11/2019

アイコン190425管理人の作業日記

ここだけ毎日更新。ツイートばりの短文日記。
11月


幽体離脱する寸前というか金縛りというか、そういった変な感覚に襲われる。

別にどうともしなかったが、こういう時はパニック発作なのかスピリチュアルな何かしらなのか疲労なのか見極める必要がある。どうもどれでもない気がするので一瞬気が狂っただけということにしておく。

親指の第一関節に眼のように形どられた2本のシワがあると霊感がある手相だという。両手にそれがあれば高確率でそうだという。

仏眼相と呼ばれるそれは、俺は両手にある。しかし、霊など見たことはない。手相はたぶん統計学の類だと思うので邪険にはしていない。すると俺はたぶん統計学的には霊感ないし霊力があることになる。

思い返してみると、強く念じたことが本当にそうなったり、直感がほぼ確で当たったり、ちょっとしたきっかけで窮地を逃れたりと、そういった記憶はわりとある。あれは霊力なのだろうか。

フワッと、見えない何かに守られている感があると言ったらメンヘラ扱いされるのであろうが、そんな気もする。これだけテクノロジーが進化しているのにその辺がたぶんいまだにちゃんと解明されていない。しかし、きっぱりと否定されないのは、そういう感覚は確かに人間に備わっているのだという証かもしれない。
_11/01

 

 


記憶が定かでないというほど酒呑む。訳わからずに寝る。楽しかったのは確か。
_11/02

 

 

 


昨夜、赤羽で飲み歩くこと5時間ほど。外呑みでは必須としているチェイサーをはさまなかったことが最大の原因とみられる二日酔い。しんどい。

ホルモン屋さんから立ち呑み屋と、桑原氏と一緒に楽しげに過ごす。彼はたいへん傾聴力に長けている。どちらかというと聞き役にまわるほうが多い手前だが、昨夜はまあ喋らさせてもらって気持ちよくさせて頂く。

途中で村上氏も合流し、以前ホリ氏と一緒に行って芸人コンビ扱いされた店へ河岸を変える。

なんだかやけに波長が合う雰囲気の外国人が隣にいたので絡んで一緒に呑む。握手と同時に指をパキッと鳴らすポップな挨拶を繰り返すミスター・ジェイコブスと片言英語でワイワイやる。

隣にお連れの女性がいて、仕事関係か秘書だか忘れたが、ちょいちょい通訳もしてくれて酒が進む。桑原氏と村上氏が引くほどフレンドリーに接し、外側席にいた旦那衆から串焼き盛りの謎の差し入れを頂く。日付が変わる時刻だが盛り上がってきたので5人で再度立ち呑み屋へ。

記憶が途切れ途切れなくらい呑んだが、実に楽しかった。ジェイコブス氏はノリが良すぎたので幼馴染みレベルの接し方をしたが、村上氏は「お前、それは失礼だw」と、ちょいちょいヒヤヒヤしていたもよう。

起きると二日酔いなので「なんか異国の方に失礼なことをしなかっただろうか」という、二日酔い特有の鬱っ気にみまわれる。

しかし、LINE交換をしておいた女性の方から昨夜のもようの写メと動画が送られてきたので確認すると、楽しげな笑顔のみんなの写真と、動画には外国人に対して絶対にやってはならないジェスチャーをした俺の振る舞いとジェイコブス氏の少年のような爆笑が収められていた。確かにこれは失礼だがミスターは超笑っていたからいいか。

ジェイコブス氏と秘書的女性にとって、日本の赤羽という地でクレイジーな夜を過ごした。カッコ笑。そんな思い出となっていれば良いなと思いながら頭痛に苦しみつつ、外ではほぼ確で呑みすぎるのだから、ちゃんとちょいちょい水を飲むことを欠かさないようにと猛省。
_11/03

 

 


増税したらキャッスレスがお得だ、という風潮にならいクレジットカードを支払いのメインにしてみる。

されどどうだろう。なんだか金を払うのにあまり痛みを伴わない。だからといっていつも以上にバンバン大枚を払うわけでもないのだが、こう、財布から現金があまり減らないと安心する。

しかし、引き落とし請求額を見ると何だか恐ろしくなってくる。いつも使っている金はそんなに変わらないのだが、こう、一気にガッと来る請求額を見ると恐ろしくなる。数万円だが。

こんなもの飛んでしまえば良い。踏み倒したところで反社的な輩がオイコラやってこないことはよく知っている。だが、社会人としてのモラルが問われている。

というか口座に現金をいつも入れておけば何も問題はないのだが、クレカをそんなに使い慣れていないので、ガッと来る請求額がなんだか恐ろしい。だったらいちいち現金払いにすれば良いのだがクレカ払い等はポイントでやや得をする。

何というか、何か大きな陰謀に乗せられている気がしないでもないのだがどうなのだろう。キャッシュレス決済風潮。絶対押してはならない「あとからリボ払いボタン」。
_11/04

 

 


朝も早くから中目黒に。早起きして頭が冴えたのか、ひとつ、とあることを具体的に一言で表現できることに気づいた。

それは、「なぜ、麻薬をやってはならないか」ということに対する答えである。別に俺はやっていないが。

麻薬だけではなく、各種依存性が高い対象全てに言えることだと気づいた。「なぜ、麻薬をやってはならないか」というと、「それに人生のリソースのほとんどを持っていかれるから」だ。

リソースどうこう、要は、生きる上で麻薬に浸る時間やそれを手に入れるための手段、それを欲する思考、金銭、健康状態、それらが半数以上を麻薬が占めるからということだ。

もっと要すると、麻薬が人生の目的のほとんどになる、ということである。

これは、俺が博打中毒だった頃に当てはめても、その周りの病的ギャンブラー仲間に当てはめても同じことであり、かつ確かなことだ。

ギャンブルを打つことが優先順位の最上位にきて、他のことは後回しになるのである。いつだったか、実際におシャブを摂り続けた経験のあるという男が同じようなことを言っていた。

「やるなら少なくとも、むこう10年を犠牲にする覚悟が要る」と。その経験者の言葉は実に説得力があった。恐ろしい。

「麻薬は生き方のひとつ」という、ウィリアム・S・バロウズだったか誰だったか海外の作家の言葉もあるが、正にそうで、「ジャンキーという生き方」になってしまう。

そして、本来自分がやるべき役目のようなことがおざなりになる。さらに、法律で禁止されている場合もある。

というわけで、麻薬は「人生のリソースのほとんどを持っていかれるからアカン」ということに気づいた。繰り返すが、俺はやっていないし、やるつもりもないのだが、なんとなくふと気づいた。

「ダメ、絶対」と言われても試しにやる人間はやる。しかし、人生のリソースのほとんどを持っていかれる。こんなに恐ろしいことはない。

麻薬によって健康を害したり、犯罪を犯したり、検挙されたり、それらも怖いのだが、何よりも人生がフイになるのは最も恐ろしい。酒くらいでちょうどいい。これも度が過ぎるとリソースをほぼ持っていかれるのだが。
_11/05

 

 

 


今日もやや早起きで晴天の陽射しを全身に浴びる。気持ち良い。昼イチに南北線で六本木一丁目へ。同年齢のバンドさんのインタビュー案件だったので、なんというか同世代はそれだけで波長が合うようなところもあるのだろうか、ほっこりして帰宅。

ふとネットニュースをペロペロ見ていたら麻薬について深く考えていた昨日の今日でマーシーの検挙報道。戦慄。

どれだけ薬物の恐ろしさを訴えることよりも、復帰に向かって何度も頑張る姿を見せては再検挙、というのが最も強烈に薬物の恐ろしさを知ることができる。

カテゴリーは違うが依存症の怖さは嫌というほど知っているので真面目に仕事をして過ごす。制作に励む。

「これは、今は、自分はやるべきことだ」と思うことだけして過ごす。人間、そういう時が一番幸せなのかもしれない。

“幸せ”と“快感”の違いについて考えた。自分も他者もハッピーになるのが“幸せ”で、自己完結で終わってしまいがちなのが“快感”だろうか。わからん。これはちょっと難しい。

ただ間違いなさそうなのは、人間は必ず、素直にその2つのいずれかを求めて生まれてから死ぬまで過ごす、ということだろうか。
_11/06

 

 

 


仕事してめし食べて仕事してという1日につき、真面目かつ穏やか過ぎてこう、弾けたくなる。

弾けるためにコツコツ、目の前のことコツコツが大事だと、昨日のバンドマンの稲村さんも言っていた。

「今後の目標は、野望は」と聞かれて、「武道館公演です」など、公の人は明確で具体的なことを答える人が多いなか、「目の前にあること、いまやることをやっていく。つまんない答えですけど」という稲村さんの答えに俺は共感し、感銘も受けた。素晴らしいと思う。

こう、目の前のことをコツコツガンガンやっていけば弾けるのかなと思いつつコツコツと過ごす。そして弾けたい。
_11/07

 

 


30代最後の年、と文字にするとなかなか侘しいような切ないような、死ぬ年を考えたらまだ若いような、わけのわからない気分になる。

いまのところ「30代最後の年は忙しく仕事をしていた」という感じでその後振り返ることができる年なので良しとするところだろうか、と考える。

「30代最後の年は暇だった」という感じだと、何よりも侘しい気がする。というわけで明日も張り切って行こうと思える。
_11/08

 

 


早起きは気合だ、早起きは気合だ、と念じながら3時に寝て8時台に起きる。正直、8時台起きは、人間の平均的起床時間であろうと思われるが俺は宵っ張りがデフォルトなので早い方である。

「24時間働けますか」というキャッチコピーが流行った時期があった。

先日、若人と睡眠時間の話をしていた流れで、そのコピーを知っているか問うと知らんと言う。確かに、あれはバブル期とかそういった狂った時代だった気がするから20代の若人は知らないだろう。知ってても「どういうことですか?」となるだろう。

「景気が良かったし、働けば働いた分だし、寝ずに徹夜続きがカッコ良しとされた時代だったからではないでしょうか」という旨を伝えると、なるほどと肌をプリンとさせる。

現代で「24時間働けますか」というキャッチコピーをつけた商品は確実に売れないだろう。むしろ何かの隠語かと怪しまれる。

俺は正直、寝る時間がないくらい仕事を頂ければありがたいと思う反面、睡眠時間が少ないとさみしい。どっちを優先すべきか。今は前者なのかもしれない。
_11/09

 

 


午前、混雑するJR埼京線電車内で赤子に手をつかまれる。

推定生後1歳前後のその赤子は、まだ脳がつるんつるんであり、何が良くて何が悪くて、頭で判断していないと思われる。

そんな、純粋無垢な赤子に、手や袖をちょいちょいと触られたり引っ張られたりしながら、じっと目をみつめられる。良くいうと、なついてきた感じである。

我が子が黒ずくめの中年にぺしぺしと触れている現状を母親はどう思うのか。俺は恐る恐る若い母親の表情をのぞくと「あら、ふふふ」といった好反応であった。

俺は直感的に、これは御利益というか、何か良い兆しのような気がした。本能的、直感的判断で行動する赤子が俺になつくなど、悪い理由はいっさい見当たらない。

赤子的には「あそんで」と思ったか、「こいつ、くれ」とか思ったか、「パパ」と思ったか、定かではないが、確実に根源的に良質な理由で俺の左腕をもてあそんだと、そう判断した。

なんとなく、昨日くらいまで数日、変にレジで行列ができたり牛丼屋で並を頼んだら15分くらいかかったり、ほかにも妙な歪みがいくつか偏って起こっていた。ノーダメージレベルだから問題はないのだが、「若干流れが良くないかな」と、感じていた。

しかしどうだろう。赤子がなついたその時から、そういった妙なニアミスはなくなり、なんとなくスムーズかつ活性的な気分で1日を過ごせた。俺は赤子からなにかピュアで健やかで前向きなエネルギーをもらった。そう捉えることにした。

俺は別に子供好きというわけでもないのだが、それくらい、赤子になつかれるというのは、なんだか徳が高まるというかわけてもらえたというか、たいへんポジティヴな波動がある。

そこまでいって「子供が欲しい」という欲がわかないのが不思議でたまらない。俺自身がまだ子供だからだろうか。だから赤子がなついてきたのだろうか。いや違う。赤子は俺の清き心を見抜いたうえでなついてきた、そう信じよう。清酒でも買ってこよう。
_11/10

 

 


被暗示性が高まる状態。こいつを利用して人間関係をソフトにする方法がある。と、思うので最近検証を進めている。

具体的には、人間は初対面で会話するシチュエーション下では、相性もあるだろうが少なからず緊張はすると思われる。ほとんどの人は、そうだと思う。よっぽどのサイコパスを除いては。

大なり小なり、そんな緊張状態の時、人間は被暗示性が高まるという。要は「緊張しているときは暗示や催眠にかかりやすい」ということである。

これは、危機に瀕した時も同じことが言えるだろう。危機を感じると緊張状態になるからだ。

例えば、「最初にビビらせる系のCM」に出くわしたとしよう。「あなたの生え際、大丈夫ですか?」「ん? 確かに気になってる。ヤバい」とか、「最近お腹の肉、気になりませんか?」「プヨン。ヤバい」とか、そういうのである。

この時が正に被暗示性が高まった状態で、暗示なりにかかりやすいそうだ。かかってしまったら、さっきの例の場合は胡散臭い毛生え薬や、主成分が何なのかよくわからんダイエット製品の購入に至るだろう。それがガチで効けば別に問題はないのだが。

ということで、初対面では緊張しやすい、すなわち、相手は「暗示にかかりやすい状態」。ここで、上手くコミュニケーションをとりたい。どうすれば良いか。

俺が試しているのは、その状態の時に、目を合わせて話しながら、あるいは話しを聞きながら、「あなたが好きですよ」とか「興味がありますよ」とか、「なんなら愛してますよ」などと、とにかく好意的なメッセージの思念を送る。それだけである。

するとどうだろう。なかなかの確率で、会話なりのコミュニケーションが弾む。相手は聞いてもいないことを楽しげにノリノリで喋り出す。

仕事で初対面の方と話す機会が多いので、自分が緊張した場合、あるいは相手のガードが固そうだなと感じた時にこれをやるのだが、まあ、はっきり言って効くようである。まだ検証中だが、リスクゼロなので是非お試し頂きたい。

大事なのは、心の底からそういう思念を発することである。ちゃんと思えないと、たぶん効果はない。

相手が目を合わせてくれた時に数秒、「好きよ」とハートを送るだけである。なんて平和な手法であろう。俺が考えたのではなく、たしか10年くらい前に何かで読んだか聞いたかという方法なのだが、ちゃんと思うことができれば高確率で効く。みんなでハッピーになれる。

問題は、なにをもってして検証完了となるかである。数値化できないことだから「ウソつけ」と言われてしまえば終いである。しかし、そんなときもハートを送る。とにかく、良いことしかないというハッピーな仮説。
_11/11

 

 


外国人に2度、尋ねられた日。けっこうな確率だなと思いながら、まあ、ヒキが良くなってきているとポジティヴに捉える。

英語は片言レベルだが、主語と述語をそれっぽくしっかり発音し、身振りエモめでコミュニケーションするとわりと通じることに最近気が付いた。この間、呑み屋で外国人に絡んだ時もそうだった。

でもせっかくだから、ちゃんとセンテンスで伝えたい欲もある。英会話スクールなりに通うのが近道かつ正攻法かと思われるが、外国に行って日常会話をしながら学びたいというのが俺的にはベストだ。外国で仕事をする機会が欲しい。
_11/12

 

 


WANDSが再結成というニュースを見て驚くもボーカルは上杉昇さんではないもよう。自分的には上杉昇さんありきのWANDSなので複雑な心境というか「が……!」という心境というか。

中学生の頃に買った縦長シングルのWANDSのCDがまだ手元にあるので眺めると、こう、当時の俺にとって憧れの「アイドル的存在だったのだな」とつくづくしんみりする。

40歳も近くなると皆そうなるのか、現在のアイドル的存在がいない。会ったら漏らすほどに震えるといった存在がいない。これは寂しいことなのだろうか。

いや、いるにはいる。Radioheadのトム・ヨークさんやAphex Twinことリチャード・D.ジェイムスさんやスティーヴィー・ワンダーさんなどと直接会ったら俺は激しく漏らす。

しかし、このお3方も、憧れ始めたのは10代や20代の頃だ。30代半ば以降に狂信的に憧れた人物がいない。これはもはや人としての驕りなのだろうか。

新たに人を好きになるとか、憧れることができる、というのは、生命力に比例しているのかと考えた。そうだとしたら悲しい。でもそうかもしれない。誰かを好きになる、好きでい続けるということは、非常に人間らしい崇高な美しさがある気がする。

俺は人間として穢くなってきたのだろうか。いや、いた。YouTuberラファエルさんだ。今年知った人物のなかでトップクラスの好き加減。

あの人間性というかカリスマ性というか面白さというか、それらの魅力的な部分を感じて惹かれているのは「憧れ」と判断できる。

「あの仮面をはずした姿を見たくない」「実情や素の部分は知りたくない」というのは、自身にとってのアイドル的存在となっている心理の表れだろう。

何が言いたいかというと、好きな人、憧れのがいるとそれだけで幸せだということだろうか。
_11/13

 

 


前世がどうのとか守護霊がなんやだの、そういったスピリチュアルなことは科学的というか数値的というか、みんなが納得して共有することができないので信じるとか証明とかエビデンスとか、いまのところないもよう。

だがしかし俺はこの類が好きだ。昨夜も「宇宙生命体の魂を持つか否か」的なチェック診断を、“スピリチュアルアドバイザー”という斬新な肩書きの女性のYouTubeチャンネル閲覧を通して行った。

この、「何項目中、いくつ当てはまったらあなたは何やらです!」みたいな小賢しいチェック診断が俺は大好きだ。

「何の根拠があって、そうやって人をカテゴライズしては弄ぶのか。実にくだらん」という思考も実はある。だが、「そうなんだ! やっぱりね〜」みたいな変な確定感の愉悦が勝る。だいたい、思考が細分化したときは面白い方を俺は選ぶ。

「実はそうです!」と判定されるなり、「当たってる!」と何かしらの安堵感を得てキャッキャとする女子的感性というか、良く言うとそういったものが手前にはそなわっているのだと言い聞かせる。

「宇宙生命体の魂を持つか否か」の結果は、「そうである」という方向に振り切っていた。俺は遥か昔、あるいは数10年前、宇宙にいたのである。そして、紛争も絶望も希望も酒池肉林もある賑やかな地球という場所に、なんやかんや楽しみに来たのかもしれない。

そう考えると、どこか納得するフシもある気がする。「ザ・常識人」という感じの人とはどうも根源的にウマが合わなかったり、変態的な人格や病的なパーソナリティの方とは脳波レベルで波長があったりと。何事もまずやってみて、その最中と後にどこか俯瞰的になったりと。

俺は子供の頃から天体が恐ろしい。何とも言えない恐怖感にかられる。実親によると、3歳くらいのときに月を見て号泣したらしい。いまでも天体写真ですらビジュアル的に恐怖感をおぼえる。特に土星の輪っかとかはゾクゾクと震えるほど怖い。

きっと昔、地球外の宇宙のどこかの星でひどい目にあい、もうたくさんだと思って地球に転生してきたのかもしれん。

どんなに胡散臭くとも、それ系のプロの方に「実はアナタそうなのよ」と言われれば、「ですよね!」と、きっと興奮気味に肯定するであろう。

というような実証、確認不可能であろうことを考えるのは仕事で疲れているのであろうか。別に不満ではないが。「今はそうよ。あなたはそういう体験を色々するために地球に生まれてきたの」と言われれば、やはり「ですよね!」と、目をカッと見開くであろう。

そういったわけで、近年のテクノロジーの進化の方向が、スピリチュアルな分野に早く向かないかなと期待を寄せている。俺の中では絶賛進行中なのだが、なにぶん共有が難しい。
_11/14

 

 


どうやらもはや、本を読んで理解する、という脳の機能はアルツハイマーによりほぼ失われていると判断し、去年父親に買い与えた小説をこのあいだ没収した。

「老人と海」「吾輩は猫である」「車輪の下に」など、まあ名作であろうタイトルらだ。

「老人と海」は、作者のヘミングウェイが俺と誕生日が一緒。

「吾輩は猫である」はネコ好きの親父にと。

「車輪の下に」の作者ヘルマン・ヘッセは深い精神的危機時代があったということでメンヘラ父との共通点と。

俺なりに粋な縁をこめた機知に富んだチョイスと自負していたのだったが、どうやらどれもほぼ読まれなかったという逆親不孝に見舞われたため容赦無く没収。

そのなかの「吾輩は猫である」をまだ俺は読んだことがないので、今日読み始める。

然し、現在からすると瀟洒と読み進められ、するりと頭に這入ってくるような感じではなく、俺が読むと晦渋であるというか、要はこんな文調なので読み難い。しかし、俺は文学に明るい方ではないのだが、面白いと感じる。後ろの方のページに下記のような注解があるので、それを見ながら読めば内容はわかる。

(然し=しかし)
(瀟洒=さっぱり)
(這入って=はいって)
(晦渋=言葉や文章がむずかしく意味がわかりにくい)

まだ半分も読んでいないが、この作品はネコ目線で人間の特性やらを表現するという内容だろうか。夏目漱石のその発想と「吾輩は猫である」というタイトルだけで、もらったようなものであるというか、シンプルにすごいなと思った。

114年前の作品がネコにフォーカス。いや、ネコが人間にフォーカス、だろうか。現代でもSNSを中心にネコはフォーカスされている。現代風に言うと常にバズるコンテンツ題材とされている。

夏目漱石が現代の様子を知ったとしよう。「ほらな!」とか言いそう。
_11/15

 

 


「名刺ジャンケン」。それは、手前が持っている名刺の中で最もハクが付いている名刺を出し合い、どっちが偉い奴と繋がっているかを勝負するという死ぬほどアホなゲームである。

人間は往々にして肩書きに弱い。ジャンケンではなく、普通のご挨拶として交換した名刺に「代表取締役」と記されていたとしよう。こっちは「おぅっ!」となるだろう。

しかし、俺は肩書きにプラスして、その社名や組織を吟味する。ちょっとググってみて資本金数100万の小規模な会社だったりした場合は「へっ!」っとなったりするのだろうか。これは実に失礼な思念である。

正直、俺は名刺のどんな肩書きを見ても「おぅっ!」とも「へっ!」とも思わない生来の気質があると自覚している。心のどこかで、「同じ人間じゃないか」という思想が根深いのである。生来の驕り気質。

でも、社会人としてのマナーというかなんというか、一応「おぉっ!」というサイレント・リアクションはとったりすることもある。名刺を頂いて、名前と肩書きをつぶやいてやや後ろに首を引き、目を若干見開く、これだけである。

今日、仕事の案件先の喫煙所で、先方の方にご紹介頂いた方の名刺には「なにやら本部・部長」とあった。組織名は、誰もが知っている系につき「おぅっ!」と、リアクションを取るべきタイミングだろうか。

俺はフリーだから名刺は使い分けているのだが、ここでは先方に「ライター」的な肩書きの名刺を渡した。先方様は「底辺ライターか」と思ったことだろうか。

そんなことを思っていたらリアクションを忘れていたのでまずいかなという刹那、部長さんは「すいませんね、こんなくわえタバコでご挨拶しちゃって」と、ニヤっとしたので、「いえ、似合っています」と、部長さんのダンディズムをさりげなく指摘することでリカバリーを図った。

そんなリアクションもヨイショも別に必要ないと思われるが、こう、さりげなく相手の肩書きやらを褒めたい欲が何故か俺にはある。

そんな欲の内訳はというと、第一印象でハートを掴みたいだの、仕事上での関係でもフランクに接したいとか、基本的には友好的な関係でいることで上下関係みたいなのをユルくさせたいことに加え、立場でだいたい決まる人間関係の空気が人一倍苦手等、まあ色々ある。

要は、楽しくコミュニケーションをとりながら真面目に面白く一緒に仕事がしたいのである。イーブンな人間関係が一番好きだし楽しいのである。せめて心情的に、そこに近づけたいのである。

そんな考えを整理しながら、「名刺ジャンケン」で一番強いやつを探してみた。

「代表取締役」より強いカードはないか。「エグゼクティブ・プロデューサー」くらい、やや訳わからんけどわりと強めなのはないか。「幹部」とだけ縦書きで記された代紋入りのドスの効いたやつはないか。

俺は相手の肩書きは気にしないのだが、名刺を出せば一発で「うおぅ!」となる自分の肩書きが欲しいという気持ちもある。できれば、その肩書きを読めば誰もが爆笑するような肩書きが欲しい。

ということで、名刺は「つかみ」なのだなという本質にたどり着いた。合っているのかこれは。
_11/16

 

 


びっくりするくらい睡眠をとったので宅仕事がはかどって仕方がない。やはり眠りは麻薬。いやそれ以上かもしれん。

それにしても睡眠中というのは、絶対に魂とかそのへんのものがどこかへ出かけていると思う。

昨夜も、その魂だかなんだかが帰り道を選び間違いそうになった感覚があり、起きたら赤羽の宅の寝室であることを確認してホッとする。

そんな感覚、みんなはないのだろうか。俺はよくある。これは深いメンヘラの兆候だろうか。いいや、睡眠中は現世とは異なる世界に行っていると俺はわりと信じているし、実感に似た虚空の体現というか、なんだかよくわからん感覚にみまわれてトリップすることは多い。やはり眠りは麻薬。

もしかしたら、今日俺は起きて赤羽にいるが、実は帰り道を間違え続けていて、本来は全然違う所の違う人間なりであるべきなのかもしれない。

1日一人で誰とも喋らずに、Twitterとかもせずに、黙々と仕事をしていると、そういったサイコな思考が馳せめぐる。酒でリセットしよう。
_11/17

 

 


最近俺は安い弁当をよく食べている。

夜、宅に居る時は、20時くらいにお腹がへってくる。実にセコい話なのだが、その時間をピンポイントで狙って「アピレ」という近場の駅ビルの惣菜売り場に行くと、半額弁当取り放題なのである。

たまに、その時間に少し遅れて行くとやや間に合わなかったのか、弁当コーナーには何も陳列されていないことがある。あの時の虚しさといったら喩えようがない。

俺と同じ狙いの輩は多いようである。それくらい半額は嬉しく、そして「アピレ」の中華弁当は特に美味なのである。

いつだったかは、「アピレ」までの徒歩5分程度の道中、いつもの弁当が5個は入っている袋をぶらさげて歩いている主婦風の輩とすれ違ったことがある。案の定、売り場に行くと何もなかった。

「あいつ買い占めやがった」という言葉が思わず口から溢れた。俺は怒りを露わにして続けてこう口にした。「買い占めはよくない」と。そんな小声の独り言が惣菜売り場に小さく漏れるほど、えもいえぬ虚しさと忿怒の念が空腹に響く。

いいや、あの主婦風の輩は、腹をすかせた子供達がたくさんいて、節約をしていて、それでも、少しでも美味しい中華弁当を食べさせて子らを喜ばせたいのだろう。

「ほらみんな、今日は中華だよ! お食べお食べ!」

「わーい! エビチリにカラアゲまでいっぱい入ってる!」

「ごはんのところはチャーハンだね! うぇーい!」

子供ら大興奮。本当に良かったね。そう思い込まないことには怒りが収まらん。

そんな時は俺は逆に、全部乗せ的な高めのラーメンをあえて食いに行ったりする。

こと、節約やら金に関することは、このようにエモーションに身を委ねるとだいたい上手くいかない。そんなときほど、理性で判断すべきなのである。

理性を働かせまくったところ、「半額シール」をカラーコピーして用意し、誰よりも早く売り場に行ってそっと貼り、何食わぬ顔でレジに行けば良い。という実にセコい犯罪案が出た。

俺はなんとセコいのだ。そのくせ、頭に血がのぼると簡単に散財するときもある。いや、良い方にとろう。無駄な金は極力使わないスタイリッシュな節制家で、情念溢れる好漢なのだと。いいや、弁当に関しては絶対違う。完全にセコい。
_11/18

 

 


ザ・


クロマニヨンズのライブを観てしびれる。こんなにいいなんて知らなかった。あの、そのまんまダイレクトにロックンロールを出している感じは何と表現したらいいのだろう。

この歳になってもロックンロールにしびれさせてくれて嬉しいという、ストレートな感謝の念が湧く。
_11/19

 

 

 

 

 

 

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