11/2016

new_Anonyment_0914人の作業日記

ここだけ毎日更新。ツイートばりの短文日記。
11月


 

最近みつけた80年代のカルチャーが好きな若き男女がどうのこうのという漫画がおもしろい。自分は、80年代に肉体的に育ち、90年代に内面的に育った訳だが、いづれも、もはや大昔なのだと思った。

仮に、もっと昔。70年代や60年代に青春を過ごしていたらどうなっていたかと想像する。まず間違いなく、ヒッピーカルチャーと学生運動には興味を持ったはずだ。

でもそこまでは入れ込まず、ジャズ喫茶や雀荘で20代の頃を過ごしていたと思う。そして30代になったくらいで、なにかしら決起して張り切っていただろうと。
時代背景は変われど、今とそんなに本質は変わらない気がする。
みんなはどうなんだろう。
_11/01

 

私の仕事環境には「スキャナー」がない。故に、楽譜を写メで送るという不細工な話を同志にせせり笑われるという恥辱にまみれた体験は数知れず。

しかし、いいかげん私は学んだ。「これあったら便利なのにね」という事はだいたいコンビニにある。「スキャン pdf コンビニ」でググった。思った通りであった。どうやらいけるらしい。手書きの楽譜をデータ化し、USBやスマホで保存可能なのだという。実に便利である。

「便利」の追求は底なしだ。その善し悪しについてはもう面倒なのでこの際おいておく。しかしこれだけ便利な世の中にまだ実現していない、私が追求したい「便利」の機能がある。それは「探している音楽を鼻歌から特定する」というもの。

コンビニで「あの、ドゥルルッ!ビキキキパフゥ〜ン….シャアァァッ!」って感じの曲なのですが、置いてますか?「ああ、エイフェックスツインですね?国内EP盤の方でよろしかったですか?」と、妙な機材の判定をもとに特定され、おでんの器の下あたりからスッと盤を出されて無事購入に至るという日もそう遠くない。
そんなコンビニは嫌だ。
_11/02

 

機材を買いに行く。
肌寒い。あっという間に日が落ちる。
お休み。
まるで覇気が無い。
無いなら無いでいい。
ギターの練習を延々していたらやる気湧く。
すごいなギターって楽器は。
_11/03

 

昼過ぎに覇気が出てくる。レッスンに行って、帰ってきて原稿をやる。昨日の無意味な虚無感と救いようの無い絶望感が嘘のような平穏でやわらかい気分だ。

僕は知っている。これが度を超すと「気分障害」や「躁鬱病」「パーソナリティ障害」という部類にランクアップするという事を。

しかし、僕は小さい頃からこの部類の人間に囲まれて育ったので、それをどうすれば良いかも、どう扱えば良いかも、何となくは分かっていた。

「理解する」というその一点だけで解放される事は多々ある。しかし、一番危ないのは「知ったつもりになる」という事だ。これが最も恐ろしい。確実に自分も他人を傷つける。

だから、作家の中島らもさんなど「理解している」人間の作品はとても勉強になるし面白い。人の気分や感情という不確かでやわらかいものに対して、僕はもっと理解力が欲しい。
_11/04

 

興行の音源や楽譜の下準備をする。これだけでもたいへんだ。楽しみだなあ。
_11/05

 

昨日のつづきをやる。やけに体調が良い。
めしをたくさん食べる。
合間に菓子パンなども食べる。うまい。
これはいよいよ太るのか。
_11/06

 

定期健康診断に行く。身長が伸びている。173.5センチ。体重52キロ。ぜんぜん太ってなかった。

視力を測る。視力には本当に自信がある。両目1.5。それ以上は測らないみたいだったが、3.0くらいまではいける気がする。

血を抜かれる。痛いが、どうもスッキリする。血液の色がきれいだった。去年はもう少し濁っていた気がする。ひととおり終え、診断してもらっただけで健康になった気がする。

いつも思うのだが、そろそろ健康診断にロールシャッハテストやアル中診断、鬱診断など、メンヘラ系精神疾患診断も組み込んだ方が現代では喜ばれる気がする。
健康万歳。
_11/07

 

 

ここ数日、酒をほとんど飲まないせいなのか、心境的なところなのか、恐ろしく体調が良い。全く疲れない。逆に恐ろしい。
_11/08

 

複数の用事があったので村上邸へ行く。用事は早々に、どうもレコードが増えていたので聴かせてもらう。ノラ・ジョーンズとジミ・ヘンドリックスを2枚づつ聴く。

このジミヘンという愛称の伝説ギタリストは20代の頃からずっとお手本にしている。改めてアナログレコードで聴くと、今までCDやiPodで聴いていただけでは決して感じ取れなかった部分がだいぶある事に気付かされる。その部分についての言語化は不可能だ。

アナログレコードで音楽を聴く感触は凄い。デジタルとそれとの差はというとエロい例えしか思いつかない程に凄い。じゃあエロとは何かと考える。たぶんそれは、替えのきかない源流のようなものだ。

その源流が無ければ人間は覇気が無くなって朽ち死ぬ。エロいのに老衰で他界という話は聞いた事がない。

若人なのにエロくないから死にそうな人間はよく見かける。覇気の無い人間はだいたいエロくない。

エロが逆流するとタナトスになる。タナトスとは死にたい欲だ。源流は等しく、同等のエネルギーをもつ源流だ。これがブーストされると酒や博打や乱用行動と共に溺死する。しかしだいたいは実際は死なずの疑似死ごっこだ。だからこそ面白いのであろう。表裏一体だけど、どっちも人間の活力だ。

覇気が無くともエロと向き合えばだいたい元気になる。それでもウンともスンともキュンとも言わずに乾いている時は、源流が本意気で逆流している死の危険性を孕んでいる為、専門家に相談する事や根本的な異常を受け止める事を絶対にためらうべきではない。

アナログレコードを聴くと「生」の録音と直接向き合える。デジタル音源はフレキシブルな利便性でそれを再生して聴く事が出来る。
どっちも素敵だ。
_11/09

 

 

とても静かな日。事務やサイト調節を細々とやる。合間に連絡の取り次ぎなどをスマホやメールでちょいちょいするも、今日は誰とも喋っていない。

恐らく下校途中であろう小学生たちが元気良く歌っている。どこかで聴いた事があるメロだなと思いハッとし耳に飛び込んできたのはZARDの楽曲だ。

負けないで
もう少し
最後まで
走り抜けて

と、数人で合唱していた。この曲は確か僕が中学生、下手すれば小学生の頃の曲だ。こんなにも前向きに歌うZARDだが、当時も今振り返っても、逆にすごくナイーブな方というイメージが自分にはある。実際どうだかは知り得ないが。

「ZARDさん、あなたのあの曲、小学生が元気よくみんなで歌ってましたよ。ずっと愛されてるんですよ」と伝えたら、はにかんで何も言わずに、ただ嬉し恥ずかしそうにしているような、そんなイメージがある。

ナイーブな人間が放る前向きなメッセージは本当に刺さると、今だからあらゆる角度から感受し、理解が出来る気がする。

当時買った縦長のZARDのシングル盤はどこへ行ったのだろう。歌はどれも前向きなのに、ジャケットに写るZARDさんの面持ちはどこか陰があった。それがとても良かった。

「実際はどういう方だったのだろうね。ZARDさんて。」という雑談を誰かとしたいなと一日中思っていたが、今日は喋る相手が居なかった。
負けないで。
_11/10

 

美術館とか高い服屋とかフラフラと遊びに行きたい。そして広い公園でタコヤキなどを食べながらハトとか眺めていたい。あさってあたり行こうかな。
_11/11

 

 

 

快晴すぎる為、バイクに乗って出かける。西川口まで40キロ速度くらいでのんびり走る。叔父の喫茶店に行く。ちゃんとPCとかも持って行く。

大入り手前くらいの客入りの感じなので隅っこの席に座る。これ見よがしにPCを開いてカタカタしていると叔父は「今日は趣味の方?仕事の方?」とにっこり訊いてくる。

「お金になる方だから仕事ですね!」と言うと、「よし、頑張れよ…!」とにっこり。たぶん、「趣味のやつです!」と言っても「よし、頑張れよ…!」とにっこりだったと思う。

原稿起こしやサイトの更新をやる。対象は何でもいいから「よし、頑張れよ…!」と言える、温かくも突き放したようなアタック感。応援してるんだかしてないんだか、ゆっくり心地よい味方感。あれは、なかなか出せない。

励ましや煽り、叱咤とも違う、人をナチュラルに持ち上げる高級ビンテージなコンプレッサーのような効果。

たまに「俺は不遇だ」とか変にやさぐれる事があったとしても、僕には最高級のコンプレッサーが実はナチュラルにかかっている。と、自覚しながら、自宅で興行用のエフェクター機材を組みながら思う。
足下機材用コンプ買おうかな。
_11/12

 

 

 

今日も快晴すぎたので国立西洋美術館へ行く。遠足気分だ。ルンルンだ。ちゃんとPCやらも持って行く。

期間イベントのアーティスト展はピンとこなかったので常設展を見て回る。ひんやりした床を歩きながら凛々しい銅像などを眺める。3次元のアート作品にはあまり心奪われない。「ほほう…」とアゴをさすりながら眺めていた御仁にその魅力をご説明頂きたいと思ったが、それも野暮なので2次元の絵画を見る。

宗教画みたいなタッチのやつは人物がすごく誇張されて描かれている。イケメンや透き通るような美人の絵ばかりだ。きっと現代日本に置き換えると、やけに綺麗な姿のアニメキャラを描写するノリが近いのだろうか。そのように解釈する。

天使の輪っかが付いてたり、翼が生えてたりするのは「アニメキャラの髪型がやけに尖っていたり、瞳が超デカく描かれているのとノリは同じだろう」とも。そのように解釈してアゴをさする。

ピカソでおなじみの「抽象画」を見て思った。僕のようなトウシロにはデタラメな構図にしか見えないが、これはきっと、アーティストの目に実際に映った対象や脳内の景色を逆算して楽しむものなのだと。

きっと、アーティストも描いている時は「何てつまらん対象だ」とか思いながら、自身のキャンバスには破天荒でソリッドにアウトプットしたのだろう。と。

逆に「なんて酷い有様だ」「なんて美しい光景だ」と、キャンバスにそのインスピレーションをおさめようとするも「見たままの描写では逆に表現されない」と、記号化のような手法を用いたのかもしれない。

そうなってくると、「描いた人は、何を思ってか」という事を考え想像する事に絞られる。目の前の作品はきっと、ただのキッカケにすぎないのだろう。

美術に疎い僕に真理はわからないけど、シリアスなタッチの兵士や民衆の脇に小さくイヌとかトリが超かわいく描いてあるのを見ると、やっぱりアーティストの根本は16世紀も21世紀もそんなに変わらないと感じる。

ぼんやりとした収穫を得たので喫茶店でカタカタ仕事をしてから帰宅。
アーティストは人間の誇張と増幅の天才だ。
すごいな。
_11/13

 

パラダイスロストのリハへ行く。雨。あっという間に一日が過ぎる。
帰りゴトウさんとラーメンを食べて帰る。おいしい。
_11/14

 

 

恐ろしい作業量に昼過ぎ起床を後悔する。何があっても朝は起きてグーンとのびをしろとあれほど神やらに誓ったのに。

パラダイスロスト公演の譜作成や練習などをしていて思うのだが、一日の公演でこれほどの曲目を皆様と楽しめるイベントはほとんど無い。と、そう言い切れる。

原稿を書く。弁当を食べる。おいしい。楽譜を起こす。コーヒーを2杯淹れて飲む。演奏練習をする。ビールをひとつだけ飲む。寝よう。起きたらのびをしてスタジオに行ってみんなと練習しよう。
_11/15

 

 

リハに行って帰りにカツドン食べて戻っていろいろやってまあまあ疲れる。
_11/16

 

何となくスーパーで酒のツマミをまとめ買いする。何だろうこの安心感は。乾きモノには当分不自由しない。

原稿起こしとかやって夜リハに行く。帰りに蕎麦を大量に食べて帰る。明日のパラダイスロスト公演が楽しみだ。
_11/17

 

パラダイスロスト公演へと渋谷へ。超いい天気。このイベントの度に思うのだけど、どの時代の楽曲もリアルタイムの楽曲も、皆様で楽しむ事によって、その瞬間で、いつだってイキイキとフラッシュして、ずっと忘れない何かになる。音楽って不老不死の生き物みたいだなと思う。
_11/18

 

ふつうの飲み会に参加し、終電を逃し、朝まで新宿奥地で過ごすという体たらく。猛省。楽しかったから良いが。

恋愛観やら、人付き合いの感覚やらは、人それぞれ多様なのだなと感心する。皆様とそういったお話に花を咲かせるのはとっても愉快だ。しめさばがおいしい。引き締まっている。

しかし、家族観や恋愛観という感じの事が頭では理解出来ているつもりだがマジョリティとはどうもぴしゃりと合わない気がするのは何故かと考えながら始発のJR埼京線。
_11/19

 

 

眠い。たいへん眠い。当然、昨夜の不摂生極まりないタイム感の宵の過ごし方による気だるさだ。幸い、活力と覇気は充分にある。しかし身体をいたわりたい。せめて身体に優しいフワッとしたものが食べたい。

オーガニックな何かを食べよう。だが直近のオルタナティブなスーパーマーケットにそういったものは売っていなかった。よし作ろう。トマトなんかコレは良いんじゃないか。「59円」「49円」と2種類のシールが直接貼ってあるトマトが木箱に整然と並んでいる。

どちらにしよう。「49円」の方になにかしらの問題があるのは明らかである。だが、あえて、「49円」を手に取る。一見赤くてうまそうだが、ひっくり返すとヘタの周りが水死体のような色をしている。このスーパーは本当に油断がならない。「クレーム」などといった戯れ言を一切恐れていない。

普通のつまんねえ赤トマトか水死体トマトか。選択は己次第。万事自己責任。店頭のその心意気に惚れそうになるも「59円」の赤い方を買う。変な色の野菜を売るんじゃない。

ミネストローネ的なフワッとしたスープにして食べる。うまい。赤いスープは無条件で身体に良さそうだ。一件落着。しかし「49円」の方を使用したスープはきっと地獄色のスープになったであろう、それも一興、「俺はこの選択で満足なのか」と省みると、心底どうでもよい後悔に見舞われる。
ごちそうさま。
_11/20

 

一日、背をピンと伸ばす事を心がける。たったそれだけで、心なしか、実に一日ポジティヴな気分で過ごせる。

このように、毎日ちょっとづつ良かれと思う事をテーマに置いて過ごすと、外部からの自己啓発的なものは不要になる。

しかし私は、良い子ちゃん良い子ちゃんした道徳的模範事は実のところ好ましくなく思う節も心底にある。だから、明日は不道徳な事をひとつテーマにし、一日実行して過ごそうと思う。

会う人、通りすがる人に、もれなくメンチを切り散らして過ごす。これにしようと思う。グッド・アイディアである。「善きも悪しきも生で体験し、いっぱしの漢になる」と、私のお祖父ちゃんは残した。

接する人物、人はおろか、罪も無いハトや野ネコをも不快でネガティヴな気分にさせ、人間の情念たるや何と不透明なものだと、じっとり考え込ませてやろうと思う。

しかしそんなのはいっぱしの漢の行いではない。彼はきっと「名言、金言っぽい事を鵜呑みにするな」そういった事が言いたかったのであろう。

ちなみに私は祖父に会った事など一度も無い。聞く話によると、ろくでなしのギャンブラーで公務員という、実にふざけた野郎だったそうだ。
私は祖父を尊敬する。
_11/21

 

 

起床の1時間前に呼び鈴が鳴る。マクラみたいな顔で玄関へ向かう。俺の睡眠を強制解除させた輩はどこのどいつであろう。

ドアを開けると齢25程度の美人が立っていた。問答無用の美人である。彼女は何か二言くらい喋った後、俺へ手紙を渡した。そこには「自分がシングルマザーである旨」「お酒が大好きである旨」などが色鮮やかな配色の筆使いで綴られていた。

「ごめんなさい、寝ているトコ…」とはにかむ彼女に「当たり前だ。みろこのジャージ姿を」と、怒号を浴びせる訳にはいかない。大人になれ。昼前まで寝ているお前が悪い。意図は分からないが「うん。うん。お疲れさまね」と言ってシコリを残さぬように玄関対応を終了させた。

当然夢オチではない。確かその手紙には「〜担当になった」の様な事がはしがきに記されていた。俺の何を担当してくれるのか知らんが、その手紙はビリビリに破いて即ゴミ箱にダンク・インし、真っすぐ2度寝へと向かった為、詳細は確認不能だ。それくらい眠かった。

手紙を修復すれば解読可能であろうが、あれはパンチの効いた新興宗教のお誘いか何かという事にしておこう。事の真意はフワッとさせておこう。
頼むから昼過ぎに来てくれんか。
_11/22

 

 

 

「新そば」と書かれた掲示を背にワサビやネギを添えて蕎麦をすする訳にはいかない。妖精の肌の様な色彩の「新そば」を美味しく食べながらそのように思い出す。

「美味しんぼ」という漫画の中で、海原雄山という鬼の食通キャラが「新そば」に薬味を添えられてきた事に対し、えらく憤慨するシーンがあった。

「新そばの風味を邪魔するワサビやネギは無用」との事で「出直してこい」だの「国へ帰れ」だのと、辛辣な罵詈雑言を散弾銃の如く言い放つそのシーンに、読んだ当時の私は震えが止まらなかった。

しかし、今となっては海原雄山の言う通りだと解る。「新そば」にネギやらは野暮だと。薬味を加えない方が確かに美味しい。しかし、そんなに怒る事ではないと思ったが、彼はそれだけ蕎麦に、ひいては食文化と真剣に向き合っているのであろう。

最終的に文化や本質を「何の為に突き詰めるのか」という事を考えると、「ネギはね、この場合は無くてもホラ…!おいしいね!」という言い方もあったのではないかと思った。しかしそれはそれで説得力に欠ける。難しい。蕎麦道。人の道。
やっぱり自由に楽しく食べよう。蕎麦。
_11/23

 

いくらなんでも寒過ぎる。
夜、原稿起こしなどをする。
たぶん寒さを感じていない金髪とハーフの人が機材を取りに来る。
「細いから寒いでしょ?」と煽られる。
本当に寒くない様子だ。おかしい。
温かい酒と太る肴を買いに行こう。
_11/24

 

今日は暇であった。
仕事が無くて暇、という危機感のある暇ではなく、前倒しで全部片付けた類いの暇である。これといって「いつまでに終わらせないと死」という案件の滞留が無い、健やかな状態である。

やれる仕事は全然あるが、このタイミングはゆったり過ごすべきと判断した。「じゃあ、酒を飲み散らかそうか」とか、「雀荘にでも行ってひと勝負するか」だの、「ドエロな店に行って大暴れしてやろうか」などという、“飲む・打つ・買う”系の傾き者の様な気には些かならない。こう、もう少しエレガントに過ごしたい欲。

とりあえずコーヒーを丁寧に淹れて外を眺めながら世間を憂い一服する。まあまあエレガント。この調子だ。

広告収益用サイトの調整をする。苦手な記号の組み立て作業。3時間。これは今日に限ってはよろしくない。仕事をしているのと同じだ。エレガントではない。

新たにライブラリに仲間入りする事になった4枚の新しいCD盤を聴く。封を脱がせ、ジャケットとライナーを手元に、アーティストの情念を読みながら、ミュージシャンの本気を感じながら、しっかりした音量で聴く。よしエレガント。これはかなりエレガントだ。

書店へ行き、明らかに意識のお高い本を手に取る。「集中力に関する啓発本」的なものを2つ立ち読む。なになに「姿勢を正しく」「余計なものは置かない」「前頭葉と小脳がどうの」そうか。「そりゃそうだぜ」という事しか記されていないが確かな事実だ。よし。エレガント。いや、ちゃんと購入すれば完璧だった。

シメはエレガントな酒だ。見るからに偉そうで上品な酒でも買ってやろう。輸入ビールコーナーで厳選。世界各国の様々なラベルのビールが並んでいる。「ハイネケン」。いい所付いているがまだメジャー過ぎる。ひねりが無い。「モレッティ」。旨そうだが、名前が侮辱気味のアダ名みたいだ。「バスペールエール」これにしよう。マニアック過ぎず、気取り過ぎず、けっこう美味いやつだ。終わり良ければ何とやらだ。ナイスエレガント。

このように、暇な日を、俺はエレガントに過ごしてやった。その際、一度たりとも「エレガント」の意味と本質を考えはしない。要は、ポッと出た言葉の語感が頭に懐いてしまった。というだけの一日。
みんながエレガントに過ごせます様に。
_11/25

 

ギター教室の集いに行く。皆様と音を合わせたりしてとても楽しい時間を過ごした。オレンジ色のウインナーが美味しかった。
_11/26

 

 

インタビュー案件のリサーチやらをして送る。キングクリムゾンの曲を練習する。難しい。夜も更けてきた。

最近、少々酒を飲み過ぎかなと思う。アルコール量的にそこまでではないが、一応肝臓に訊いてみる。「疲れていますか?」と。

「当たり前よ。いい?肝臓だけじゃなくて腎臓や胃も疲れるのよ」

「そうですか。脳も?」

「そうよ。あなたが飲んでラリってる分、私たちは働いているの。必死にね」

「ごめんなさい。もう飲まない方が良いですか……?」

「そうは言ってないわ。昨日みたいにみんなで楽しく飲むのを見ていると私まで嬉しくなってくるわ」

「そうですか。じゃあ、ほどほどならこれからも飲んでいいですか?」

「仕方ない人ね。ほどほどによ。自堕落なダメ人間さん」

「はい。自堕落はほどほどにします」

肝臓は私に甘い。そして、真面目一徹な真人間という理想像が私には無い。この「ほどほど自堕落」という人間像が好きなのだ。生真面目な完璧主義者はとても立派だが、私は性に合わない。

「ほどほど自堕落」というのは主観でも客観でも判断は極めて困難だ。「あいつはすげえ立派だけど、ちょっとだらしなくて好ける」というのが丁度良い。

私はその判断を肝臓に一任している。
こと、酒に関してはたぶん丁度良いはずだ。

私に嫁がいたら、上記一連の意見は論破され、人格否定の言葉を浴びせられ、あげく酒を根こそぎ取り上げられるであろう。しかし、それこそが丁度良いのかもしれない。
だから、いつもありがとう。肝臓。
_11/27

 

 

やろうやろう、前倒しでなにかと進めようと予定していた挙げ句、最低限の仕事をした後に落ちる。猛省。ちょっと余裕があるような時が一番危ない。
_11/28

 

 

一日、原稿おこしなどをやる。寒いので、軽く暖房をつけて戸を閉め切っている為、煙草が吸いたい時はいちいちダイニングの換気扇の直下まで行く。

何故、誰に文句を言われている訳でもなく、同居人が居る訳でもないのに自分は換気扇まで追いやられているのだろうと考える。

禁煙についてだが、私は出来る事ならばしたくない。しかし、昨今の流れを見ていると、早めに何かしらの手を打つ必要性を感じる。

要は、アセチルコリンとドーパミンを上手い具合にするだけの為に煙草を吸っているという詳細は理解している。本来は自然に脳内で行われる事を、ニコチン摂取により手っ取り早くラクをしているのだ。

喫煙者が迫害されるのは当然である。副流煙うんぬん以前に、ズルをしてラクをしているからである。世間はズルとラクを決して許さない。

何故、人はズルとラクをするのだろう。恐らく、快楽を、多く、深く、軽率に得たいからであろう。

逆に、ズルくも軽率でもラクでもない快楽とは何であろう。それは、至極真っ当な道徳的模範社会行為と、純愛的卑猥行為しか思いつかない。

人間は、そういった事の為に生きるという事こそが真っ当なのだろうか。
たぶんそう。
_11/29

 

 

 

「自営業はスピード勝負」という金言を頂く。僕は自営も、そうでない仕事も頂いているが、確かにそうだと頷く。

そして、早く仕事をこなすのが好きだ。〆切や納期ギリギリの感じは嫌いだ。あのプレッシャーには耐えられん。尻が痛くなる。だから早めにやる。

仕事や対応を早くするにはどうすれば良いか。理由は割愛するが、ちゃんとご飯を食べる事だ。適度に酒を飲んでラリる事だ。たまには頭オープンリーチにして遊ぶ事だ。異性とふれ合いハッスルする事だ。友人・知人と喋って笑う事だ。

何だかよく居酒屋の厠に掲示してある「親父の小言」みたいだ。でも、親父みたいな奴、あるいは親父は、どこかしらで、ちゃんと真理を教えてくれる。

真理を得る事にスピードは要らないが、得た後はスピードにもなる。色々と膨らませ、そういった事を今日は教わった。
とても、ありがたい。
_11/30

 

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