいだろうか。同級生の友達が仕事関係の用事で宅に来る。ついでにコーヒーを啜りながら雑談する。
彼はとても忙しい身なのだが、事前のLINEのやりとりではこのような感じがあり珍しいなと思った。
「向かうけど時間あるかい?」
「20時までは宅で仕事してるよ!」
「コーヒー飲んでってもいいかい?」
「もちろん!」
その10分後、彼は背後に立っていた。そして2時間ほど色んな話をする。その内容は、書籍3冊分くらいの濃い内容につき、たいへん有意義な時間だなと感じた。
そして20時半には、赤羽にわざわざ来てくれるという2人の知り合い、正確には会社員時代の同僚が来るのという予定だったので呑み屋街に繰り出す。一人は俺の少し年上、一人は一回りは年下の若者である。
年上の者は元気がよい。しかし年下の者は元気と覇気がなかった。色々話を聞くと、なかなか濃い内容のことで悩んでいるもよう。俺はそういった話を真剣に聞く性質だという自負こそあるものの、あえておちょくるように対応した。たぶん、それが彼の現在のモードにふさわしいと、よかれと思いそうした。
すると、徐々に彼から笑顔が出てきた。根本的な解決にならんでもいい、刹那的でもいい、自身の悩みを笑い飛ばしつつ、おちょくられつつ、たまに真理じみたことを挟みつつ、というくらいがいいのかなと思った所以である。
結局、当人の悩みや葛藤は、自身による判断と思考、思想、行動によってでしか解決できないという持論がある。だからそっちに促したいと思った。
1つだけ具体的に提案したのは「メンタル面で本気で参ってきたと感じたら心療内科に行け」ということだけである。そして処方された薬は必ず自身で主成分を調べて、リスクを鑑みたうえで服用したほうがいいということ。
もうすこし3人でキャッキャとしていたかったが終電の関係で彼らは帰宅。俺はというと、もう少しフラフラと呑み屋街を彷徨いたかった。だが、なんとなくよして酒瓶を1本買って帰った。
「ボンベイ・サファイアジン」というアルコール度数47%というえげつなさに加え、あらゆるハーブ配合のなかなか彼方へ酔える酒を購入。いつもは「呑みすぎてアレだからやめとこう」と、躊躇する一品だが、なんとなく普通に「呑みたいしな」と思い購入。酔っ払っているのであろう。
秋の中盤の空気感というのは、どこか自分を破滅方向へと背中を押す魔力がある。準じよう。季節感を味わおう。その時の気分を大切にしよう。そう思い、なかなかエグいアタック感の酒を呑みながら1日を振り返る。
若者は大丈夫だろうか。偏ったマインドで自身を否定することさえなければ、どんな自分でも受け入れてさえいれば、長い目で見てコントロールできれば、大事には至らない。それを最後に駅の改札口で伝えたつもりだったがちゃんと伝わっただろうか。
悩む自分も、暴走する自分も、不甲斐ない自分も、慈悲深い自分も、真面目な自分も、いたずらな自分も、全て統合すればと。そして、人間には不統合な時期特有の魅力もあるのだということを。
決して、自分を否定することなかれと。
俺あたりは酒の呑み方やらは若干自己批判するべきかとも思いつつ更けていく秋独特の匂い立つ一夜。
_10/03
みんなで楽しく呑んで帰宅したらホットミルクでも飲んでから寝室に行けばよい。これがなかなかできない。
昨夜は赤羽一番街で3人呑んで帰宅しアルコール度数47%のジンをロックで少し呑る。47%の酒をロック、すなわち一口ずつのアルコール度数は40%前後。ウイスキーストレートとなんら変わりはない。何が言いたいかというと二日酔い。
だがしかし屈しず、少し起きるのが遅くなったということはあれども予定タスクを全てやる。なんなら若干食い気味に先のタスクもやる。やはり友人と宅で茶をすすりながらの会話、喧騒の中で呑み散らかすというふれあい、それぞれの楽しい時間は精神エネルギーを高める。
めしを食って夜少し散歩をする。キンモクセイの実に花を近づけながら香り起因の希死念慮を味わう。首輪をつけたアメリカン・ショートヘアーの高価そうな飼いネコが野放しに散歩していたので挨拶をする。短い季節ではあるが、まだまだ秋を楽しめそうだと肌と空気で感ずる1日。
_10/04
約半年以上ぶりくらいにスーツを着て案件に行く。そんなにリモート案件だらけだったのかと改めてコロナ禍の猛威を実感。
2件ほどまわる。春前に会ったのが最後だった先方の方と直接会えてほっこりする。互いにそういった愛所以の心境であったことはマスク越しの表情からも伝わってくる。
以前は普通だったが半年空くとなかなか新鮮だなと思いつつ宅に戻り夜、原稿をやる。そして、この時期にしては、というくらい案件を頂く。ありがたいことである。
制作をする時間がとれなかったのがちと残念と思うが、ちゃんとストックはある。備えは人の心を安定させる役割もあるなと余裕が滲むが、公開前のストック楽曲はあと1曲しかない。
いや、1曲もある。いいや、あと3曲は備えておき、公開ペースを滞らせたくない。発信し続けていると、利益以外にも様々なレスポンスが生じる。これは音楽制作のみならず言えるのではないかという気がする。
「あとこんなにある」というのと「あとこれしかない」という、同一の対象に抱くボリューム感は、前者のように捉える方が精神衛生上よいらしい。後者はうつ病患者の典型的な思考回路である。
しかし、備えはもっとあったほうがいいので、どんどん作っていきたい。明日、明後日、今日やれなかったぶんをやればいってこいである。とりあえず今日はやりきったのでよしとする。
こないだの楽曲コンテスト受賞の副賞みたいなやつが先日ぎょうさん届いた。そのうちの一つ、爆笑問題さんの直筆サイン入りトートバッグを持ってSEIYUに行って酒2つぶらさげてきて呑んで寝よう。
明日は漫才のステージで中央に置かれる骸骨マイクがデザインされたカッコいいTシャツを着てはりきろう。
運営様、他にも色々頂きまして本当にありがとうございます。どれも大切に使わせて頂きます。太田光代さんがびっしり描かれたキュートな手ぬぐいは何に使おうか。
_10/05
先月、ご連絡を頂いていた新しい件。リモートで打ち合わせに応じさせて頂き、お話を聞く。とてもご丁寧にご説明を頂く。
かなり長期的ビジョンと行ったらカッコいいだろうか、そういった感じのスパンで見る資産所得に繋がる内容につき、興味深くもやりたいので検討後返事をということで締まる。
資産所得といっても不動産投資など、そういった手前に不向きであろう類のものではなく、音楽制作の分野である。これはひとつ、数点作って前向きな返事を年内にというタスクに加えようと思う。
今日のタスクは他に原稿をやって制作。滞りなく進行させ深夜。ありがたくも先月末あたりからなかなかいそいそと過ごす。
YouTuberラファエルさんの結婚の報道および報告動画に衝撃を受けつつ、いちファンとしては勿論おめでとうございますという気持ちになる。
結婚について、したほうがいいのだろうかと考える。定期的に考える。ということは、「実は結婚はしたいが何かがネックで慎重になっている」とも捉えられる。
手前のオルタナティブな家族環境所以の家族像のせいだろうか。俺という人間性についての懸念だろうか。シンプルに金銭面だろうか。
例えば、年収という考え方で言ったら1,000万円とかあったらするか、と考えると、「その状況にならないとわからない」となる。
これは好きすぎる、ずっと一緒にいたい、同じ墓に行きたい、そう思ったらと考えると、「そういう人と出会わなければわからない」となる。
要はぼやっとしている。互いに凄く気に入った相手がいるということは幸せだろう。幸せすぎてそれをキープするために結婚するだろう。
正直、書いていて何が言いたいのかさっぱりわからん。それくらい手前の結婚というものは未知数すぎる。とりあえず、いつでも結婚できる地固めとマインドくらいは持っておいた方がいいのかもしれない。
大昔、交際していた女性から『結婚できない男』というドラマのDVDを観るということを斡旋されて実際に全話一緒に観たことがある。今となってはいい思い出だが、実際あれはどういったアプローチだったのだろうか。主演の阿部寛さんはすでに結婚した。
そう思い「阿部寛」でネット検索したら「阿部寛のホームページ」がトップに。クリックすると秒で開き、「結婚とは」という考えがふっ飛ぶ。すげえ速さだ。
_10/06
起きて身支度をし、スマホを見る。すると友達からのLINEの受信に「エディ・ヴァン・ヘイレンさん死去」の情報とニュースへのリンクが。
当然、驚きと悲しみを禁じ得ない心境になる。「これはどうしたものか…」と思いながら案件先、赤羽橋へ向かう。赤羽から赤羽橋。近いような字面で実際は40分くらいかかる。
案件が済み、iPod classicでヴァン・ヘイレンの1stアルバムを聴きながら大江戸線、埼京線と揺られる。高校生の頃よく聴き、ギタースコア(ギタリスト向けの楽譜的なもの)を買っては、エディ・ヴァン・ヘイレンの超絶技巧をよく練習した。
チケットを買って来日公演も観に行った。それは忘れもしない、メジャーアーティストのライブの初観戦だった。
そして、同じく高校生の頃、足立くんらと一緒にやっていたバンドで、ヴァン・ヘイレンの「Can’t Stop Lovin’ You」や「You Really Got Me」などを一緒にコピーしてハイスキルなロックを学んだ。
帰宅し、別件で村上氏と電話していた中、もちろんエディ・ヴァン・ヘイレンの話になる。互いに悲しむ。
そして、「エディさんがどれだけ偉大なギタリストであったかという記事書けないかな?」という話になり、すぐに着手することにした。数分後に俺が病院に行く予定だったので行って帰ってきてからだが、病院のロビーではずっとエディさんのことを考え、診察で先生と何を話したかほぼ忘れた。ずっとエディさんのギターが頭の中で鳴っていた。
再度帰宅し、原稿を書く。ヴァン・ヘイレンの名曲たちを、エディの唯一無二のプレイを聴きながら書く。
「高校の頃、頑張って、背伸びして、たくさんコピーしたな」
「激ムズだったな『Eruption』は。この曲で初めてライトハンド奏法を知ったな」
「あ、エディさんはエドワードさんっていうんだ。CDのライナーノーツって大事だな」
「『You Really Got Me』のイントロの音にしびれて、初めて歪み系のエフェクターを買いに行ったな。『BOSS DS-2』だっけな。学生服を着て友達と池袋の楽器屋に行き、店員さんに『ヴァン・ヘイレンみたいな音がだせるやつ!』というイメージと予算を言ったらこれが出てきたな」
「『Oh, Pretty Woman』のわかりやすい“ヴァン・ヘイレンがカバーした感”がお気に入りだったな」
「『Hot For Teacher』は、『Jump』や『Panama』のように代表曲に挙げられることは少ないけど、俺は大好きだったな。イントロが超絶だったな」
など、本当に色んなことが体験交じりに頭をよぎった。そして、なるべくコンパクトかつ簡潔に、しかし愛をもって、上記の楽曲にまつわるエディさんの情報もたくさん入れつつ、エディさんがいかに偉大なギタリストかという内容の原稿を書いた。
原稿には書かなかったが、エディさんの俺が最も好きな部分は、抽象的だが、音やプレイがどこか温かくて、優しくて、楽しげで、人間味があるところだ。
あんなに鋭くも華麗で技術的にも存在としても世界トップレベルなのに、どこか無邪気なような温かさと包容力のようなものが感じられる部分、それがたまらなかった。
エディ・ヴァン・ヘイレンさん。温かくてカッコいいたくさんのものをありがとうございます。ずっと大事にします。
_10/07
案件で原宿へ。竹下通りでクレープをかじりつきたい欲をグッとおさえつつ到着。レゲエミュージシャンの方とお話しをする。
率直に聞いてみた。「レゲエのあのなんともいえないハッピー感はなんなんでしょう?」と。
すると、「バイブスだよ。レゲエは感覚的な音楽ですよね」と答えてくれた。なんとなくごく稀に“バイブス”という言葉は使っていたが、なんだかすとんと腑に落ちた。
そのあとに、神社や大木の話になり、そこでも聞いてみた。「僕、大きくて古い木を前にするとなんともいえない気持ちになるんです。木からいい感じの波動を受けている気がするんです」と。
「それもバイブスかもね。だって大木は人生の大先輩だよ?」と、仰っていた。もっと腑に落ちた。
例えば場所、なんとなく嫌な感じがする場所はよかならぬ波動やらが溜まっていたりして、それを感覚的に受けているのだろう。俺で言ったらネットカフェや特定の店などでそれを感じることがある。普通に気分が悪くなるのである。
それを“霊感”と呼ぶ人もいれば、“波動”や“波長”と呼ぶこともあるだろう。これは人間関係にも言える気がする。
第一印象が間違いないと俺は昔から感じている。それは見た目ではなく、見た目も多少加味するが、最も重要なのはなんとなくの雰囲気。空気感。オーラとも言うだろうか。
そこで波長やらが合ったり、よい波動を波打つ人だったり、バイブスを放っている人だったり、それら全てがよかならぬ感覚で受けたりと、様々である。要はバイブスなど、具体的に数値化したり論理的に説明したりして共有できない「感覚」というのはいかに大切かという話である。
曲を作っていても思う。「これ、予定通り完璧に作れたはずなんだけど、なんかグッとこない」というもの。
逆に、「まだ荒いけど、なんか妙に説得力と訴求力がある」というのもある。この場合はバイブスを放っているのであろう。あるいは、バイブスをおさめられたのであろう。
なんとなく俺がノリやテンションや雰囲気など、目に見えないアナログな点をわりと重視しているのは、バイブスというやつを大切にしているのかもしれない。
いい感じのバイブスを保っていたり、それを何かに落とし込んだり、人と共有したりと、それらのことは、やはり日々どう生きているかということが反映されている。というようなお話しもしてくれた。
そういったわけで、お話ししているだけでもバイブスが上がったという両日。あと俺に足りないのはたぶんエロいバイブスだ。
「エロいバイブス」と文字にすると実に卑猥。けしからんエロさ。いや、これくらいでいい。もう少しエロいことを考えたりする機会を増やし、手前のエロ・バイブスを高めよう。四十路の男が「エロ・バイブスがどうの」とかえらく積極的に記したり言ったりしていたら検挙されそうだがそこは上手くやっていこう。
_10/08
仕事をほどほどやり、夕方から遊びに行く。18時過ぎあたりからたいへん気心知れた音楽仲間3人と共に呑み散らかす。と、表現したいところだが皆いい大人。じわりとした感じのペースで盃を交わす。
しかし、大人4人が「なんとなく遊ぶか」というだけのある種珍しいともとれる目的で集った呑みたるやしぶとい。一人の御仁は時間の都合上帰宅したが、残った大人達はゆっくりと永くキャッキャと、本当にそう発しながら呑み続ける。
だがしかし帰宅してみたら午前6時半少々と、12時間は遊び散らかしていた計算に相成る。
各人、日々忙しく真剣に生きている反面、といったら美しいだろうか。遊び方も真剣、全開に羽を広げて羽ばたく。みんなで綺麗な呑み方ができる歳になったのだと俺は切に思った。
そういった楽しい想いを引っさげ、朝のぼんやりとした薄明かりに包まれながら日記を書いて思うことといえば、「早く寝ろ」の一言である。とっても楽しい1日はあっという間に過ぎる。
_10/09
さぞかし酷い二日酔いかと思いきやまこと清涼感のある目覚め。昨日はチャクラ全開で遊んだため、よきバイブスを放ちつつ健やかに1日が始まる昼過ぎ。
「遊びが思いつかん」だの「趣味でどう楽しめば」やらと悩んでいたが、シンプルに友達と遊べばいいのである。単純明快な答えも出た、そしてえらく体調もよい、仕事も捗ると、遊びの大切さを思い知る。
遊び。いや「愉び」の方が適切だろうか。これらの2つの表現の違いはさほどないと思われるが、どうも後者の方が個人的にはエロさを感じる。
エロスは生物の根源的欲求の濃いもの。あればあったほうがいいであろう。
昨夜、「どうも僕はだね、エロパワーが足りんのだよ」と述べたところ、「君、それはね。環境のせいだと思うのだ」と、返された。
確かに、今の俺の日常にエロの環境要素はほとんどない。「では問うが、僕の環境がエロティシズムに晒されていたとしよう。されど僕はよりいっそうエロスに興じるというのかな」と、さらに返した。
すると、「その通りだよ君。考えてみたまえ。戦争の最中に君が平和にのほほんと振る舞うとでも言うのかい? 目の前の敵兵を殺めるのが先決だろう。そういうことなのだよ」と、説得された。
実際はこんな昭和文学みたいな口調では話していないが、彼が言うことは的を得ている。じゃあなんだ、とりあえず自宅の厠の壁にポルノ・ポスターでも掲示するところから始めよということなのか。的外れではないであろう。
しかしそれは、来客時に困るだろう。「厠はどこかな?」と言われるたびに「しばし……」と言い、ポルノを隠す必要がある。それは面倒というものである。
それは違うと思った。「厠に視覚的なエロスを掲示することによってエロ・アピールをする」ということによって、手前のエロスの欲求を第三者に晒し、だんだんと環境作りをしていくのだろう。そして、エロパワーを日々少しずつ積み上げていくのであろう。たぶん彼が言いたかったことと全然違う。
_10/10
今日あたり「もう寝くさる」の6文字の日記としたい、というほど夜更けまで仕事が食い込む。ありがたいことである。
なかなかの重量感の案件だったため、普段なら酒でラリっている時間帯まで時間を要した。やりおおしたからよきという心境ではあるが、明日あたり原稿を推敲し、「なんだこの日本語は」となっていないことを祈るばかり。
案件前、足立くんがとびきりの品をくれた。それは俺がずっと欲しかったがなかなか買わんでいたApple的なモバイル。めちゃめちゃありがとうという気分である。こいつをすぐにでもデータ移行し持ち歩きたい。
しかし今日あたり、深夜までせっせとしてクタクタジャガーの状態でそういった慎重にやるべきことをおこなったらデータ誤爆の危険性が高まる。よって、おあずけである。
明日の夜あたり、仕上がることを祈る。今日は時間的にも酒はジン1杯くらいで手打ちとしよう。この1杯がまた、並々と表面張力を眺めるレベルまで注いでしまわないよう細心の注意をはらう必要があるのである。あるのである?
_10/11
早起きしていくつかタスクを先倒しでやり夕方は案件で原宿へ。そして夜は空けておくという予定。頂いたモバイルにデータ移行をする時間をつくるためである。
しかし、宅のMacからwifiを飛ばしても新旧各モバイルのネット環境がなぜかどうやっても安定せず作業が頓挫。というかできない。
明日、どこかのwifiスポットでやるかショップで相談なりするかという、またしてもおあずけである。
明日も早起きして時間を作ろう。そういえば最近は若干寝不足がちである。しかしそのぶんぐっすり眠れるからいってこいの手打ち。ジンを呑んで寝よう。ボンベイ・サファイア・ジンは体に合うのか、酔い心地もサイケデリックだし目覚めがよいのである。今度ケースで買おうか。
_10/12
昨夜、ジンではなくストロングハイを呑んで何故かシメにカップ麺までたいらげたことが起因で本日の起床後は腹がだるい。しかし2時間くらいで好調になってくるあたり、俺の内臓はわりと逞しいかもしれんと覇気も出る。
案件で市ヶ谷へ。「今日だって案件はない」と連日書き続けた先月中盤以前がもはや懐かしくもある。ディアンジェロを聴きながら電車に揺られ帰宅。明日の案件の準備やら原稿やらせっせと過ごす。
数日前、数人で12時間は夜遊びにふけていたので心のエネルギーはまだ十分にある。なかった場合、これくらいのタイミングで死生観に関するダウナーな内容を綴っていることであろう。
心、精神、魂、どれが呼称として適切か知らんが、それらのエネルギーが枯渇するとあの世からのアプローチをキャッチしやすくなるという持論がある。
そして、それを受けてある種のトランス状態になるとなかなかまずいことになりかねない。そうならないためにはどうすればよいか。
もうこれは断言してもいいだろうと思う。「休む」か「遊ぶ」か「バカになる」の3択。このあいだはこの三拍子が揃った愉しい時間を過ごしたから俺はあの世からのアプローチをフルシカトできている。
そんな3択どれもができない状態に陥る現代病のようなものがあるという。これは罹ってもなかなか自分では気づけないらしい。
そうなった人、あるいはなりかけている人に対しては「休んだ方がいいです」と言ってもなかなか応じない。「たまには遊びに行きますか」と誘っても乗ってこないだろう。「時にはバカになりましょうや」と言っても素で怒られるだけだろう。
そういう時はたぶん、LINEでもSNSでも何でもいいから「心配してますよ」「そうなんですね」「大丈夫ですか?」的な、デジタルな相打ちを定期的にするだけでもかなり違ってくると思う。なんなら相手のネット投稿に対して“いいね”的な高評価ボタンをタップするだけでも違ってくるだろう。
「実は、ちゃんと君のことを見ているんだよ」という存在、アクションを認識すると安心に繋がり、確かな愛を感じる。生きるエネルギーともなる。
たとえミリ単位であっても、そういった愛所以のアクションはたいへん重要だなと最近なんとなく感じる。ミリでも愛は愛。ミリのつもりで送っても、相手にとっては「九死に一生を得た」と捉えられることもあるらしい。
人間とは複雑なようで単純なようで、喩えようのない情念が根底に複数ある――と、考え出したあたりで本気で眠くなってきたので任侠漫画でも読みながら酒呑んで浄化して寝ちまおう。
_10/13
データ移行、simカード移植を経てモバイルをiPhoneに変える。さっそくイジってみるとなんともサクサク動作が進む。俺はここ2年くらい、くたびれてもっさり動くスマホにけっこうストレスを感じていたことを知る。
フレッシュな気持ちで案件に臨む。半蔵門へ。無事に終えて赤羽の馴染みの本格中華屋でめっぽう美味い弁当を買う。ここの看板娘の中国人はかなりの美人に加え、愛嬌、気遣いと、なにかと抜群である。
「惚れた。まずは中国語を学ぶところからだ。オー・アイ・ニー、我愛你……」
と、下半身起因のモチベーションが俺にはもっとあってもいいのだが、とか思いながら弁当を美味しく頂き、少しデスクワークをしてiPhoneをペロペロ愛でる。
それにしても10月に入ったくらい、その手前くらいからえらくたて込むなと寝転んで考える。コロナ禍は決して終わっていない。しかし忙しくさせて頂いている。これはいける。俺はそう判断し、ポジティブな気分になる。
最近、というだけでなく、今日だけだってiPhone稼働開始に美人中国娘に美味しい弁当と、ほっこりすることがちゃんとある。
ポジティブなことは少し盛り気味にでも認識した方が精神衛生上よろしい。それにしてもiPhoneがこんなにいいとは知らんかった。足立くんありがとう。
_10/14
消費者金融など、法に則った金融業者の債務をほったらかしにする。返済に関しての連絡をフルシカトしたらどうなるか。わりと知っておいて損はないのかなとも思う、一次情報を含む黒い内容三点を記したい。
なんでそんな黒いことを記したいのかと言うと、親父の借金にまつわる大量の郵便物を毎月眺めては、「家族の借金というものの性質を知らない人だったらメンタルやられるかもしれん」と思ったからである。
一つ目は、自他問わず、借金返済に関しての電話なり郵便なりをどれだけ無視し続けても、借金取りが直接来訪して「どないなってんねん! 金返さんのはなあ、盗っ人と一緒やで? 近所のみなさ〜ん! この人は泥棒かもわかりまへんで〜」とイキッた輩が玄関に来る時代ではないという点。
法的な債務整理の手段は各種ある。しかし弁護士費用などは決して安くはない。しかし「もう無理だ」と判断したら相談するのが得策であろうということに加え、闇金は例外。というのが二つ目。
三つ目は、「連帯保証人が必要な借金」を、親など身近な人間がするようになったらどうすればいいかということに関して。
結論から言うと、連帯保証人が必要な借金をしようとして、家族や子供にハンコを押させようとする親族やら、関係値の近い人間に対して最も必要なことは、「病院に行かせる」ということである。これは引きずり回してでも決行したほうがいいと思う。(具体的なビジネスプランを持った人間などは一応例外とした方がいいかもしれないが)
人間は金のことで苦しむと確実に思考が狭まる。具体的に「知能指数が下がる」という研究結果もあると、メンタリストの方が何かで言っていた。
それに加え、認知症や精神疾患の疑いがあるというのは俺の持論であり、父親が実際にそうだったという事実もある。
何が言いたいかというと、身近で借金などで極端に困窮している人がいたら、その人の経済状態や生活面の問題よりも、真っ先に頭と精神の具合を病院で確かめることが必要というケースがあるということである。
それを実行しようとしているのに暴力などを用いて拒まれる場合、自己情報を嘘で塗り固めて頑なに隠す場合。これらは救い難い。本当に救い難いのである。
ご利用は計画的に。そして身近な人のメンタルヘルスケアという優しさを定期的に。手遅れになる前に。されど救われる人生もあるのだろうか。
_10/15
小寒い10月も中旬、ブルーの晴天。パキっとブラックのスーツを着て案件で市ヶ谷へ。日本人とアメリカ人のユニットの方々とお話をする。とても楽しい人たち。
アメリカ人の方はカタコト以上くらいの日本語。俺は英語はカタコト。でも、最後の挨拶とかはしっかり覚えているので案件が済んだタイミングでは英語でご挨拶する。「Thank you so much, Thanks a lot!」と。
するとアメリカ人の方は英語で5センテンスくらい喋ってくる。いきなりびっくりしたなと思い「失礼、そこまでわかりません」と言うと、「留学とかしてたんじゃないの? 発音すっごいキレイよ!」と、青い瞳を輝かせながら褒めてくれたのでとても嬉しかった。
こういった嬉しみは学びの原動力ともなる。英語をちゃんと勉強しようか。たまに表で酒を呑んではベロベロのけちょんけちょんに酔っ払って外国人に絡む癖があるから、英語がちゃんと話せれば便利というもの。
そんなことをニヤニヤ考えながら帰宅。原稿をゴリゴリやる。今日あたりまでずっと出向案件が連荘するという、コロナ禍にしてはありがたい状況だったが、明日からは数日ほど自宅作業日が続く。最近時間が足らずにできなかった制作もできる。
そう思いながらストラトキャスターの弦を張り替え、ファズとディレイを挟んで一人シューゲーザー的に弾き倒して慣らして1日が閉じる。
ジンのボトルを冷凍庫にゴロンとブチ込んでも凍らない。ウォッカもそうである。純度が高い酒は凍らない。絶対零度ギリギリのキンキンの透明な酒のあの甘露。そいつを味わって寝よう。アメリカ人の友達と英語でキャッキャと遊ぶ楽しい夢を見よう。
_10/16
サイコパス女医から20時過ぎに入電。父親の入院先からである。どうやら病状がずっとよろしくないとのこと。
なんでも発熱と肺炎だそうだ。それはもしやと思って当然聞いた。
「先生、コロナですか?」
「いえ、それはないと思います。その確率は極めて低いです」
転院の翌日から発熱したという情報を先日電話で聞いたので、もしや俺経由か、無症状感染かと疑ったが、女医が言いたいのは「絶対そうじゃないという診断だが、新型コロナなので言い切ることはできない」というところであろうか。
俺は思いかえした。ここ数年、親父絡みの連絡は死ぬほどあったが、夜の9時以降の入電というのは一度もなかったなと。察した。
「要は危篤ですか?」
「……危篤、危篤では…その手前の段階と申しましょうか…」
「危ないってことですね」
「お気持ちの準備をなされるのが……」
「なるほど……ヤバいということは伝わってきました」
「それでですね、近いうち、お時間ご都合よろしい時に一度来て頂いた方が」
このコロナ禍で病院は基本面会謝絶という時期に、向こうから「面会に来てくれ」というアプローチはよっぽどである。
昨日で時間指定を要する対面の案件はひと段落した。ゆえに、なんなら明日にでも病院へ行ける。
「先生、早めに行ったほうがいい感じですよね?」
「ええ……最後に会う機会になるかもしれませんし…」
2週間前に女医が俺に言い放った「これが最後に会う日になるかもしれませんしねっ!」というセリフがこんなにも声のトーンが変わって思い切り現実味を増した上で聴く日がもう来るとは。
そういったわけで俺の父親はなんなら今日明日逝っても不思議ではないということがわかった。
サイコパスを見習おう。冷静淡々と準備をしようと、2時間ほど割く。まず、葬式やらの手配をする情報収拾をした。「葬式代、高え!」と、PCに向かって声が出た。あと、けっこうピンキリであった。
さてどうしよう。相談する親族はいない。一人いるが、彼は、兄貴は、親父とほぼ絶縁状態である。あと、俺より親父を恨んでいる。なんなら死に目や葬式とかに来るのかもリアルに疑わしい。
「宗派」を確認しておく必要がある。夜分無礼なのは承知で墓地がある寺院に電話をして聞いて確認した。ついでに墓の管理費が滞っていることがバレた。これも安くねえなあと息が漏れる。
「父親が逝ったら誰に連絡をするか問題」もある。とりあえずリストとしてメモ帳に記しておいた。あんまりいなくて虚しくなってきた。あと、印鑑を常にカバンに入れておこう。その場で直ちに書類に捺印できるようにするためだ。
「遺産相続問題」もある。遺産という名の親父の借金約3,000万円である。ネットで調べる。結論、「3カ月以内に遺産相続放棄の申請をしない場合、俺か兄貴が借金モロかぶり」ということがわかった。
手続きはめんどくさそうだが手前でもできるようだ。5万円くらい出せば弁護士やらに依頼することもできる。この点は、絶対にミスってはいけない手続きである。
というわけで先回りして前準備をした。「親父が死にそうなのか。キツいな」という感情。手前で言うのも変かもしれないが、関係値的に、おそらく、一般的なその感情のレベルまでいっていない気がするのがひっかかるようなそうでもないような。
近日、逝く確率が高そうな場合、悲しみにふけるのが先決なのか、ちゃっちゃと最期の準備を進めるのが先決なのか、わからん。
明日は、俺と親父の最後の会話となる確率が低くない。何を話そう。「遺言はあるかい?」と聞いたら不謹慎だろうか。治る見込みのない病に罹っている彼に、病床で「やりたいことはない」と言っていた彼に、なんと声をかけたらいいのか本当にわからない。こういう時に選択できるポジティブな言葉が見つからない。
ただ、彼は俺が会いに行くと嬉しむらしい。そこだけが、堪らない。
ありえない想像だが、兄貴が急に「大丈夫か!?」と駆けつけてきてくれてなんやかんや手を取り合ってくれたら、二男である手前は安心して泣き出しかねん。せめて、今日あたりの睡眠中はそういった夢のまた夢を見たいものである。
現実ではオルタナティブな関係の家族だが、なぜか夢の中ではいつだって平吉家は仲良しなのである。そこはこう、いまさらだが逆で頼む。
_10/17
なんの夢を見たか覚えていないくらいの快眠。非常にポジティブな心境で覚醒。よっしゃと思いブロッコリーとニンジンを茹で、緑黄色野菜全開の朝めしを食う。ほぼ毎日飲酒するのだから食事にはまあまあ気をつかう。これでいってこいであろう。
原稿をひとつやり、板橋区の病院へ行く。死んでやいないだろうか。どれくらいヤバいのだろうか。その確認である。
なんの偶然か、手前の宅と同じ室番号の部屋に行くと、そこには「末期」のその上、「いよいよかな」という感じの患者さん方が数人いた。親父はというと、クタクタジャガーのような姿でげんなりしていた。
「よう。調子はどうだい」
「……」
ここ5年くらいだろうか、もう少しだろうか、ガチ介護、遠隔介護、入院先面会と、様々なシーンで俺はこの質問を挨拶がてらした。いつだって答えは「いいねえ」という感じの前向きなものだった。しかし、今日、初めて彼は黙って首を横にゆっくりと2往復ほど振った。
「とりあえず俺の言ってること聞こえてる?」
「……」
どうやら発声ができないことを3分ほどのやりとりで確認。つらそうである。顔色は悪くない。腕などの肌艶も良好。眼もまだ活きているが、全体的に「無理だって」と言わんばかりの印象である。
「何か言いたいことはあるかい? 会いたい人はいるか?」
彼は目線を右側に寄せた。人は考える時、目線を左に寄せれば過去の記憶を引き出し、右側に寄せればこれからのこと、あるいは何かを想像しているという脳所以の基本的習性があるという。
簡単に言ったら、人は、思い出す時は目線を左に寄せがちということ。右に寄せる時は、新しいことを考えている時、あるいは何かを想像している時など、らしい。
ゆえに、親父は俺の質問に対して、思い出す、答えるというよりも、未知のことを考える脳の部位を使っているということになるだろう。要は、わからんのである。
コミュニケーションがとれない。今日の面会が最期となるかもしれない。そう思った俺は、片手を挙げ、「挙げてみ」と伝えた。彼は真似をして左手をゆっくり挙げた。
「そうそう。あと、こうな。グッと握って」
「グッ」
彼は弱々しく、あまりにも弱々しく、3秒ほどかけて左手を軽く握った。とりあえず意思疎通はできている。
「ヘーイ!」
「コツン」
拳を軽く合わせてHIP HOP風のスキンシップをとった。親父の拳は、温かかった。まだ、生きながらえる生命力を俺は肌で感じた。この際、濃厚接触とかもう、いいじゃないかと思い(アルコール消毒済みではあるが)それを4度ほど繰り返した。「ヘーイ!」。
4度目、彼は強めに拳を押してきた。
「なに(笑) 怒ってんの?」
「……!」
怒りとも焦燥とも悲しみとも「俺は元気だぜ」とも、思いつく限りのあらゆる感情のどれでもない気持ちが拳越しに伝わってきた。
「まだいけんじゃねえの? ウッフフフフ」
「ゲホゲホッホホ!」
「やばい! 看護師さん!」
「どうしましたか!?」
「あ、治りました。失礼。ん?」
彼は、瞼をゆっくり閉じていった。
「ちょちょちょちょちょ! おいこら!」
「クワっ!」
驚かすなよ、と思ったが、やはり全体的に覇気がない。時期的に長居はできない。
「じゃあ、また来るからよ」
そう、いつもの締めの挨拶を伝え、もう一度HIP HOPの挨拶もして、「じゃあな」と言い、彼を横目にしながら病室を出る中、親父は弱々しく左手を挙げていた。世紀末覇者ラオウを思い出さずにはいられなかった。
所感としては、明日の夜中にいきなり主治医から入電があっても、肺炎と発熱がおさまりまだまだ数年、数十年いったとしてもおかしくない。そういった印象だった。
乾いた空気のよい天気だった。バスで赤羽に帰る。ブッ壊れた洗濯機の回収と新洗濯機購入の手配をヤマダ電機でおこなう。売り場にはたくさんの洗濯機が並んでいる。
洗濯機に替えはいくらでもあるが、父親に替えはない。そう、我ながら全然胸に刺さらねえフレーズが出てきたものだなとか考えながら帰宅。
俺の体調はよく、メンタル面も良好。やる気もみなぎっている。しかし、なぜかソファに座ったら2時間半も寝てしまう。魂とかそのあたりがクタクタに疲れたのだろうか。それだと理由がつく。
俺は今日、彼に何を伝えたらよいのか全くわからなかった。自然に出た言葉は、「まあ、あれだ。おかげさんで俺は毎日楽しくやっているよ」というシンプルなものだった。
源流を遡れば俺なんざはもともと親父の精子だ。そこから今に至る過程で、どんないいことが、酷いことが、なんやかんやあったとしても、結局は、親父に対するリスペクトは大切にする。
俺の言葉とHIP HOP風の挨拶でそれが伝わったかどうか。今となっては確かめる方法すらない。せめて、楽しい夢を見て静かな秋の夜を過ごせていますように。
_10/18
とても悲しい報せを見た。
原稿を書いていてつらかった。何度かお会いした方、それも、音楽性も人間性もとても好きだった方に関してのものはなおさらである。
お話をしていて、よく笑ってくれる方だった。とても接しやすい方だった。またお話しがたいな、と思っていたのだがもうお会いできない。
夜、制作で作曲をし、すぐにアコースティックギターで録音をする。とても悲しい曲調。なんて切なすぎることが続く時期なのだろう。
_10/19
ニュー洗濯機が午前中に到着。業者の方に手際よく付け替え作業をして頂く。11年間もの年月ゴウゴウとたくましく稼働していた旧洗濯機、Apple社のりんごマークのステッカーを貼った「iWash君」は引退である。死因は底から水漏れすぎ。
ヤマダ電機ブランドのこのニューカマーのデビュー戦、実にフレッシュに稼働してくれる。名前は何にしよう。ヤマダ電機製だから「山ちゃん」でいいか。
最近、洗ったのにタオルや服がなんか微妙に臭えな、とうとう手前も加齢臭が香ってくる年頃かと懸念していたが、今日洗濯したものはなんの匂いもしない。要は旧洗濯機内が臭かったのである。11年間ありがとう。
今日は早起きしたぶん仕事をいくつかやっても時間があまる。ケミカルな味がするエナジードリンクも飲んだせいか全然疲れない。とても生産的な1日。
ありがたくもやることはたくさんある。案件も「溜まっている」と表現して間違いないほどある。健やかに暮らそう。フレッシュに過ごそう。そう思える秋も下旬。洗濯機が新しくなったというだけで気持ちが前向きになる。なんという単純な精神構造であろうことか。
_10/20
宅でひっそり仕事をして静かに暮らす。最近は昼寝もせずにどういうわけか真面目に過ごす。
原稿も制作もはかどる1日。なんの遊びもないのが心配になってくるほどである。たまにはピンク街界隈で懲りずに毎回声をかけ続けてくる黒服について行ってみようか。酒池肉林で己の欲望を全開放して愉しんでみようか。性欲の確率変動を起こしてやろうか。
「お兄さん、見落としてますよ!」と、トリッキーな誘い文句をかけてくるあのやり手の黒服。確かに俺は何かを見落としているのかもしれない。まだ知らぬ、手前の特殊性癖に目覚めていないだけなのかもしれない。いや、気づかない方がいいものというのもこの世にはある。
_10/21
心について考えた。カルト宗教の話ではない。変な壺も自宅には置いていない。たまに近所の教会に行って和むのが好きだが、それはあの空気感とバイブスが心地よいからという理由である。手前の信仰心は、残念なほど欠如している。
このあいだ、有名なサウンドデザイナーの方とお話をする案件があった。そこで俺は聞いた。「音楽家にとって大切なものは?」と。
「知識と感性のバランスです。どちらかが偏っていたら、車輪の片方がいびつになるように傾き、うまいことにはならないんです」と、仰っていた。さすがだぜと思った。
これは、心、メンタル面においても同じことが言えると思った。もっと張り切ろう、ちと休もうかな、という感覚も大事だし、「こういう症状、こういう行動が最近多い。正しい情報によると…」という知識も必要だ。
どちらに偏っていても、うまい具合にはいかないと思う。加えて、音楽家もそうだろうが、迷いが生じたり、どうすればよいかわからんとなったら「他者に相談する」という方法もアリだと思う。
「何某さん、この曲マスタリングまでやったんだけど、どう思います?」と聴いてもらい、「低音が出過ぎ。お前がLowの帯域が好きなのは知ってるけど、もうちょい控えるとバランスがよくなるぜ」と返されるとしよう。
なるほどと思いLowを制御するプラグインで調整する。すると曲がスッと素敵になる。少なくとも、俺はこういった経験を何度もして周囲に助けられている。昔はそうでなかったから何事もうまくいかなかった。
「メンタル的に参っていると思うから病院に行った方がいいです」と、父親の自宅介護時代のキツい時期が明けかけた頃に社会福祉の方に言われたことがある。
俺は興味もあったことも手伝い、その言葉を素直に受け止めて心療内科へ行った。そして処方された薬をあらかじめ主成分を調べたうえで服用した。ガン決まりした(けしからん意味ではなく)。薬が効いたということは、当時ガチで病んでいたことを証明した。
人一倍知識があると自負していたメンタルヘルスケアだが、手前のことに関しては「感性と知識」というところで言うところの「感性」が変に偏っていたのである。知識はあれど、「いやいやまだ行けんだろ。俺はそんなヤワじゃねえ」という感覚的な部分が邪魔をしていたのである。
他者から、客観的な感覚として「賢治さんは参っている」という判断を下してもらわなければ、手前が当時相当疲弊していたことにすら気づかなかったのである。
何が言いたいかと言うと、行き詰まったと感じたら、ヤバそうだと自覚したら、つらいけど我慢しかないとか考えている時は、手前だけの力でなんとかしようとせず周りの意見やらに耳を傾け、自分の「感性と知識のバランス」を確認することは超絶有効だということである。なんならただ話すだけでもいいと思う。話す相手にもよるが。
自分の力だけで乗り切ろうという漢のマインドも尊重したいが、ヤバいと思ったら、周りのありとあらゆるもの、人、施設、法などをフル活用してやればいいと思う。自分自身が破綻するより全然いいと思う。そこに遠慮は必要ないと思う。
誰であっても、元気な時にしていることは、その周りの誰かの役に立っている。無自覚でも絶対に誰かを救っている。
だから、自分がヤバい時は、周りに助けを求めることを躊躇すること、救われる番をスルーすることはあんまり得策ではないと思う。
どんな時でもせめて自分は、自分自身の最大の味方と思い、本当にヤバいと思った時は「他者に迷惑では……」などといった思考は一旦軽く捨てていいと思う。
それでもその思考が捨てられなかったら、どんな手を使ってでもまず自分が元気になって、復活して、その後にごめんねするなり恩返しするなりすればいいと思う。と、手前にも言い聞かせておこう。周囲のみなさんいつもありがとうございます。
_10/22
パラレルワールドに迷い込む夢。目が醒めると、自分がいる場所が赤羽なのか、足立区なのか、高島平団地なのか、新潟県燕三条市なのか、あるいは異世界なのか、という感覚を5〜8回くらい繰り返すという質のよろしくない睡眠。
こういう時は深層心理と精神状態がグチャグチャか、脳内の何かしらを統合しようとしてデフラグしているのか、そんな感じである。起きてシャワーを浴びればなんてことはない。元気に始動。案件で原宿へ。
金曜日の夕方だというのに竹下通りもすっかり人っ子が少ない。呼び込みの黒人のマッチョなブラザー達もどこか覇気がない。俺だけではなく、世間全般の精神状態がグチャグチャなのだろうか。
20歳前後のボーイズグループの方々とお話しをする。俺は性癖としてはストレートな方であるという前提だが、若きイケメンと楽しげに話すのはとても好きだ。元気が出る。
帰路、たまにはと思い500円くらいの赤ワインと「秋味」ビールを一つずつ買う。秋もそろそろ仕舞いにつき、この季節特有の死にそうなメランコリックを盃に入れてすするように、むしろ楽しんでやろうと思った。
宅に戻ってめしを食ったら急にぐったりした気分になってきたのでソファを抱く。1時間ちょい落ちる。朝と等しく、醒めると今自分がどこにいるのか認識するまで数分かかる。たった今も、かなりトリッキーな耳鳴りをおぼえた。各種の、あの世からのアプローチとかであろうか。お断りである。俺はやることがいっぱいあるのだ。
夜は原稿をやり、制作案件のサンプルを作る。なんだかんだで妙な精神状態の日と自覚しつつも淡々と、人前では明るく、作業はコツコツと、なんとかちゃんと運転できている。
「生きて何かしている人間が一番強い」と言ってた。美輪明宏さんだった気がする。「ヴォッホッホ」と微笑みながらそう言っていた気がする。美輪さん、俺もそう思います。
_10/23
田舎のおじいちゃん並みに早起きする。別にその必要はない日程だが早朝から元気そのもの。躁か鬱で言ったら完全に躁の日。こういった日が年に数回ある。しかし、俺は躁鬱病こと双極性障害ではない。
双極性障害には「I型」と「II型」があり、前者はガチな感じで、後者は躁鬱の波が軽い症状のもの。俺はこれにあたるのではないかという疑いもなくはないが、別に「生活に支障をきたしていない」から大丈夫である。特に差し支えはない。そして、田舎のおじいちゃんが実際に何時に起きるのかは知らん。
案件で恵比寿へ。天気もよく、上着を着ていると暑いくらいである。目測よりも2時間は早く済み、蕎麦を食ってさっさと帰宅。原稿をやる。今日の分は仕上がる。制作をする。依頼見込み案件のサンプル作成なので、リズム、ベース、コードワークという土台の部分を丁寧にやる。ようやく形が見えたと思えばすでに25時。躁のパワーはすごい。
現時点でも全くもって疲弊感はない。このように毎日元気にたくましくわんぱくでいたいものである。いや、逆にあぶないから酒を流し込んで痺れるように眠りにつこう。そして明日もぼちぼち張り切ろう。
_10/24
宅で仕事とリモート打ち合わせに制作といそいそと過ごす。どうして先月から急に立て込み始めたのか不思議でしょうがない。
あれか、スピリチュアルカウンセラーのYouTubeチャンネルでよく耳にした「二極化」というやつに乗ったのか。俺はこれから右肩上がりなのか。そう、ポジティブに捉える。結局「二極化」ってなんだったんだ。
手前がやりたいことに加え、他者様から「やってほしい」ということもあるということは幸せこの上ないことだろう。
幸せというやつはその最中は気づかんというのが定説だが、俺はもうそこを認識しながら、作業中は常に感謝の気持ちを忘れん。やることがめっぽうあるということは幸福なのである。
肩は凝ってきたわ腰は疲れたは指先は痛いわ目は血走っているわと、文字にするとたいへん悲惨だが、こんなもの酒呑んで寝れば全て治る。俺は幸せそのものなのである。手前に仕事をくれる方々、絡んでくれる方々を抱きしめて囁きたい。「あなたのおかげで幸せですよ。あなたも幸せになってください」と。しかしキモい日記だ。
_10/25
どういうわけか今日もやたら早起きする。無駄にアッパーになっているのではという危惧もあるが、時間が有効に使えるからいいじゃないかとキリッと覚醒。
しかし4時間睡眠は少なすぎる。俺はインド人の平均睡眠時間である9時間ちょいという睡眠をとらないと捗らないのだが、細かいことはいいやと思い案件で恵比寿へ。
昼過ぎ、500円の天丼を食べてほっこりして赤羽に戻る。原稿をやる。もうひとつテキスト作成の案件をやる。19時前に今日の予定タスクは完了する。時間がまだたくさんある。早起きはなんとやらとはよく言ったものである。シンプルに時間を得する。
しかしなんやかんやと連絡やらタスク整理やらしていて気づけば25時。明日のやることノートには「休」と書いてある。それでも今晩も4時間くらいの睡眠で早朝に起きたらちょっと疑う必要がある。無駄にアッパーな躁状態を。
だとしても、むしろ生産的だし体調もよろしいし「生活に支障をきたしていない」ので大丈夫かと思うが。とりあえずゆっくり寝よう。たまには焼酎でも呑んで寝よう。なぜか最近やたらとおすすめ動画に上がってくる「美味しんぼ」のアニメをYouTubeで観て寝よう。ついでに「ホワッツ・マイケル」も観ようか。80年代のアニメはわかりやすくほっこりできて心健やか。
_10/26
昼過ぎまで寝くさる。最近の生活を振り返るとこれくらいで丁度よい。なんなら今日は休日と設定しているのでゴロゴロクタクタと過ごすのがよろしかろうも、やはり前倒しで仕事したい欲が勝り、ひとつタスクをやる。今日の実務時間は4時間。半ドンというやつである。
午前中は夢の中だったので、正確には午後からは休みということを指す「半ドン」と言い表すのは適切ではないが要は半休。お気に入りの革靴の修繕に行ったりネットサーフィンをしたりと、ゆるい感じの1日の過ごし方。それが半休。
「半ドン」も「ネットサーフィン」も、今や死語であろうか。前者は1990年代あたり、後者は2000年あたりで世間的に使われていたフレーズ。20、30年前というこのスパン、考えてみると恐ろしいまでに世界が変わる。
例えば俺の青春時代である90年代から20、30年前というと、70、60年代である。海外ではビートルズもレッドツェッペリンもライブをしていた時代。国内では学生が東大に立てこもって大暴れしたり、過激派が火炎瓶やらを投げ散らかしていた時代である。そう考えると20、30年という年月はすさまじい変化をとげる。
国内での若者やらの過激行為、60年代はテロすれすれの学生運動やら、70年代はロックバンドが不良と呼ばれた時代、80年代セックス・ドラッグ・ロックンロールおよびビーバップ・ハイスクールの世界観、90年代はヤクザがまだわかりやすい姿で街を歩き、チーマーたちが地面に唾を吐き散らかしていた時代。2000年代は何故か思いつかない。おとなしい時代だったのだろうか。
そう考えると、2010年代以降、過激なことをやっている対象といったらユーチューバーだろうか。彼らの過激行為や逮捕されるニュースがしばしば目につく。
言い換えると、ここ数年でエネルギーがある者達はユーチューバーなのかもしれない。血が出るようなライブをするロックバンドは神聖かまってちゃん以降、ちょっと思いつかない。
それとも、もう過激なことをやること自体が古きという時代なのだろうか。怒りをあらわにしないことがよかれという風潮なのだろうか。
されど、インサイドに溜め込んだネガティブエネルギーが沸騰し、メンタルに支障をきたす者が激増していることも頷ける。
だからといって鬱憤をSNSなどで言語化するという行為もなんか気持ちよいとは感じ難い。国会議事堂前で鉄パイプを振り回している方がまだ健全な気がする。
手前はというと、俺の怒りの対象はというと、最近はとんと減った。「ああ、この人はこういう人なんだ」という考え方を持ち始めてから、怒ること自体が激減した。それは、他者に対する諦めではなく、尊重心起因のものかもしれない。
とうとう俺は悟ったのかと思った。しかし今日、ちょっと狭い道で前方を塞ぐように横並びでゆっくり歩く数人に対してイラつき、こともあろうか舌打ちが出てしまい、相手に聞こえてしまうということがあった。80、90年代あたりだったら「お前、いま舌打ちしたべ?」「ああんコラ? シャバ僧が!」という感じでケンカになりかねん。
しかし、2020年の今日は、「おい、後ろ……」と、前方の方々は囁き、スッと道を空けてくれた。俺はなんと子供なのだろうと猛省した。本当に気をつけよう。秒で出てしまう舌打ちの癖。あの時の方々、マスク越しでも聞こえるほどの音量の不愉快な舌打ちで不快な気持ちにさせてしまい誠に、誠にごめんなさい。
_10/27
まる1日宅でデスクワークというたいへん大人しくも真面目な日。めしを1食しか摂っていないのでやつれやしないだろうか。
酒とつまみで補完しよう。カロリーの高い酒と肉塊みたいなアテを買いに行こう。ゆっくり入浴して、ふやけてからそれらを摂ろう。
気がつけば10月も末に迫っている。手前も、世間も、不思議なくらい何と様々なことがあった月だろうかと思う。星の位置がどうとかそういうやつだろうか。詳細は知らんが、何かが凄いスピードで流れていると実感する。ぼんやりとだが実感する。
_10/28
めしをちゃんと食って原稿、制作と宅で今日も1日中仕事をして暮らす。こう、作業をして没頭できる時間があるということは幸福なのだとこないだ誰かが言っていた。
没頭しているとあっという間に24時とか25時になる。こういった、実は幸せと呼べる日々をいつまで続けられるだろう。1日で世界が一変するということは特に今年実感した。
目の前にあるやるべきことが枯れず、コツコツ歩んでいるつもりが実は走っていたりと。客観的に見たらどうなのだろう。
守護霊とやらはいるのだろうか。いたとしたら、どんなツラをして、どんな想いで手前を守護しているのだろうか。見えないなにかに守護されている感。なんとなく、うっすらと感じることがあるというのは、実は霊感があるのだろうか。
一時期、手相にハマったことがあったが、その時に判断できた手前の手相は、霊感バキバキというものだった。「仏眼相」というスピリチュアルな相が4つもあるのである。実は霊感がバキバキだとしても、ただ、視覚的には見えていないだけなのかもしれない。そういったわけで守護霊さんいつもありがとうという想いがわりとある。
きっと、子供の頃に多頭飼いしていたネコたちも俺を守護してくれている気がする。ネコは、なにもせずとも居るだけで良きという稀有な生き物だ。居るだけで良き。居るだけでほっこり。そんな存在に焦がれる。
_10/29
「有給を使って今日は休ませてください」と、会社員時代だったら電話していたであろうというくらい調子が芳しくない。疲労困憊だろうかとか思いながら過ごしていたら夕方にはキリッと治る。案件で新宿へ。
久しぶりに来た新宿は、駅を出ると臭かった。空気が淀んでいるのか、雑多な飲食店の換気扇のアウトプットが混じり合い空を濁しているのか、特有の都会の変な香りがした。
「ああ、この道を通りながら5年ほどまともな企業で会社員をやっていたな」と回顧しつつ5分ほど歩き、当時の職場のビルから数メートルの位置に佇む現場へ。立派なホテルである。
案件を終え、現地で原稿を書き提出して帰宅。その予定ではなかったが、時間が少しあるので制作をする。夜が更けるほど体調がよくなる。
夜行性であろう手前は、つくづく規律正しく出勤・退勤をする会社員勤めは向いてはいなかったのかとしみじみ思う。今の生業を続けられるよう日々頑張ろうと思うわりと真面目な1日。
_10/30
日中、「やる気スイッチ」について電話で話をした。電話の相手はどうやらそのスイッチが入らず、とのことである。
車のギアで例えたら1速に入らないニュートラルの状態。しかし、一度「1速」にギアを入れさえすれば、4速くらいまでいくのはさほど疲弊しない。
しかし、この「1速」に入れる行為、すなわち「着手」するまでが大変という話は誰でも当てはまる気がしないでもない。「やるまで」の腰が重いというやつである。逆に言うと、やり始めさえすればそこそこ進む。
よくビジネス書などに記してあるのは、「とりあえず5分だけやればよし」ということにしておけば、負担が軽いので着手までが容易になるという。これは効果的だと思う。5分も作業すれば「せっかくだからもう少し」となり、なんならタスク完了まで走り抜けるだろう。
手前の場合はというと、デスクトップにタイマーアプリを設置しており、一つのタスクの開始時にそれを押す。そして、作業時間を測る。定期的に「この種類の案件は時給換算でいくらだ」とか計算してみる。
すなわち、タイマーを押してもダラダラしていた暁には俺の時給はどんどん下がる。俺という人間の仕事的な価値が下がる。「俺の時給は800円か」とかならんように、タイマーのスイッチを押したらただちにタスクを進行させる。ひと段落したら止める。作業時間をエクセルに記録しておく。
そうなってくると、タイマーを始動させれば勝手にスイッチが入るという手段。これは個人的にはかなり有効と判断し、ここ数年そうしている。
そのタイマーを押す気にすらならん時は、休んだ方がいい時であるという指標でもある。
なんなら途中で作業中断し、「10分」とかでもやるにはやったことになる。そこまでやったら高確率で「続けるのが億劫だ」という気分よりも「せっかくだからいけるところまでやろう」というテンションが勝る。
――というような話をしていたが、とりあえず雑談をしていたら、どうやらやる気が出たもようで「じゃあやるわ」と仰られて終話。気分転換もまたやる気スイッチが押せる契機にもなるのであろう。人それぞれで面白い。
俺はむしろスイッチを「切る」方が困難な時が多い。今日あたりも現時点で26時であることがそれを物語っている。
タイマーを改造し、作業目安時間が過ぎたら爆音が止まらなくなる仕様にしようか。そうすれば作業どころではない。うるさすぎて強制終了である。
それはそれで作業のたびにヒヤヒヤするのでお勧めしないし手前もやらん。「やる気スイッチの入れ方」は色々あるが、結局は「そういう流れにしておかないと気持ちが悪くなる」というくらいのルーティーンを確立させるのが一番いいだろうか。
俺の場合はタイマーアプリを始動させるだけ。押せばやる。そんなに手前の精神構造は単純だったのかなとちと拍子抜けするくらいこれがまた効くのである。
_10/31